第6話 朝は活動限界時間です

「翔輝のアホー! 駄目じゃんかー!! あんな綺麗な子に塩対応なんかしてー」

「誰がアホだ。というか、してないぞ」


 家に帰ったすぐ後に、緊急ミーティングと称していつもの乱入者である新葉わかばが俺の部屋を荒らしに来た。


 これ自体はいつものことだが、今日に限って七先輩まで部屋に上がり込んでいるのは俺にとっては非常事態。七先輩は黙っているだけなのに、妙な威圧感がある。


「遠目でよく見えなかったけど、きっと落ち込んでたし泣きそうになってたよ? あたしは君が女子を泣かせる子に育てた覚えは……」

「無いだろ?」

「んぐ、記憶に無い。けど、駄目ったら駄目だー!」


 新葉も七先輩も俺に任せて雑談してたはずなのに、ちゃっかり様子だけは見てたとかあざといな。


「南くん。新葉はこう言ってるけど、実際は違うでしょ? 少しだけ縮まったんじゃない?」


 そうかと思えば七先輩は的外れなことを言ってくる。


「距離的なことなら開きっぱなしじゃないですかね」

「でも生徒会に入れてあげるんでしょ?」

「勝手に入ってくるだけで俺は知りませんけどね」

「ううん、でも拒んでないでしょ? それって南くんなりの優しさだと思うよ」


 新葉は七先輩の言葉の意味を理解してないようで話に加わってこないが、七先輩は何故か俺を褒めてくれた。


「でも、優勝者の院瀬見はたくさんの男子にモテモテですよ?」

「そうだね。でも、それは違うものなの。だから南くんがいつか違うことに気付いた時には優しく接してあげてね」

「は、はぁ……」


 俺は特に何もしてないのに。タレント活動をしている先輩にしか分からないことなんだろうか。


「二人でいちゃついてるとは何事だー!」


 どこをどう見たらそうなるんだ。新葉はお気楽そうだし何も考えないんだろうな。


「ところで翔輝。男子限定のサプライズ会は期末後?」

「地獄の期末が終われば夏休みに突入だからな。そんで、休みが終わったら再編されるだろ? その前にやらないと美少女選抜優勝の特別感も薄くなるからな」

「言い方!! あたしなんてそんなサプライズされてないってのにー!」


 霞ノ宮の女子たちにとって、美少女選抜優勝者の院瀬見がその辺にいても騒ぐことは無い。何せ推し女たちの堅いガードがあるからな。だが、男子たちは選抜優勝者どころかレベルの高い美少女と出会うことすら稀だ。


 再編されて授業も一緒に受けるようになれば人によってはいつでも見られることになるだろうが、それでも全員ではない。それではあんまりすぎる――ということで、院瀬見自らがサプライズお披露目会を企画したらしい。


「何なら新葉も今さらサプライズするか?」

「嫌だよっっ!! いいんだいいんだ、あたしにだってファンがいるんだ。サプライズなんかいらないもんね!」


 まあファンくらいいないと準優勝にはならないからな。しかし今では七石麻というハスキーボイスな先輩の方が……。


「南くん。生徒会の件って明日から早速なんでしょ?」

「そうなりますね。もしかして手伝ってくれま――」

「――ごめんなさい、イベントがあるの。もちろん新葉もね。だから生徒会長さんの腕の見せ所! 頑張ってね!」

「七先輩の為に努力しますとも!」


 さすがに後輩だからと甘くなかったか。それに院瀬見は七先輩が苦手そうだし。新葉はどうでもいいとしても。 


「えー? あたしは別にどっちでも……あれ、七ちゃん。あたしもイベントに参加だっけ?」

「そう。ゲストだから参加」

「むぅー……」


 ――などと、新葉的には生徒会の手伝いをするつもりがあったようだ。そんなこんなで二人を帰し、厄介な明日に備えることにした。


「……ん?」


 日付が変わり教室に入ると、何やら野郎どもがざわついているのが目に入る。それも尋常じゃない騒ぎっぷりだ。


 俺は関わりたくないのでとりあえず自分の席である窓席に座り、机に突っ伏す――と思っていたのに、誰かが俺の肩に手を置いた。


 面倒だが顔を見て文句を言おうとするとそこにいたのは、


「フツメン生徒会長さん、おはよーでーす! 九賀でーす」

「……あん?」

「おはよう。フツメン男子。あ、聖菜せなって呼んで」


 どこの乱入者かと思えば、推し女ナンバー1の金髪小柄女子とナンバー不明の銀髪女子か。どっちも黙ってれば可愛い部類に入るが、どうりで朝から野郎どもが興奮してるわけだ。


 こういうのは純に聞くのが手っ取り早いものの、副会長をやってるくせに俺よりも登校してくるのが遅いのがあいつの欠点だ。書記の下道は生徒会以外で会わないし、会計の上田は頼りにならないし、俺だけでどうにかしなければならない。


「一応聞くけど、朝から何の用で野郎どもを無駄に刺激しに来た?」


 院瀬見は来てないようだが、サプライズでお披露目するまではさすがに姿を現すはずがないよな。


 そうなると生徒会活動も推し女たちがメインってことになるのか?

 

「うっわ、感じ悪ぅー……っていうかーウチらは指示されて来ただけなんですけどぉ?」

「そう。生徒会長に今日の活動を聞きにきただけ」

「活動? 生徒会活動のことなら朝一で来ても無駄だぞ。まして俺に直接来られてもどうにもならない」

「えー? 嘘でしょ……」

「聖菜は今からどうすれば?」


 推し女二人で激しく落ち込んでいるようだが、正直言って俺は何も出来んし責任も発生しないはずだ。


 こいつらを寄こしたのは院瀬見――


「――? 何か変な視線を感じるな……どこだ? あー……アレだな」


 男子たちは推し女たちに夢中で気付いてないようだが、明らかにおかしな気配を漂わせている奴が俺に対して外から手を振っている。


「……全く」


 うなだれている推し女たちは野郎どもに任せ、俺は急いで校庭に出た。


「朝から何だ?」

「早く気付いてくれると思いましたけど、生徒会長のくせに鈍いんですね、南は」

「そういう院瀬見は朝から随分と機嫌が良さそうだな?」


 無理やり俺を外に引き寄せたからなのか、院瀬見は長い髪を風でなびかせながら満面の笑顔を見せている。


「わたしが機嫌良く起きていられるのは基本的に朝だけなんです。活動限界時間なのでそう見えるだけじゃないですか? 放課後は眠いですし」

「で? 何か用か?」


 だから放課後は態度が悪いのか。


「今日から活動ですけど?」

「だろうな。女子が二人ほど教室に来てるわけだし」

「彼女たちに意地悪するのは許しませんから。それに、わたしはまだ男子たちの前に出るわけには……」

「……サプライズまでは仕方ないからな。そう考えると優勝者も大変だな。ご苦労なことだ」


 何気なくねぎらいの言葉をかけてやると何故か院瀬見は顔をしかめながら、


「え、気味が悪いです。何でそんなことを言うんですか? 南のくせに」


 機嫌がいいと言ってたくせに何でそうなるんだ?


「はぁ?」

「そういうことを言うのはらしくないんじゃないですか?」

「へぇへぇ、そうですかい」

「……そうですっ!」


 おいおい、笑ってるぞ。


 こいつには厳しいことを言う方が上手くやれるのか?

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