第十四話 警備部の日常 1

 天童てんどうさんが試用期間に入って二週間。相変わらずマスコット達は「ニンゲ~ン」と近寄ってくるし、海賊船長と海賊団はニヤニヤしながら遠巻きにこっちをうかがっている。そのせいで天童さんは、パトロール中は落ち着かないと毎日のようにぼやいていた。


「そろそろ好奇心も薄らぐころだと思うんですが」

「そこは本人達しだいですね。みんなが満足するまでは終わらないですよ」

「それっていつまで?」

「だから本人達が満足するまでです」


 私の答えに、天童さんは大きなため息をついた。


「そんなガッカリした顔をしないで。そのうち満足してくれますから」

「だからそれがいつになるかって話なのに」

「もしかしてマスコットは嫌いですか? それと不穏な海賊団が嫌いとか?」

「そうじゃなくて」


 マスコットも海賊団も天童さんに対してサービス過剰気味だし、ぼやきたくなる気持ちはわからなくもない。


「そのうち慣れますから心配ないですよ。さて、お昼からも忙しくなりますから、まずは腹ごしらえをしましょう」


 ちなみに午前の私達のパトロールの成果は、風船を飛ばしてしまった子の風船確保、保護者を置き去りにしてダッシュする双子の幼稚園児の確保だった。風船は清掃スタッフが持っていたトングで私が街路樹から救出、オリンピックの陸上競技なみのダッシュを披露ひろうした幼稚園児二人は、天童さんが素早く追いかけて確保した。


「あ、そうだ。今日のデザート、天童さんの大好きなプラタノフリートですよ。しかも今日はアイスクリーム添え!」


 その名を聞いて天童さんは幸せそうな顔をする。


「あれは本当にうまいですね。シナモンのアクセントが最高ですよ。毎日のデザートに出てきても良いかな」

「意外ですよ。天童さんが甘党だったなんて」

「そうですか? 男でも甘党は多いと思いますけどね。恥ずかしいから言い出さないだけで」


 言われてみれば中津山なかつやま部長と矢島やじまさんもハチミツましましのホットケーキがお気に入りだし、意外と男性陣には隠れ甘党が多いのかもしれない。


「ちなみに張り込みの時って、甘いものつながりでアンパンとジャムパンだったんですか?」

「そこは個人の好みだと思います。ちなみに俺はピーナツサンドとバナナをよくコンビニで買ってました。今でも売ってるのかな、あれ」

「もしかしてバナナ好きなんですか?」


 プラタノフリートがお気に入りということはそういうこと?


「張り込みは長時間ですからね。腹持ちとカロリーのことを考えて買っていたら、いつの間にかお気に入りの車中飯になってました」

「なるほど~~」


 そこは意外と合理的な理由だった。


 食堂に入ると一番手前のテーブルに警備部の面々が座っていた。その中に久保田くぼたさんと矢島さんもいる。私達の顔を見ると、ニヤッと笑いながら食堂の奥を指でさした。そこには部長が座っていた。


「二人はこっちだよ、そこの二人とは離れて離れて」


 部長に呼ばれたのでそっちに移動する。部長の前には、分厚いステーキが乗ったお皿が置かれていた。そしてその横には何故かタブレット端末。


「うわー、見るからにザ・肉のかたまりですね」

「うまいんだけどちょっと後悔しているよ。自分の年を忘れてた。あとで胃薬が必要そうだ」

「じゃあ私はハンバーグにしよーっと」


 そう言いながらトレーを手にカウンターの前に並んだ。


「それが平和だと思うね。天童君はこの肉のかたまりにチャレンジしてみたら?」

「その量を食べたら、デザートを食べる余地がなくなりそうですね」

「甘いものは別腹って、男は当てはまらないのかい?」

「どうなんでしょう」


 笑いながら私の後ろに並ぶ。それぞれメインディッシュとサラダ、飲み物をトレーに乗せて部長がいるテーブルに戻った。そして「いただきます」をしてお肉にとりかかる。もちろん天童さんは部長お勧めの分厚いステーキだ。


「来月からのシフトをいま調整してるんだけどね。誰と誰を組ませたら良いのか悩ましいね」


 切り分けたお肉をつつきながら、部長がため息をつく。端末が横に置かれていた理由がこれで判明した。


「俺が一関いちのせきさんと組み続けることになったから、シフトの組み合わせがややこしくなったんですね。申し訳ありません」

「いや、そこは想定内だったから問題ないんだ。問題なのは舘林たてばやしと矢島君だよ。あの二人を組ませたのは間違いだったなあ」

「どうしてですか?」

「あの一件以来、すっかり顔つきが自衛官に戻っちゃってね。矢島君はともかく舘林までとはね」


 舘林さんも元自衛官で、矢島さんのかなり年上の先輩にあたる元空挺くうていさんだったらしい。


「もしかして、あの盗撮犯を確保したのがきっかけですか?」

「そうらしい。なんでも闘争本能に火がついちゃったらしいよ。まったく困ったもんだねえ」


 あきれたように笑う。


「部長だって元自衛官ですよね? やっぱり闘争本能に火がついちゃったり?」

「海自と陸自じゃ性質が違うんだよ。ああ、もちろん空自ともね」

「そうなんですか」


 とうなづいたものの、どう違うのか私にはまったくわからない。


「組ませる相手を考え直さないと。これ以上そういうのが増えると、パーク内の空気が乱れてしまうからね。マスコットやアクターがパーク内で夢の国を演出しているのに、僕らがその空気をぶち壊してしまったらなんにもならないだろ?」

「そんなに乱れるものなんですか?」

「思った以上にね。天童君もその内わかると思う」


 天童さんがそれをわかるようになるのは、きっと脱パーントゥを果たした時だと思う。私も部長もなにも言わなかったけど、天童さんは私達の顔を見て察したようだ。


「わかるようになるよう、努力します」

「がんばってください。まあどうしても無理だってことになったら、海賊団に就職って手もありますから」

「え、内勤になるんじゃないんですか?」


 天童さんはギョッとなる。


「船長がうるさいんだよ。もっと手下がほしいから天童君を海賊団によこせって」

「すごーい。天童さん、めちゃくちゃ気に入られちゃったんですね!」

「中津山部長、脱パーントゥを目指して全力で努力しますので、警備部に置いててください」

「あらら、嫌われてるよ、船長」


 部長が笑いながら、自分の真後ろに座っていた人物に声をかけた。そこにいたのはいつもの船長ではなく、私服姿の浦戸うらどさんだった。


「そりゃあ残念。見込みがあると思ったんだがなあ」

「あれ、今日は珍しく船長じゃないんですね」

「月に一度の全体会議だからね。社長が参加する会議に、海賊船長のまま乗り込むわけにはいかないだろ?」

「そうですか? うちの社長、そんなこと気にしないような気がしますけど」


 それどころか海賊の衣装を着せたら喜びそうなんだけど、うちの社長。


「あ、ってことは、リーダーも今日は中から出てきてるんですか?」

「そうだよー」


 浦戸さんの向かい側に座っていた人が手を振った。今まで気がつかなかったけど、そこに座っていたのはマスコットリーダーだった。ちなみに中から出てきているから本名の額田ぬかださんと呼ぶべきなんだけど、なぜか『リーダー』呼びが定着してしまっている。


「二人とも、船長とマスコットの時間が長すぎて素顔を忘れちゃいますよ」

「だよね~~。中津山さんも俺が声をかけるまで気づかなかったし」


 リーダーがおかしそうに笑った。


「本当はさ、マスコットのかっこうをして出席したいんだけど、全体会議にマスコットは出席禁止なんだってさ。失礼しちゃうよね。来園者のほとんどは僕達に会いに来るのが目的だっていうのに」

「あのまま乗り込む気があるなんて」


 天童さんは恐ろしいモノを見たような顔つきになる。


「ん? だってマスコットはテーマパークの主役だよ? 全体会議に出席する権利はあると思うけど?」

「海賊団だって主役だと思うが」


 浦戸さんの言葉に、リーダーはチッチッチッと人差し指を振ってその意見を却下した。


「ダメダメ、海賊船長はもう少し自重しろって魔女おばさんが怒ってたよ。最近は海賊の手下ばかりが増えて、私の使い魔が増えないってご立腹さ」

「そうだったかな」

「真面目な話。魔女関係のアクターはもう少し増やしたほうが良いと思ってる。海賊が増えてもむさくるしいだけで、魔女関係の使い魔は華やかなキャラが多いだろ?」

「まあそれは言えてるな」


 浦戸さんがうなづく。すっかり二人は素に戻って、あれこれとアクターとマスコットの構成数について話を始めた。


「あれがお二人の真の姿です、はい」


 二人に代わって天童さんに解説をする。そうこうしているうちにお皿のお肉は消えていた。あとはデザートをとりに行くだけだ。


「さて、天童さんお待ちかねのプラタノフリートですよ。しかもバニラアイス添え! 部長はどうします? 食べますよね?」

「僕は今回はパスだな。もうお腹に一切れも入らないよ。それより消化剤が必要かもな」


 そう言って悲しそうな顔をする。


「わー、もったいない。めったにないアイスクリーム添えなのに」


 そう言いながら席を立った。

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