第3-7節:お姉さんたちの戯れ

 

 まずいな、ここは僕が間に入って仲を取り持たないと……。


 ただし、あくまでも中立に。どちらかの肩を持たないよう意識して気をつけないといけない。そしてうまく話を逸らさなきゃ。


「まぁ、まぁ! とにかくレインさんが無事で良かったですよぉ! ミューリエも熊を足止めしてくれてありがとう!」


 僕は必死に笑みを作って、ふたりの仲を取り持とうとした。


 もしかしたら顔が引きつっちゃってるかもだけど、それをどうにか出来る心の余裕なんてないし、そこまで器用じゃない。これが今の僕に出来る精一杯だ。これでなんとか場が和んでくれたらいいんだけど。


 でもそんな僕の願いもむなしく、レインさんとミューリエは冷たい瞳を僕に向ける。しかもなんだか今までよりも空気がピリピリして、危険な香りが濃くなっている。


 やばい……これは……やらかしちゃったかな……。


 背筋に冷たいものが走る。


「……アレス、何を焦ってるの? 別にあたしはミューリエと言い争いをしようなんて思ってないわよ? ガキじゃあるまいし、そんなの疲れるだけ。むしろに口出しされる方がイラッとするんだけど?」


「ま、それに関しては私も同感だな」


 今まで火花を散らせていたのが嘘のように、急に意気投合して僕を責め立ててくるふたり。言葉にもトゲや威圧感が漂っている気がする。この段階になって、余計な口出しをするべきじゃなかったと僕は後悔する。


 故郷の村でもそうだったけど、お姉さんって怒らせるととてつもなく怖い。経験でそれを理解しているし、脳内にすり込まれている。



 …………。


 恐怖で目を合わせられない。あぅ……奥歯がガタガタと震えてきた。こうなったら泣いて土下座して、許してもらうしか――


「だが、アレスの私たちに対する気遣いも分からんでもない。よって今回は不問にしてやる」


「あたしも許しちゃうっ♪ っていうか、怒った振りをしてちょっとからかっただけだし」


「……え?」


 恐る恐る顔を上げると、ミューリエとレインさんはクスクスと微笑んでいた。事態が呑み込めず、僕は思わずキョトンとしてしまう。


 ただ、どうやらふたりとももう怒っていない――というか、最初からもてあそばれていたのだと程なく理解し、安堵の息を漏らす。


 命拾いしたというか、冗談でもこういうのは寿命が縮むからやめてほしい……。


「さて、ふたりにはあらためて御礼を言っておくわ。アリガトね。もし助けてくれなかったら、あたしは間違いなくあの世行きだったし」


「気にしないでください。旅先ではお互い様ですから」


「うむ、アレスの言う通りだ」


「今回の件はあたしの借りってことにしておくわ。じゃ、先を急ぐから」


 そう告げると、レインさんは走って先に行ってしまった。ただ、少し進んだところで立ち止まり、こっちを向いて笑顔で手を振ってくる。そしてそれを何度か繰り返しているうち、ついにはその姿が見えなくなったのだった。


 こうしてレインさんが僕たちの前から去り、その場は急に静かになった。出会ってからそんなに時間が経っていない間柄なのに、こんなにも寂しい気持ちがするのはなぜだろう。それだけインパクトが強かったということなのかな?


 あるいは僕と彼女の間にも何かの縁があるということなのかもしれない。うん、そう信じたい。だってその方がきっとまた会えて嬉しいから。


 そういえばレインさん、魔法が使えないままのはずなのにひとりで行ってしまって大丈夫なんだろうか? 僕が意思疎通をした熊はもう襲って来ないはずだけど、ほかにも周りには猛獣やモンスターがいるだろうし……。


「ねぇ、ミューリエ。レインさん、ひとりで行かせてしまって良かったのかな? だって魔法は使えないままなんだよね? 今ならまだ間に合うだろうから、追いかけようか?」


「ん? あぁ、それなら心配はいらんだろう。なんだかんだでヤツは、しぶとそうだからな。熊に襲われて私たちと出会ったのも、宿運がそうさせたのかもしれん。それで結果的に命が助かったわけだしな」


「そ、そうなのかなぁ……」


「それよりもアレスよ、今日の移動はここまでにしないか? 疲れているだろう?」


「えっ? それってこの場所で野宿しようってこと?」


「そういうことだ」


 それは思いがけない申し出だった。だっていくらなんでも野宿をするにしては早すぎる時間だから。ランチにするというのなら分からないでもないけど。


 もしかして僕の疲れ具合を気遣って、言ってくれているのかな? でもいくら体力のない僕だって、少し休めばもうしばらくは歩けると思う。


「疲れているのは確かだけど、全然歩けないってわけじゃないよ。それにお日様の位置だってまだ高いし、もう少し進もうよ」


「まぁ、ちょっと思うところがあってな。それにアレスだってそんなに先を急いでいるわけではなかろう?」


「う、うん……。ミューリエがそこまで言うなら、僕は反対しないけど……」


「では、決まりだ。ここで野宿しよう」


 その後、僕たちは野宿の準備を調ととのえ、その場で夜を明かした。


 西方街道は世界でも有数の主要交易路のひとつとなっているから、日が暮れるまでの間には何度か目の前を旅人が往来して、そのたびに彼らと挨拶や簡単な会話をしたのだった。


 もっとも、黄昏時たそがれどきを過ぎるとさすがにそれもなくなったけど。


 そして夕食はミューリエが作ってくれた鍋料理。彼女は調理スキルも持っているらしくて、町の食堂で出てくる料理に負けないくらいに美味しい。剣も魔法も使えるだけじゃなくて、ほかにも色々とスキルを持っているなんて尊敬する。


 僕も旅で役に立つスキルを何か身につけたいな……。


 こうして次の日の朝になり、僕たちは再び街道を歩き始めた。試練の洞窟はもうすぐのはずだ。


 でも僕はそもそも洞窟という場所は書物で読んだ知識しかなくて、中に入ったことどころか見たことすらない。だから現時点では期待と不安が半々くらいだ。


 そこでは何が待ち受けているのだろう? なんだか緊張してきちゃった!



(つづく……)

 

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