2001年5月15日
七崎喜久子の務めているレンタルビデオ店、そのカウンターに堀井は突っ伏していた。
「先輩、何時になく落ち込み激しいですけど、どうかされたんですか」
「よく聴いてくれたキッコ君! 実は映画の話なんだけどさ、結局ボツにされちゃったんだよ、酷いとは思わないかい」
「学祭で作る映画ですよね。走り屋の映画、ダメになったんですか」
「そうそう。理由は2つあってさ」
言いながら堀井は立ち上がった、喜久子の前に指を一本立たせてみて、
「まず1つ。あの速見の走りを再現できるドライバーが、大学のどこを探しても見つからなかったんだ。少し腕に覚えがあるというのを大沼に連れて行けば、みんな腰抜けばかりで演技どころじゃない」
それは当然だろうと喜久子は思ったが、敢えて口にはしなかった。言わぬが花である。
「そして2つ目。教授の連中が暴走族の映画なんて半社会的なものは認めない、なんて言い出してね。走り屋と暴走族との違いをいくら力説しても、全然聴いてくれやしない!」
走り屋も暴走族も、知らない人から見たら同じような人種に見えるのだろう。速見という走り屋を知っている喜久子ですら、その認識はあやふやなのだ。一般人から見たら尚更だろう。
「で、先輩はどうするんですか。クレイアニメに戻るんですか」
「冗談じゃあない!」
堀井は拳を振り上げ、
「あんな熱い一夜を忘れることなんて出来やしないよ。ドラマか映画の脚本にしてどっかの賞に送りつけてやるさ」
「……前向きですね」
「ところでキッコ君、速見が内地に出稼ぎに行くって話、聞いたかい?」
「ええ、メールで見ました。いつ、どこに行くかもまだ決まってないらしいですけど、今年中には函館を出ると言ってました」
「愛車と一緒に色んなコースを走りたいんだとさ。函館はもう相川さんの記録を抜いたから、次の目標が出来たんだろうね。キッコ君、君は寂しくないかい」
「寂しいもなにも、私と速見くんはそういう関係じゃないですし。それにメールもありますから」
「耳が真っ赤になるのはいつものことだねえ」
「……先輩」
喜久子が睨みつけると、堀井は素知らぬ顔で頭の後ろで手を組んだ。
「でもまあ、速見は自分の道を見つけたんだ。喜んで見送ろうじゃないか」
「そうですね。それくらいしか私にも出来ませんし」
言いながら喜久子は、窓越しに空を見上げた。
まだ陽は明るく、太陽は眩しい。これから日差しはどんどん強くなって夏になっていくだろう。その時、俊介はどこで何をしているのだろう。
※
回転灯の明滅する光が見えなくなって30秒。
運転席に座り、ハンドルに両腕を乗せていた速見俊介は、ゆっくりと顔を上げて天井の室内灯を付けた。
後部座席に乗ったヒロシと、ショウの顔が浮かび上がってくる。
「相変わらずッスね、ここ。2年前と変わってねえッス」
「まあそんなもんだよな」
ヒロシとショウが後ろでやりとりしている。それを聞きながら俊介は、そろそろドリフト場を新しく探したほうがいいかなと、ぼんやりと思っていた。
「ところでシュンよ」
ショウから声をかけられて、後ろを振り返った。
「内地に出稼ぎに行く日、決まったか?」
「いやまだだ。出来れば車と一緒に行けるところを探しているんだけど、なかなか条件に合う場所がなくて」
あれから幾つか派遣会社の面接を受けた。が、どれも身体一つで現地に集合するものばかりで、車と一緒に行ける職場は少ないらしい。
「ヒロシ、そういう話何かしらないか」
「あ~。前の担当だった人に調べてもらいますか? まだ人手が足りなくてこの間も、もう一度仕事やらないかって電話があったッス」
「何事も簡単には進まない、か」
俊介は小さく呟いて運転席から降りて、両手を組んで身体を伸ばした。そのまま顔を見上げると、満天の星空が見えた。
そして視線をそのまま落とし、函館の街々を見やる。
宝石のような街だ。だがその輝きも、見るものの心にやましい陰があれば、曇って見えるものだ。
自分はどこに行くのだろう。そしてどうなるのだろう。
分からないことは沢山あるし、不安もある。
だが、車が楽しいというこの思いさえあれば。
どこへ行ってもきっとやっていける。
俊介は潮風の混じった空気を大きく吸い込むと、愛車のボンネットを優しくなでてもう一度空を見上げた。
月明かりと星々に照らされ、雲ひとつない夜空は、ブリリアントブルーのような蒼さを湛えているように見えた。
――この色の向こうへ、俺は行くんだ。
俊介は小さく呟いた。
終
B・Bの向こう側へ 今田喜碩 @imada_kiseki
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