第六話 海賊団との遭遇

「ちなみに、久保田くぼたさんと矢島やじまさんは元はどこに? 警察官と自衛官というのはさっき聞きましたが」


 パーク内に出て歩き始めたところで、天童てんどうさんが質問をしてきた。


「久保田さんは機動隊で、矢島さんは陸上自衛隊の空挺くうてい部隊だと聞いてます。二人とも一年目なんですけど、来た時はそりゃもう濃かったですよ、まとっている空気が」

「空気が濃い」


 天童さんが笑いだす。


「今でも油断すると空気が乱れてしまうので要注意なんです」

「なんとなく想像がつきます。接近禁止の業務命令が出た理由も納得できました」

「天童さんが納得できたなのなら安心です。二人ともこの一年でやっとパークの空気に馴染んできたので、それが元に戻ってしまったら今までの努力が水の泡だから」


 私がそう言うとうなづいた。


「なかなか難しいんですね。テーマパークの警備も」

「まあ『お客さんに非現実世界を楽しんでもらう』が大前提の場所なので。あまり私達のようなリアルが目立つのは良くないんですよ」

「なるほど。それでこんな色なんですね」


 そう言いながら上着の襟をさわった。


「ピーコックグリーンです」

「ああ、そうでした、ピーコックグリーン」

「最初は抵抗を感じるでしょうけど、そのうち慣れますから。ああ、それと。腕時計に関しては特に指定はないので、自分で好きなのをつけてもらってかまいません」


 上から下まで指定されている制服の中で、唯一個性を発揮できるのが腕時計なのだ。つまるところ、そこしか自由がないとも言える。


「ちなみに私は、昔ここで買った時計なんですけどね」


 そう言って腕時計を見せる。まだ私が学生の頃に買った腕時計で、開園十何周年かの時に作られた限定品だった。それを見下ろしていた天童さんが急に顔をあげる。そして前に視線を向けた。


一関いちのせきさん、前方より不審者集団が」

「え?」


 顔を上げると、向こうの方から怪しげな一団が歩いてくるのが見えた。どこから見ても海賊船長とその手下どもだ。こっちを見てニヤついているのがここからでもわかる。


「海賊ですね」

「パレードやショーが始まる時間じゃないですよね?」


 天童さんは上着のポケットから手帳を引っ張り出す。


「平日の朝はそこまでお客さんもいないですし、アクターやマスコットさん達が自由気ままにうろついていることが多いんですけど、どう見ても私達めがけて歩いてきてますよね」

「まさかアドリブでのショーを始めるとか?」

「それはないと思いますけど」


 アクターやマスコット達がパレードの時間以外にパーク内を歩き回り、即興そっきょうのお芝居を展開してお客さんを楽しませることはあるけれど、私達が巻き込まれることは一度もなかった。少なくとも今までは。


「イヤな予感がする。あ、まさか目的は天童さんかも」

「え、なんで俺が?」


 自分がターゲットと言われてギョッとした顔をする。


「警備部に新しく人が来ると聞いて興味津々きょうみしんしんだったんですよ、船長」

「だからって手下まで引き連れて来ることですか?」

「なにせ相手は自由気ままな海賊ですから」

「自由気ままがすぎるような」


 だからと言って逃げるわけにもいかないので、何食わぬ顔をしてそのまま歩き続ける。


「これってチキンレースでは?」

「そうとも言いますよね。あっちが逃げてくれると良いんですけど」

「あの人達の様子からして、どう見ても逃げそうにないですけどね」

「ガチンコで正面衝突ですね。天童さん、犯人とそうなったことあります?」


 聞いてから「あ、しまった」と思った。天童さんは負傷して刑事を辞めたのだ。ということは、犯人とそういうことがあったに違いなかった。だけど言われた天童さんは気にしていない様子で、なぜか前を向いたままニヤニヤしている。もしかしてこの状況を楽しんでる?


「ありますよ。ちょっとした勲章くんしょうも持ってます。ところであのぐらいの人数なら、一関さんと二人がかりで何とかなるんじゃないかな」

「え、特殊警棒を出した方が良いですか?」


 私を信用してくれるのは嬉しいことだ。だけど海賊団相手にするなら素手では心もとない。特殊警棒がダメならサスマタぐらいはほしいところ。そうこうしているうちに、海賊船長と手下どもが私達の前にやってきた。周囲にいるお客さん達は、海賊団と警備担当スタッフがにらみ合っているのを見て、一体なにが始まるんだろうと、ワクテカしながら遠巻きに見ている。


「おはよう、一関君。こちらが新しくやってきたニンゲンかね?」


 船長が芝居がかった声で質問をしてきた。ただし、この前と違って帽子をとっての挨拶は無しだ。


「そうです。今日から研修を始めた天童さんです」

「天童です。はじめまして」

「なるほど。なかなかの男前じゃないか」

「こっちもなかなかですよ、船長。良い筋肉ついてます」


 手下の一人が天童さんの腕をつかんで笑う。


「それは上々じょうじょう。ご婦人をエスコートするなら、それぐらいの腕っぷしは必要だからね」


 そう言って私にウインクをした。


「そりゃ私は間違いなくご婦人ですけど、それと同時に警備部の一員なんですが」

「まあまあそう固いことは言わずに」


 船長が笑うと手下どもも笑い出す。これはよくショーで見せる、何かを企んでいる時の笑い方だ。まったく浦戸うらどさんときたら。


「ちょっと船長、初日なんですからお手柔らかにってお願いしたじゃないですか」


 周囲のお客さんに聞こえないようにヒソヒソ声でささやく。


「そうだったかな?」

「あの、僕も丸腰ではないので簡単にやられるつもりはありませんが」


 そう言った天童さんの手が上着のふくらみを押さえる。そこは特殊警棒が装着されている場所だ。


「ほほう?」


 船長の笑みがめちゃくちゃ邪悪なものになり、それと同時に手下どもが武器をいっせいにかまえた。もちろん本物じゃない。でもそれなりに重量があるので、当たり所が悪ければ大怪我をする代物しろものだ。


「えぇぇぇ、本当に武器を出しちゃいましたよ」

「こういう場合はどうするんですか、一関さん?」

「この状態になってから聞きますか私に」


 こういう場合は逃げるが勝ちというのが本音だ。とは言え、ここまで完全に船長のペースだから、逃げるタイミングなんて皆無だったけど。


「拳銃を携帯しておくべきでした?」

「うちにあるのは、特殊警棒と催涙スプレーとサスマタぐらいですよ。警備部には拳銃なんてありませんから」

「ちなみにサスマタですが、相手を取り押さえるより相手をなぎ倒すのに便利です」

「豆知識どうも」


 海賊たちが掛け声をあげ始め、じわじわと距離をつめてくる。


「一関さん、これは?」

「なんかそういうのあるじゃないですか、ほら、外国のスポーツで」

「ああ、ハカ」


 納得したらしいけど事態はまったく好転していない。それどころか悪くなっている。


「あの、船長?」

「いまさら交渉は認めんよ、一関君」

「いや、そうじゃなくて。こんなことして上から怒られませんか?」


 ワクテカしているお客さん達に聞こえないよう、ヒソヒソと伝えた。


「ワガハイを誰だと思っているんだね? ワガハイは海賊団のかしらだぞ?」

「いや、そういうことじゃなくて。もっと上の人がいるじゃないですか。神様とまではいきませんけど!」

「一関さん、自衛のために警棒を出しても良いですか?」


 天童さんがさらっと怖いことを言う。


「ダメです」

「じゃあ素手で鎮圧ですね」

「天童さん、警察官に戻ってますよ!」

「え、そうかな」


「あ、いたいた~~!」

「みんな、ここにいたよ~~!」


 にぎやかな声が割り込んできた。今度は一体なに?! 振り返ればマスコット軍団がこっちにやってくるところだった。あの数、もしかしてマスコット全員集合とか?! お客さん達は喜んでスマホやカメラをかまえているけれど、私としては混沌こんとんとした状態にめまいを覚えた。


「パーク内での横暴は許さないぞ、海賊団め!」


 リーダー格のマスコットがそう言うと、他のマスコットが「そうだそうだ」と声をあげる。マスコット達は私達と海賊団の間にわりこんでくると、それぞれが仁王立におうだちの決めポーズをとった。


「援軍が来たので戦力はほぼ同格になりました」

「警備部の人間がマスコットに守ってもらうなんて、聞いたことないですよ」

「いや、この場合は共闘ってやつです」


 救いなのはお客さん達が喜んでいることぐらいだ。


「あとで上からメチャクチャ叱られそう……」


 考えただけでも胃が痛い。


「おやおや、意外な援軍が現われたな」


 船長がニヤッと笑った。そして右手を上げる。すると手下どもがピタッと静かになり武器をおろした。


「君達と戦って勝てるとは思えんから、ここは戦略的撤退をするとしよう。ではこの勝負はまた日をあらためて、お二人さん」


 そう言うと帽子のツバに軽く手をやり、こちらに背を向けて歩き出す。手下どもも武器をおさめ、船長の後に続いた。マスコット達はシャドウボクシングのような動きをして海賊団を見送る。


「はぁぁぁぁ、助かった、ありがと~~」


 しばらくして私は息を大きく吐くと、リーダーのマスコットに抱き着いた。

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