第2-5節:クールな魔術師の女の子

 

 その後、僕は大金と新たな剣を受け取って道具屋をあとにした。もちろん、現金として受け取ったのはほんの一部で、残りは持ち運びがしやすい砂金や宝石としてだけど。


 見上げればすでに太陽は西に大きく傾き、空も周囲も全てが赤く染まっている。この感じだと、さほど時間がかからずに闇が広がっていくことだろう。


 となれば、何をするにしても今日はそろそろタイムリミット。これなら明日の朝から仕切り直す方がいい。それにしばらく野宿が続いていたから、今夜くらいはベッドで休んで体力を回復させたい。


 だから僕は取り急ぎ宿を探すことにした。もちろん、宿賃が安いなら建物や設備が古くても構わない。削れる部分はとことん削る。そしておカネが残っているうちに、現状の打開策を考えないといけない。資金が尽きた時点で手詰まりになるも同然なんだし。


 そうなるとメインストリート沿いの宿は宿泊代が高くてダメだろうなぁ……。


「うん、もっと郊外へ行って探そう。それだけで相場はガクッと下がるはずだ」


 こうして僕は繁華街を外れ、住宅が迷路のように建ち並ぶ路地の奥へと入り込んでいった。雑踏も賑やかな空気も華やかな音も、奥へ進めば進むほど減衰していき、やがて沈黙が辺りを支配するようになる。


 道にはゴミが散乱していたり血痕のような汚れがあちこちに付いていたり、あるいは汚物や吐瀉物としゃぶつなんかが放置してあったりして、あまり衛生的な感じはしない。


 また、残飯が腐敗したような臭いも漂っていて、長く居ると気分が悪くなってくる。


 そんな時のこと、道の前方の真ん中に3つの人影が見えて、何やら騒がしい声が響いてくる。


 そこにいたひとりは僕と同い年くらいの女の子で、残りのふたりはチンピラっぽくて目付きの悪い20代くらいの男性。どうやら女の子がその男たちに言い寄られているみたいだ。


 女の子は絹糸のような美しい青髪を腰くらいまでストレートに伸ばし、切れ長で通った目鼻立ちをしている。


 服装は暖色系のワンピースの上にボレロを羽織り、首から下げているのは赤い宝石の付いたネックレス。雰囲気は落ち着いていて、言い寄られても全く動じていない。クールビューティーといった感じだろうか。腰には細身の剣を差している。


 そしてその子を見ていると、なぜか僕の心臓が大きく震える。血が騒ぎ、体が熱い。


 ――ただし!


 それは一目惚れとか浮ついた気持ちとかじゃなくて、もっと別の不思議な感覚。会ったことなんてあるはずないのに、どこか懐かしいというか、縁の繋がりみたいなものを本能的に感じる。


「ねぇねぇ、可愛い子ちゃん。俺たちと遊ぼうよぉ!」


「そうそう、楽しませてあげるぜぇー?」


 チンピラたちは女の子の行く手を遮るように立ち、息がかかるくらいの位置まで接近して話しかけていた。


 もし僕があの子の立場なら嫌悪感と不快感で一杯になって、拒絶反応を示していることだろう。とてもじゃないけど平静を保ってなんかいられない。


 でもあの女の子は一欠片も動じることなく、涼しい顔で言い放つ。


「……興味はない。さっさと去れ。それとも痛い目に遭いたいのか? ゴミどもが」


「そんなこと言わずにさぁ! いいじゃん、俺たちと遊ぼうよぉっ!」


「そうそうっ。俺はそういう気の強そうなトコ、好きなんだよねぇ!」


 チンピラたちも一歩も退かない。ニタニタと下品な笑みを浮かべ、下から上へ舐めるように女の子の体を眺める。そしてついにチンピラのひとりが女の子の肩に手を触れる。


 さすがにこの行為には彼女もムッとして、敵意と殺意が入り交じったような瞳がその男へ向けられる。


「忠告してやったというのに愚かな者どもだ。……目障りだ、消してやる」


 直後、女の子の体から黒いオーラのようなものが吹き上がった気がした。


 実際には外見に何の変化も見られないけど、遠くにいる僕でさえ思わず身震いするような圧倒的な力の奔流ほんりゅうを確かに感じる。


 そして女の子は腕や体をゆっくりと動かして、何かの動作を取ろうとする。


 ――なんだろう、このすごく嫌な予感はっ!



(つづく……)

 

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