第十五話 警備部の日常 2

 カウンター前に立つと、奥にいたおばちゃんに注文をする。


「プラタノフリート、バニラアイス増量でお願いしま~す!」

「はいはい、アイス増量ね! そちらは?」


 おばちゃんが天童てんどうさんの顔を見てたずねてきた。


「えーと、アイスクリームはいらないので、生クリームとシナモン増量で」

「はいはい、生クリームとシナモン増量ね! 少々お待ちを」


 待っている間、ちらっと天童さんの顔を見上げた。その顔はさっきと同じで幸せそうだ。その顔を見ていたら、私はあることをひらめいた。


「あ、いいこと思いつきましたよ、天童さん」

「思いついたとは?」

「天童さん、仕事中はずっとプラタノフリートを思い浮かべていれば良いんですよ。そしたら殺気だった顔つきにならないですから。今の天童さんの顔、めちゃくちゃ幸せそうですもん。その顔なら、子供さんに怖がられることもないと思います」


 その時の天童さんの表情はなんとも言えないものだった。


一関いちのせきさんが宇宙人に見えてきました」

「なんでですか」

「だって、あまりにも突飛とっぴなことを言い出すから」

「え、すごく素晴らしいことを思いついたと思ったんですけど。スローガンは『いつも心にプラタノフリートを!』、 ダメですかね」

「ダメだと思います」


 いい考えだと思ったんだけどなあ。ちょっとガッカリしてしまった。しかも宇宙人あつかいとか。


「そっか~~ダメか~~」

「お気持ちだけ受け取っておきます」

「実践する気はないってことですね」

「プラタノフリートは好きですが、勤務中に他のことを考えていたら、小さな事件のきっかけを見逃してしまいそうなので」


 我ながら良い考えだと思ったんだけど、言われてみればハートロール中によそ事を考えるのは良くないことだ。


「脱パーントゥに関しては努力しますから安心してください」

「はーい、お待たせ~~。アイス増量と、生クリームとシナモン増量ね。しっかり食べて昼からもパトロールがんばって!」

「ありがとうございま~す!」


 お皿を受け取り席に戻る。部長はタブレットの画面を指で動かしながら考え込んでいた。そんな部長の様子を見たリーダーは、画面をのぞき込みながら部長の肩をたたく。


「まあ顔だけが戻っちゃってるなら、マスコット隊にしてパトロールさせれば? お客さんに捕まるから効率悪くはなるけど」

「海賊という手もあるぞ? 海賊なら悪い顔をしていても多少お客に塩対応でも問題ない」


 さらに浦戸うらどさんが部長の肩をたたいた。浦戸さんの言葉にリーダーが即反応する。


「だから海賊はダメだって。ただでさえ増えてるんだから、そうやってじわじわと勢力を広げるのはやめようか、船長。あまり増やすと、船長はパーク内で反乱を起こす気なんじゃって、警備部から警戒されるよ?」

「それ、わりと本気でうちの連中は言ってるからな?」

「パーク内で警備部と海賊が戦争なんてシャレにならないからさあ。ちなみに俺達は中立だからね」


 リーダーが大げさにブルブルしながら言ったので、それを見て笑ってしまった。


「一関さん、笑ってるけど本当にシャレにならないから」

「けどそんなことしたら、警備課も海賊も、女王様のお仕置きされちゃうんじゃないですかね」

「あー……うちの女王様、本当に怖いからねえ……」

「それは同感だな、海賊団でも勝てそうにない」


 リーダーと浦戸さんが変な顔をして笑う。


「女王様って? 俺はまだお会いしたことないですよね?」

「そう言えば天童さんは女王陛下にはまだ会ってないんですね。女王様は海賊船長と同じようなアクターさんなんですけど、うちのパークで最強の存在なんですよ。たぶん社長より強いかも」

「ベテランさんなんですか? だったらこちらからご挨拶したほうが良いのでは?」


 実に真面目な天童さんらしい言葉だ。


「ベテランとか言わないほうが良いと思うね」

「ある意味それは禁句だな」

「それを口にするとお仕置きされるから要注意」


 部長、浦戸さん、そしてリーダーが真面目な顔をして、天童さんにアドバイスをする。


「そうなんですか?」

「「「そうなんです」」」

「とにかく、そのうちあちらから会いに来てくれると思うので、それまで気長に待っていれば良いと思います」


 天童さんはいまいち意味がわかっていないようだけど、今の三人の言葉をしっかり覚えておいてほしいと思った。だって私も女王様のお仕置きは怖いし。


「じゃあ、偉い人達は全体会議で頑張ってきてください。私達はデザートを食べ終わったら休憩するので」

「はいはい、休憩ごゆっくり」

「午後からのパトロールもよろしく頼むね」

「会議なんて出ずに、手下どもと散歩したいんだがな」


 毎月あるこの全体会議の話を聞くたびに、偉い人って大変なんだなと思う。もちろん私のような下っ端が参加する会議もあるにはあるけど、社長が顔を出す全体会議に比べればプレッシャーも憂鬱ゆううつさも比べ物にならない。


 プラタノフリートを食べ終わると、昼の出発時間とコースを確認して私はロッカールームに戻った。洗面所で歯磨きをしてからアイマスクとスマホをロッカーから持ち出して、それを持って自動販売機コーナーに向かう。男性陣は休み時間は警備部の控室や喫煙コーナーにいることが多いけど、私の休憩時間の定位置はここだった。自動販売機でペットボトルの紅茶を買うと、そのコーナーの隅にある足を延ばして座れる椅子、通称『王様の椅子』に座る。そして靴を脱いだ。


「ほんと、この椅子、最高~~」


 パーク内での仕事はほとんどが立ちっぱなしなので、バックヤードにある休憩用の椅子は座り心地の良いものばかりだ。特にこの『王様の椅子』はその中でも最高ランクで、ひじ掛けには飲み物が置けるトレーもついていてかなり競争率が高い。


「さてとー」


 スマホでタイマーをかけるとアイマスクをする。ちなみに買った紅茶は起きた時の飲む予定。


「あ、一関さん、お疲れ~~」


 声からしてヒロインマスコットさんだ。


「お疲れさまでーす」


 返事をしながら手を振った。


「お隣いいかしら?」

「どうぞー」


 ボスッと座る音がして大きく空気が動いた。王様の椅子は横幅が広い椅子なので、マスコットでもそのまま座ることができる。どうやらヒロインマスコットさんは、ニンゲンには戻らずに休憩するらしい。


「じゃ、時間までおやすみなさーい」

「はーい、ていうかお昼ご飯は食べないんですか?」

「出る寸前に何か食べるけど、今は空腹より睡魔のほうが強いの」


 そういう時ってあるよねと納得する。


「なるほど。ではおやすみなさい。スマホで目覚ましかけてあるんですけど、問題ないですか?」

「いつもの時間よね? だったら逆に大歓迎♪」

「了解です。ではおやすみなさい」


 とは言っても本当に寝ることはマレで、だいたいはボーッとしているだけだ。だけどそのボーッとして体を休めるこの時間が、意外と重要だったりする。たまに本当に爆睡しちゃうこともあるけれど。


―― はたから見たら妙な光景だろうなあ…… ――


 アイマスクをしたニンゲンと、ヒロインマスコットが『王様の椅子』に並んで座っているなんて。ちょっと面白い構図だし、誰かに写真を撮ってほしいかも。アイマスクをずらして横を見た。ヒロインマスコットがお腹の上になにか乗せている。


―― ん? ――


 体を起こしてのぞきこんだ。厚紙のボードのようで、そこには『起こしたらぶっ殺す』と、ヒロインらしからぬ物騒な言葉が書いてある。


―― いま声をかけたらぶっ殺されちゃうから黙っとこ ――


 アイマスクを戻して椅子にもたれかかった。そしてそのボードの警告のおかげか、買いに来る人はいても自動販売機コーナーは非常に静かだった。


 時間になってスマホのアラームが鳴った。それをとめると思いっきり伸びをする。それからペットボトルのキャップをとって紅茶を飲んだ。


「ヒロインちゃん、時間ですよ~~」

「はーい、おはよ~~♪」

「おはようございます。お昼、食べてくださいね。マスコットは私より体力がいる仕事なんだから」

「ありがとう。はい、起こしてくれたお礼にこれあげる。次から使ってね♪」


 『起こしたらぶっ殺す』と書かれたボードを渡された。


「え?」

「だって、起こしたらぶっ殺すなんてボード、ヒロインが持つべきじゃないでしょ?」


 そう言うと、いつものヒロインマスコットの可愛いポーズをとってみせる。


「えー? でもこれ書いたの、ヒロインちゃんですよね?」

「そうだけど、今日からは一関さんのボードだから♪」

「え、私が書いたことになっちゃうんですか、これ?!」

「あたりー♪」

「えー……」


 そりゃまあ、いまさら可愛い子ぶるつもりはないけれど、さすがに『起こしたらぶっ殺す』はないと思う。


「そりゃ、ここで休んでいる時に邪魔されないのはありがたいですけどね」

「でしょー? 我ながら良いフレーズのボードを作ったなって自画自賛じがじさん♪」

自画自賛じがじさんするならずっと使い続ければ良いのに。どうせここはバックヤードでお客さんはいないんだし」

「まあまあ、遠慮しないで。じゃあ、お昼ご飯をつまんでくるわね。じゃあ♪」


 そう言うとヒロインマスコットさんはいそいそと食堂へと向かった。


「マジか……」

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