《昼休み 図書委員会、夏の割り振り》

 井上ひかりは、生粋の図書委員だ。私には、そんな自負がある。私は小学五年生からの五年間、図書委員会以外の委員会に入ったことがない。小学生時代は各クラス三人、中学校では各クラス二人という限られた枠をよくもぎ取ったと思う。自分を褒めたい。

 その図書委員会は今、夏休み一週間前の昼休み、臨時委員会にて夏休みの担当日を決めている。

 しかし担当をつけても、三年生は学校に来る機会がないし、部活のある一、二年だってお昼ごはんがあるわけで、暑い夏にわざわざ図書室に来る人は基本いない。昔は図書委員みんなで分担していたそうだが、いつの間にか担当は三年生の図書委員だけになり、誰も来ないから実質三年生の委員が自習するというようなシステムになっている。

「この机から順に月、火、水、木、金にします。基本二人、どこか二つの曜日は三人とバランスよくしてもらいたいです。では、移動を開始してください」

 委員長が言って、彼女と私のを除く十個の椅子が一斉に音を立てる。

 移動するの、面倒だから水曜日でいいや。別に活動がある九時から十一時は塾も何もないし。

 そう思った私は、冷房のよく効く席から離れずにいた。軽く目を閉じる。意識の向こう側でじゃんけんの声が聞こえる。その更に奥からは窓ガラスを越えてきた蝉の声が聞こえる。心地よかった。

「決まったようなので、最後に沖藤先生からお話をいただいて解散にします。先生、お願いします」

 委員長の声に目を開ける。

 開けると、前には――

 私の思考回路はショートした。

 同じ水曜日の机には、百八十人ほどいるこの三年生で恐らく学年一有名な人がいた。今まで同じクラスになったことがない私でも、わかる人。

 坂東碧生。

 ちょうど一年前くらいから突然成績がよくなり、それから塾に行ってもいないのに学年一位を譲らないという。受験では県トップの難関私立校を狙うとか。その噂を知らない者は、うちの学年にはきっといない。胸ポケットにペンなんて入れちゃって、もう知的な感じが溢れだしている。

 関わったことのないそんな人と、二人きりで、委員会……? ていうかそもそも、図書委員だったんだ……。

 混乱してきて、周りから音が消える。

 落ち着け。

 あのさ。

 活動は週に一回だけ。

 ねえ、きいてる?

 何とかなるはずだ。

 おれはばんどうあおい。

「え?」

 混乱から私を呼び戻したのは、紛れもない坂東碧生だった。周りを見渡すと、まだ図書室に残っている人はほとんどいなかった。

「名前。何ていうの」

「あ、えっと、名前? 井上ひかり。ひかりはひらがな」

 坂東碧生は聞いたくせしてへえ、と興味なさげに呟いて、続けた。

「おれ図書委員になってまだ四か月くらいで、慣れてないところもある。迷惑かけたらごめん」

「う、うん。多分そんな人来ないし大丈夫だと思うけど」

 坂東碧生は「そうなんだ、まあよろしく」なんてまた適当に聞こえる返事をして、図書室から出ていった。

「井上も、そろそろか?」

 遠慮がちに聞いてきたのは沖藤先生だ。周囲を見ると誰もいなかった。

「あ、ごめんなさい! 鍵閉めますよね」

 私は慌てて荷物をまとめた。

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