第2-4節:不思議な縁の導き

 

 そんなことを思っていると、剣の鑑定をしていたお爺さんが不意に顔を上げて僕に視線を向けてくる。


「お客様、お訊ねしてもよろしいですか?」


「はい、なんでしょう?」


「あなたはこの剣をどこで手に入れたのです? 差し支えなければお聞かせください」


「えと……僕が住んでいた村の村長様から、旅に出る際にいただいたものでして……」


 なんでそんなことを訊くのだろうといぶかしげに思いつつも、特に隠すことでもないので正直に話した。


 するとそれを聞いたお爺さんは納得したような顔をして頷く。


「そうでしたか。――では、あなたは勇者様でいらっしゃいますね?」


「えっ? あっ、いや……その……っ!」


 まさか素性を言い当てられるとは思っていなくて、僕は狼狽うろたえながら口ごもってしまった。


 というか、そもそも勇者の末裔まつえいというだけで、何の力もない僕が勇者なのかは疑わしい。だから素直に『はい、勇者です』と答えるのも気が退ける。


 あぁ、どうすればいいんだ……?


 するとそんな僕にお爺さんは優しい瞳を向ける。


「その反応を見て確信しました。トンモロ村の村長から聞いていた通りです。勇者アレス様、よくぞいらっしゃいました」


「……あ、あの、お爺さんは村長様や僕のことをご存じなのですか?」


「えぇ、トンモロ村の村長とは古い付き合いでして。実はこの剣や旅の服を手配したのは私なのですよ。剣を見ていて『もしや?』と気付きました。旅の服は量産品ですから、そちらはさすがに気にはしませんでしたが」


「そうだったんですか……」


 なるほど、それで剣をどこで手に入れたのか、僕に訊いたのか。


 確かに武具や道具を揃えるならシアにある店に発注するのは自然だ。トンモロ村から一番近くて大きな町がここなんだから。


 でもまさかその道具屋に行き当たるなんて、偶然というか運命のお導きを感じる。


「ところで、勇者様は3人の傭兵とともに旅立つと聞いておりましたが、その者たちはどちらへ? それに路銀があるはずなのに、剣を売らねばならぬとは……」


「えっ!? あ、えと……その……傭兵のみんなとは……町の中ではぐれてしまって……」


 僕は咄嗟とっさに嘘をついて誤魔化そうとした。


 だって正直に話したら傭兵たちは賞金首として手配されてしまうかもしれないし、何も出来なかった僕自身も恥ずかしいから。


 それに彼らから冷たい扱いを受けて心は痛かったけど、暴力を振るわれて怪我をしたというわけじゃない。そしてその気になれば僕を殺せる力があったはずなのに、彼らはそれをしなかった。その情けに対する恩義がある。


 酷い目に遭っておいて、お人好しって思われるかもだけど……。


「……なるほど。悪人であってもかばおうとするとは、さすが勇者様。ご安心ください。傭兵どもについては、私が城の詰所へ届け出ておきましょう。捕まれば確実に死罪でしょうな」


「っ!? や、やめてください! きっと彼らにも事情があったんだと思います! それに僕がもっと強ければ、山道の途中で捨てられたり、殺されそうになったり、おカネを巻き上げられたりしなかったはずです! 何の力もない僕が悪いんですっ!」


「……そういうことでしたか。これで事情がなんとなく分かりました」


「な……っ……」


 僕は何も言えなくなってしまった。どうやらお爺さんは僕に対して鎌をかけたらしい。


 まぁ、僕の置かれている状況からなんとなく想像はついていたんだろうけど、その確度を上げるために餌をまいて、僕はそれにまんまと引っかかったというわけだ。


 こんな単純な駆け引きすら僕は満足に出来ない。なんだか悲しくなる……。


「よくぞこの町までひとりで無事に辿り着かれましたな。さすが勇者様」


「……町に着けたのは単に運が良かっただけですよ」


 するとお爺さんは静かに首を横に振る。


「勇者様は本当に運が良かっただけだとお思いですか? トンモロ村からこのシアまで、運が良いだけで辿り着けるものではありません。きっと何か不思議な力が働いているのですよ。もっと自信をお持ちください」


「ですが……」


「あなたは強い。そして優しい。その心があれば、いつかきっと魔王を倒すことができる。そう信じております。もちろん、勇者様のためなら私は協力を惜しみません」


「お爺さん……」


「その剣、私に100万ルバーで買い取らせてください。新たな剣もお付けしましょう」


「そんなっ! そういうわけには! だって100万ルバーだなんて法外な額っ、元の値段より何倍も高いんじゃないですかっ?」


「勇者様が魔王を倒したあと、この剣は勇者様が使っていた剣ということで、売れば最低でも数百万ルバーにはなるでしょう。それを考えれば、私にとっては安い買い物ですよ」


 お爺さんは僕の手を優しく握り、ニッコリと微笑む。その優しさが心の深くまで染みこんでくる。


「お爺さん……う……うくっ……」


 僕は自然と大粒の涙を零していた。奥歯を噛みしめて我慢しようとしても、止まりそうな気配はなかった。


 うん、お爺さんの想いに応えるためにも、もう少しだけ頑張ろう。――いや、頑張らなくちゃいけない! 僕は強い決意を胸に気持ちを引き締める。



(つづく……)

 

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