第6-6節:能力が通用しないっ!?

 

「鎧の騎士を呼び出したのは、いつ以来かなぁ。では、見習い勇者くんのお手並みを拝見させてもらうよ~☆」


 タックさんは大広間の隅の床に座り込み、ニタニタと悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべながらこちらへ視線を向けている。まるでショーでも眺めるかのように、実に楽しそうだ。


 一方、ミューリエはタックさんがいる場所とは反対側の隅に立ち、真剣な表情で僕の様子を見守ってくれている。


 ただ、何か言いたげな雰囲気があるような気もするけど……。


「アレス! アドバイスだ! 敵を見誤るなよ!」


 目が合った瞬間、ミューリエは僕に向かって大声で叫んだ。ただ、その言葉の意味が分からず、少し考え込んでしまう。



 敵を見誤るなってどういうことだろう? リビングメイルの急所というか、生命力の根源や魂みたいなものを見極めてそこを衝けってことかな?


 でもそんなことを言われても、実体のないモンスターの急所なんて分かるわけがない。そんなことが出来るのは、ミューリエみたいに戦いに長けた達人くらいなものだ。少なくとも戦いの初心者である僕にそれが可能だとは思えない。


 もちろん、この状況でくれたアドバイスだから何らかの意味はあるはずだけど、今の僕に出来るのは意思疎通の力を使って戦うことだけ。それが全てなんだ。


 なによりその力は急所を意識しなくても通用すると思う。というのも、同じようなタイプである岩のモンスターには効果が発揮されているから。こうして至近距離で対峙している状況なら、影響の範囲内に入っているはず。



 ――っ! そうか、ミューリエは岩のモンスターを倒した様子を見ていないから、僕の力は敵の根源にピンポイントでぶつけなければならないと誤解しているんだ。


 うん、充分にあり得る。それなら今の言葉の意味も理解できる。とりあえず今は、そう仮定しておくことにしよう。


 ゆえに僕は気を取り直し、あらためて力の行使を試みる。


 視線を向けると、どうやら鎧の騎士の動きはそんなに速くない。ただ、岩のモンスターと同様に一撃は重そうだ。だとすれば、早く力を発動させないと僕の体が彼の攻撃に耐えられない。食らうにしても2発が限界かな……。


「へぇ、大したものだな~。鎧の騎士を目の当たりにしても、随分と落ち着いてるじゃん。これなら少しはやってくれそうだっ♪」


 すっかりリラックスした様子で座り込み、ケタケタと笑っているタックさん。まるで闘技場で戦う剣闘士同士の勝負を見物しているかのようだ。僕たちの戦いは娯楽じゃないんだけど……。


 ――おっと、いけない。力を発動させるためには、心を清らかにして雑念を振り払わないと。


 僕は深く深呼吸。そして落ち着いたところでいつものように想いを念じ始める。


『鎧の騎士よ、僕は戦いたくない。どうか動きを止めてくれ。もともと僕たちは敵同士なんかじゃないんだよ? 戦いをやめよう』


「っ!? なんだアイツっ? 鎧の騎士が間近に迫ってるのに戦意を完全に消しやがった! しかも隙だらけじゃないか! どういうつもりだっ!?」


 タックさんの驚愕したような声が聞こえてくる。ただ、僕は視線を鎧の騎士に向けたままだから、どんな顔をしているのかは分からない。きっと身を乗り出して目を丸くしているんだろうな。


 確かに僕の能力を知らないなら、それが普通の反応だと思う。


 一方、鎧の騎士は依然として僕へ向かって突進してきている。そのスピードは変わらず、しかも動きを止める気配はない。そしてついに僕の眼前に辿り着くと、躊躇なく巨大な右腕を振り下ろしてくる。


「ガァアアアアアァーッ!」


「――がはッ!」


 一瞬、僕の意識が飛びかけた。目の前が白く霞んで、息が出来なくて、攻撃を受けた前後は何の音も聞こえなかった。


 岩のモンスターの一撃なんて比べものにないくらいの強烈なパンチ。


 僕は全身に猛烈な衝撃を受けると同時に弾き飛ばされ、痛みと浮遊感が意識を包み込む。直後、大広間の壁に背中を打ち付け、そのまま床にずり落ちてへたり込む。


 思った以上に食らったダメージが大きい。失神しなかったのが不思議なくらいだ。


「か……はぁ……っ……」


「やれやれ、勇者見習いくん。防御もせずマトモに攻撃を食らいらいやがった。まぁ、力が抜けていたからこそ、衝撃を多少は受け流せたわけだけど。ただ、呆気なく終わっていた方が幸せだったかもしれないけどな~っ♪ だってまだまだ攻撃を受けちゃうわけだからさ~☆」


 タックさんは僕が攻撃を受けたのは判断ミスとか戦略ミスとか思っているんだろう。あんなに楽しげに笑っちゃって……。


 正直、苦しいし痛いし逃げ出したい。それは事実だ。


 でもこの一撃は僕の意思で、覚悟して受けたもの。力の発動に時間がかかるのは分かっていたことだから。想定外に攻撃が苛烈かれつだったというだけ。



 ――そうだ、想定外といえば鎧の騎士と対峙してみて分かったことがある。


 それは動物や虫、今まで出会ったモンスターに対して念じた時とは印象が違うような気がするということ。全く手応えを感じなくて、僕の心にも変化の息吹が伝わってこなかった。


 温かさや心地良さ、相手からの反応みたいなものが一切ない。


 まさか鎧の騎士に対しては意思疎通の力が通じないのだろうか? だとしたら僕に打つ手はない。


 やっぱりミューリエの言葉は『ヤツの急所を見つけて、そこを衝け』という、そのままの意味だったのかな? あるいはまだ力が発動していないだけで、もうしばらく念じ続ければ効果が出るという可能性も捨てきれないけど……。



(つづく……)

 

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