あいつは浮気者

ひぐらし なく

第1話 引っ越してきた男子 

 南条遥なんじょうはるかは大阪府立H高校の二年生だ。自分ではそこそこいい女だと思っているのに、生まれてこの方、彼氏はいない。

 

 遥の家は生駒のふもとにある市営の団地だ。去年の四月のことだ。同い年ぐらいの男子が引っ越してきた。どこの高校かなと思っていたら、なんと中学生だった。


 同じ棟と言っても、年下に興味はない、はずだった。

 ところが、こいつがなかなかのやつで、一か月も経たないうちに隣の棟の中三の女の子、もちろん中学の後輩だ、とくっついていちゃつき始めた。


 下の通路でいちゃついているのを見て、何度水をぶっかけてやろうかと思ったかわからない。

 でもそれをやると、ひがんでいるようでみっともないから、違うそれ以前に犯罪だからやらない。


 そもそも遥は別に男が欲しいわけではない。ただ、周りでいちゃつかれると、男がいるというのは、そんなにいいものかと思うだけだ。


 高校での遥は、ごく普通の目立たない女子だ。普通に友達とおしゃべりをして、英訳を当てられないようにと願う日常を送っている。

 学校に行く一番の理由は今のところ部活だった。


 その部活は山岳部だ。そういうとたいていの人が「え、」という顔をする。

 山なんか登って面白い? テントで寝るの? お風呂入れないでしょ、まあだいたいがそんな反応だ。


 でも周りが何と言おうと、部活は面白い。毎日やることといえば、筋トレとリュックに石を入れて階段を上ること。地味だけれどはるかは嫌いじゃなかった。


 天気の悪い日は地図や天気図の書き方なんかもやった。あと料理に、ストーブと呼ぶコンロの使い方やテントの張り方。どれもこれも楽しい。


 部に女子は遥を入れて四人、全部で十人の部だから、悪い率ではないと思う。何せ顧問が女性だ、美人の英語の教師。彼女こそなんで登山? 部活で遥が感じる一番不思議なところかもしれない。


 遥のもう一つの趣味はサイクリングだ。お年玉と新聞配達で勝ったちょっと高いオーダーのランドナー(小旅行ができるサイクリング車)を買った。女の子ということでまだ泊りの旅行は許してもらっていないけれど、そのうちに行きたいと思っている。

 そのための技術を山岳部では教えてくれた。


 引っ越してきた男の子も、見ていると普通よりいい自転車を持っている。サイクリングの雑誌で見たことがあるメーカーだった。京都市の南にあるサイクルショップのオリジナルブランドだ。


 自転車置き場に、何度か自分の自転車を置いておいたこともあるけど、彼は気が付かない。あまりそういうことに気が付かないのだろうか。ミキストフレームじゃないから女の子が乗っていることに、気がついていないのかもしれない。


 結局、盗まれると悲しいから、つまらないことをやめて、部屋での保管に戻したのは言うまでもない。


 そんなことをしているうちに、なぜかどんどん遥は彼のことが気になっている。 

 声かければいいのに、それもできない。相手は年下だし、彼女がいるって断られたら目も当てられないじゃないか。

 気にはなるが何も起こらない。そんな日々を送るうちに、あっと言う間に一年が過ぎた。


 遥を不憫、と神様が考えたかどうかはわからないが、彼はH高に入学した。

 最初は気が付かなかったが、ある朝、通学用の軽快車でのんびり走っていたら、ママチャリの彼が横を駆け抜けていった。

 やっぱりサイクリング車では通学しないらしい。荷台とスタンドがない自転車はやっぱり、通学には不便だ。

 はやい、必死で追いかけたら、彼はH高の正門に入って行った。

 

 ただ、話は一向に変わらない。もちろん遥が声をかけないことが最大の理由なのだけど。

 腹が立つのは、毎朝同じ道を、かわいい女の子が走っていることに全く気が付かないということだ。もちろんかわいい女の子というのは自分のことだ。

 要するにこいつは、自分のことなんて見ていないんだということに気が付いて、ちょっと落ち込んだころ、彼が、友人に誘われて山岳部に入って来た。


 彼の名前は杉浦葵すぎうらあおい、女性とよく間違えられるというのが入部の時の自己紹介だった。


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