第二話 朝の巡回、してました?

 私達は最初にアトラクションが集まっている場所を回った。平日ということもあり、お客さん達の待機列もそこまで長くない。このぐらいなら、待つのに飽きて大暴れをする人は現れないだろう。


「毎日がこのぐらい平和だと助かるんだけどな」


 周囲を見ながら久保田くぼたさんが言った。


「そうですか? もう少しお客さんが来てくれないと、うち、赤字になっちゃうと思いますけど」

「今ぐらいのほうが来場者もストレスを感じないですむし、感じるストレスが少なければ、問題を起こす人間も現れない。俺達としては、そっちのほうが黒字よりありがたいけどね」

「そこは認めるところです」

「ま、これは警備をする人間としての意見であって、経営者的にはそれでは困るんだろうけどさ」


 そう言って肩をすくめる。


「そりゃまあ私だって、今ぐらいのほうがパトロールしやすくて助かりますけどね」

「だろ?」


 アトラクションエリアを抜け、グッズなどが売られているショッピングモールへと向かった。売られている商品はパーク内限定商品もあり、そういうものが陳列ちんれつされている場所には、若い女の子達がたくさん集まっている。


「今日、本当に平日だよね?」

「そのはずなんですけど、ちょっと自信がなくなってきました」


 それでも売り場は比較的、平和な雰囲気だ。今はオフシーズンなのでこんな感じだけれど、これがアニバーサリー的な限定商品やシーズン限定品などが出ると、ちょっとした戦場のようになる。それもあって、ここは私達が一番近づきたくない場所でもあった。


「あ、おはようございます」


 店内で陳列ちんれつの点検をして回っていた女性スタッフが、私達を見つけて声をかけてくる。このエリアのチーフを任されている棚倉たなくらさんだ。


「おはようございます。なにか変わったことはありますか?」

「今のところは特に。いつもの平和な平日の朝ね」


 キャラクターグッズの前で、どれにしようかと騒いでいる女の子達を横目に見ながら微笑んだ。棚倉さんは管理職で本来は表に出てこない人なんだけど、たまにこうやって売り場のチェックをしに本部から出てくる。本人いわく、モニターチェックのようなものなんだとか。


「あら、久保田君」


 棚倉さんがなぜか久保田さんを見つめた。そして頭から足先までをブツブツとつぶやきながら見ていく。その様子に久保田さんは落ち着かなげな顔をした。


「なんですか? 俺、どこか変ですか?」

「ううん。そうじゃなくて。久保田君、ここに来て一年だっけ?」

「先週の金曜日でちょうど一年になりましたよ」

「そうだったの。それでかしらね。ようやくその色のスーツが似合うようになったなと思って」


 棚倉さんがニコニコしながらそう言った。


「その色」

「ほら、さっき言ったじゃないですか。ピーコックグリーンですよ」

「それはわかってるけど。本当に似合ってますか?」

「あら、私の言うことが信じられない?」

「そうは言いませんけどね。この色が似合ってると言われても、あまりうれしくないような……」


 久保田さんはそう言って自分の服を見下ろす。


「あら、まだ抵抗を感じてるの?」

「そりゃ棚倉さんは良いですよ、スーツの色がブラウンですから」

「正確にはマホガニーって色なんですけどねー」


 ちなみに部署ごとにスーツの色が違っている。物販関係は店頭に立つ売り子さんの制服とは別に、幹部スタッフ用のスーツがあって色はシックなマホガニー。いま棚倉さんが着ているのがそれだ。


「そう? 私はその色のスーツも着てみたいと思うけど」

「えー……まったく女子ってのはわからないな」

「私も女の子なの? 一関いちのせきさんはともかく、私はもう久保田君のお母さん世代よ?」

「なに言ってるんですか。棚倉さん、うちの母よりずっと若いでしょ」


 笑いながら腕時計を見下ろす。そろそろ次の場所に向かう時間だ。


「そろそろ行きましょうか。ここにいるとあれこれ買いたくなっちゃいますから」

「休みの時にお客様として来て買ってね」

「はーい。じゃあ行きましょうか、久保田さん。じゃあ棚倉さん、ここのことはよろしくお願いします」

「任されました。また休み時間にね」


 棚倉さんに見送られながら私達はモールを離れた。そして次に見て回るのはレストランエリアだ。まだ午前中ということで利用しているお客さんの姿は少ない。それでも開園時間が早いので、それに合わせた朝ご飯的なメニューも時間限定で提供されている。マニアックな人の中には、そういう限定メニューを目当てに来園する人もいるんだとか。


「あれ。あそこにいるの部長と矢島やじまじゃ?」

「え? あ、ほんとだ!」


 レストランの隅っこの席に、見たことのある私服姿の男性が二人。こっちに気づいた二人が手を振るものだから、私と久保田さんはため息をつきながら二人が座っている席に歩いていく。


「なにしてるんですか、二人とも」

「ん? 見ての通り朝ご飯さ。ここのパンケーキ、この時間だけなんだよ、ゴテゴテした飾りがないのが提供されるの。それに合わせて食べにきた」


 そう言って部長が指さした先には、お皿にのったバターとはちみつだけの大きなパンケーキ。


「あ、ちなみに俺達は夕方からの勤務なんで、今はお客様だから」


 矢島さんがニコニコしながら付け加える。


「おはようございます。朝ご飯をごゆっくりお楽しみください♪ だったらなんで夕方から出勤しないんですか。朝から来るとか信じられない」


 営業スマイルであいさつをしてから、ボソッと本音を言ってしまった。


「だからこれを食べるためだよ。生クリームとフルーツでデコったパンケーキなんて、女の子や小さい子が食べるならともかく、俺達みたいなおじさんは大っぴらに食べられないだろ?」

「いやいや~~、そのバターとハチミツの量だって尋常じゃないでしょ」


 久保田さんの指摘は正しい。パンケーキの上に鎮座しているバターは平均的なパンケーキのバターよりも倍は大きいし、かかっているハチミツはさらにその倍ぐらい多い。ていうかハチミツの量、こんなに多かったっけ?


「パンケーキがハチミツの海に沈んでますね」


 どう考えても普段より多い。追いハチミツなんてオプションはないはずなんだけど。


「もしかして裏メニュー的な?」

「そんなの聞いたことないですよ」

「あーもう、うるさい。落ち着いてパンケーキを楽しめないから、お前らはあっち行け」

「手を振って私達を呼んだのはそっちじゃないですか、まったく」


 矢島さんがシッシッとするのを見てムッとなった。私だってパンケーキ食べたいのに。


「あれ、部長のことですからきっと、お店のパンケーキの味は保たれてました問題なし!って、いかにも仕事してました的な顔して言うんですよ、きっと。そう考えるとめっちゃ腹立ちますね!」


 私がぼやくと久保田さんが噴き出した。笑い事じゃないと思う。私はわりと本気でムカついているんだから。私だってバターとハチミツましましのパンケーキが食べたいのに!



+++



 午前中いっぱいはパーク内をパトロールして回った。平日ということで特に問題もなく、パーク内のお客さん達は楽しい時間をすごせているようだった。


 休憩時間になったので事務所に戻ると、自動販売機がある場所でオレンジジュースを片手に一息つきながら、新人さんの履歴書のコピーに目を通してみることにした。コピーなので写真の顔は細部まではわからない。警察官と言われればそんな感じの顔をしているかも。


「でも顔だけで見るぶんには、久保田さんと矢島さんのほうが怖い顔してるよね」


 そんなことをつぶやきながら経歴に目を通す。天童てんどうたけるさん。元警視庁捜査一課刑事。その前に学歴などが書かれているけど、ここで重要なのはそこじゃない。一番気になるのは退職理由だ。それによっては採用は見送ることになる。


―― 捜査中に負傷し自主退職 ――


 それ以外は書かれていない。これって捜査上の機密ってやつなんだろうか。捜査一課の刑事が退職するほどの怪我をする事態って、一体なにが起きたんだろう。


「部長のことだからその辺はきちんと調べてるだろうけど、これだけじゃわからないなあ。でも退職するほどの怪我って、いったいどの程度の怪我なんだろ。面接をするってことは、ちゃんと警備部の仕事ができる程度には回復してるんだよね?」


 まあその点も部長のことだから大丈夫だと思う。それでも実際に会ってみるまでは安心できない。


「ま、私がヤキモキしてもしかたないんだけど。でも……」


 久保田さんや矢島さんの時のように、パーク内で浮きまくる存在だったらどうしよう。実のところ本人のスキルよりそっちのほうが重要だったりする。いくら優秀でもパーク内の空気を乱すのは御法度ごはっとだ。


「ま、久保田さんも矢島さんもなんとかなじんだんだし、よほどのことがない限り大丈夫かな」


 どうやっても無理そうな時は、部長と相談してなにか解決策を考えよう。

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