第三話 マスコット達は興味津々

「皆さん、なにやってるんですか」


 それから三日後、午後から出勤すると廊下に人だかりができていた。正確には人ではなく、見た目はマスコット達。人と違って面積が大きいから、廊下で固まられるとそこは通行止め状態になってしまう。


「もしもーし、後ろがつまってるんですが」


 私が声をかけると、いっせいにマスコット集団が振り返る。中が人だとわかっていても、マスコット達がいっせいにこっちを見るとなかなか怖い。ちょっとしたホラー映画だ。


「ちょっと怖いですよ、皆さん。なんか変な空気が中から漏れてきてるんですけど」


 マスコット達がぞろぞろとこっちに押し寄せてきて私を囲む。うん、間違いなんホラーっぽい展開。


「なんですか、なにかご不審な点でも?」

「ご不審だらけだよ!」


 うちのパークの主役格をつとめるマスコットのリーダーが、大げさな身振り手振りでそう言った。それに合わせてその場にいたマスコット達が相づちを打つ。ここはお客さんがいないバックヤードなのに、その動きはお客さん達を相手にしている時とまったく変わらない。


「どんなご不審が? あっちになにかあるんですか? もしかして新しいアトラクション用のキャラクターとか?」

「来たのはニンゲンだよ、ニンゲン!」


 まるで宇宙人が来た!とでも言いたげな口調だ。


「えーと、皆さんも一応は人間なんじゃ?」


 その場にいた全員が、私の言葉に信じられない!と言わんばかりの驚愕きょうがくの動作をする。なるほど、中から出てこないと人間には戻れないようだ。


「あ、今の言葉は忘れてください。で、どんな人間が来たんですか? 皆さんが集まってくるってことは、すごい人間なんですよね?」

「人事部の三条さんじょう部長と警備部の中津山なかつやま部長が面接してる。ってことは、君と同じ警備部にやってくる新しいニンゲンだよね!」

「あー、そういうことですか。どんな人間でした? 皆さん、その人を見たんですよね?」


 その質問に、全員が手を上げながら自分の印象を話し始める。


「ちょっとコワモテだけどイケメンだった!」

「コワモテ度は久保田くぼた君の勝ちだと思う!」

「色黒さは矢島やじま君の勝ち!」

「声もイケメンだった! カスタマーサポートの担当になったら、お話をしたがる電話が増えそう!」

「背も高かった! うちの船長ぐらいはあったかな!」

「ああ、それと忘れちゃいけないのが」


「「「「「顔に傷があった!!」」」」」


 全員の声がはもった。これは笑ったらいいのか怖がったらいいのか、どういう反応をすべきか迷うところだ。


「顔に傷……」

「と言っても、よーく見ないとわからないと思うけど! 総じてなかなかのイケメンさんよ?」


 パークで一番可愛いと評判のヒロインマスコットが付け加える。


「それを聞いて安心しました」


 少なくとも指名手配されている、荒くれ海賊みたいな顔ではないようなので一安心、かな。


「警備部だとして研修の担当は誰かな?」

「あ、それは私です。中津山部長から言われました」

「「「うらやまー!!」」」


 私の言葉にいっせいに声をあげたのは、女の子のマスコット達だ。その様子に、男の子のマスコット達は面白くなさそうにそぶりを見せた。


「え、なんなら代わります? そのかわり研修の間は中から出てきてもらって、このスーツを着てもらいますけど」


 全員の反応を見るに、マスコット達にもこのスーツは不評のようだ。どうしてだろう。なかなか素敵な色だと思うんだけど。


「着なきゃいけないなら、僕たちのサイズで特注してくれなくちゃ!」

「そうそう! せめて上着だけでもね!」


 そして中から出て着るという選択肢はないらしい。


「それか、新人君が見習いの海賊になるかだよね!」

「海賊になったらパトロールできないような。取り締まられる側だし」


 さらに新人さんは、悪役系キャラが似合っていると判断されたようだ。


「だったら、お城の衛兵!」

「衛兵はお城から離れたらいけないのでは? 女王様にお仕置きされちゃう!」


 いっせいに「女王様のお仕置きこわ~い!」という声があがる。


「とにかく、新人君がその気になったら僕たちに声かけて! 協力するから!」

「あ、はい。その時はよろしくお願いします」


 そうは言ったものの、新人さんにその状況が耐えられるだろうか? 来て早々「僕には無理です」と言われたら困るなあ……。


「じゃあそろそろ仕事に戻ろうか」

「ちょっと! まだお昼ごはん食べてないんだけど!」

「あ、そうだった。今日のランチメニューってなんだっけ?」

甲板長ボースンのスカロッピーネ、キノコのクリームソースぞえ!」

「デザートは魔女おばさんのストロベリームースだった!」

「うわー、はやく食べたい!」

「早くいかないと船長が全部ひとりで食べちゃうかも!」

「それは大変! はやく行こう!」

「じゃあね~~!」


 その場にいた全員が私に手をふってから立ち去った。遠ざかっていくにぎやかな声が聞こえなくなると、なぜかドッと疲労感が押し寄せてくる。皆いい人たちなんだ。いい人たちなんだけど!


「現実と非現実の境界線が消えかかってる……」


 バックヤードなんだから素に戻って話せばいいのに、マスコットの中にいる時はずっとあんな調子なのだ。


「少なくとも研修は人間の私だけでしたほうが、新人さん的には平和だよね、きっと」


 気を取り直すと、新人さんが面接をしているであろう部屋がある場所をのぞく。かすかに三条部長の声が聞こえているから、まだ新人さんとの質疑応答の最中らしい。


「どんな人なのかな」


 履歴書は見たけれど、まだ実際に話をしたわけではない。それと、ちゃんと私に指導できるだろうか。警備的な能力は私よりもずっと上な気がするし。そんなことを考えていると、いきなり部屋のドアが開いて中津川部長が顔を出した。そして私と目が合う。


「ああ、一関いちのせきさん。なんかさっきまで廊下がざわついていた気がするんだけど」

「あ、はい。さっきまでマスコットさん達がここにいたんですよ。新しい『ニンゲン』が来るらしいって大騒ぎしてましたよ?」


 『人間』という単語を強調した。部長がニヤッと笑う。


「なるほど。そりゃ彼らとしても気になるだろうね。あ、そうだ。せっかくだし、一関さんも顔を合わせておくかい? 採用も決まったことだし、指導員する先輩として」

「あいさつ程度なら。夕方からのシフトに入ってるので」


 腕時計を軽く指でたたきながらそう返した。


「うん、それで問題ないよ。三条さん、一関さんがいるから顔合わせをさせて良いかな」


 部長が部屋の中にいる三条部長に声をかけた。OKの返事が返ってきたらしく手招きされる。


「お邪魔しまーす」


 部屋に入ると、三条部長と天童てんどうさんが座っていた。


「一関さん、ひさしぶりだねー」

「ご無沙汰ぶさたしてます、三条部長」


 こちらの部長と顔を合わせるるのは、私がここで面接を受けた時以来かもしれない。


「紹介しておくね。こちら、新しく警備部で採用予定の天童さん。天童さん、こちらはさっき話した、仮採用中にあなたを指導する一関さん」

「はじめまして、天童です。よろしくお願いします」


 天童さんは立ち上がって私を見て頭をさげた。


「一関です。こちらこそよろしくお願いします」


 同じように頭を下げながら今の動きを考える。怪我をしてからどのぐらい経っているのかわからないけど、立ち上がった時の様子からして運動機能に問題はなさそうだ。


「いつから指導を始めることになりそうですか?」

「週明けの月曜日からを考えている。さすがに初っ端しょっぱなから人の多い土日は大変だろうからね」

「月曜日からと。しばらくは私と同じシフトってことで良いですか?」

「そういうことだね。よろしく頼むね」

「では天童さん、月曜日からよろしくお願いします。月曜日は朝から昼までは歩きっぱなしになるので、ご飯はしっかり食べてきてくださいね」

「わかりました」


 天童さんは少しだけ愉快そうな顔をしてみせた。まさか朝ご飯をしっかり食べてこいと言われるなんて思っていなかったのだろう。


「あ、部長。靴の対策もちゃんと伝えてくださいね。靴擦れ対策とかおすすめインソールとか」

「そのへんは心配ないと思うよ。なにせ天童君は元捜査一課の人間だから。だよね?」

「?」


 それとこれとどういう関係が?と首をかしげる。


「捜査では靴が擦り切れるぐらい歩き回りますから。そのあたりの対策は抜かりないと思います」

「ああ、なるほど」


 捜査は足でというのは、テレビドラマの中だけの話ではないらしい。


「でも、靴擦れ対策までは考えてなかったので指摘してもらって助かりました。中津山部長にアドバイスをいただいて、きちん対策をとっておきます」


 そう言って天童さんはニッコリとほほ笑んだ。ふむ、心遣いもできる人らしい。


「はい。じゃあよろしくお願いします。あ、朝の申し送りの時間が迫っているので、私はこれで失礼します。三条部長、中津山部長、失礼します! では天童さん、また月曜日に」


 頭を下げると部屋を出た。そしてブリーフィングルームに向かいながらそう言えば、となる。


「顔の傷、ぜんぜんわからなかったなあ」

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