隣の席の女の子は百合っ子でした

誘宵やや

始まり

 隣の席の女の子は百合っ子でした

 「あなたに興味ありませんわ。近寄らないでいただけますか」

 女性人気の高い高身長イケメンでさえ、この塩対応。

そして、人気のない所で悲しげな顔をする少女は、カースト上位に属する三年の先輩をテキトーにあしらったい、一年ながらにして生徒会長に上り詰めた美少女。 

 腰まであろうかという白くウェーブのかかった髪に春の花に飾られていた。

 凛々しさと愛らしさを備えた貌。

 全てを凍てつかせてしまうほどのサファイアの瞳が不思議な輝きを放つ。

 その異様な美しさは、もはや嫉妬すら感じさせないほど美しい。

 彼女の名は——宮原愛華みやはらあいか。 

 彼女は駿の席のお隣さん。

 そして、彼女には知られたくない秘密がある。

 彼女は——百合っ子なのだということ。

 

うちの学校は名門私立校。金持ちやら政治家、資産家、医者の息子、娘がわんさかいる。しかし、金に目が眩んだからといって裏口入学は存在しない。歴とした学舎だ。

 そして名門私立校なだけあって、特殊な制度が多数存在する。

 その一つがカースト制度だ。

 制度とはいかなくとも、カーストが存在する学校はいくらでもあるだろう。だが、うちの学校はその考えが根強く、先輩後輩は関係ない。なんなら一年生が生徒会長にすらなれる。

 まさに彼女がそれだ。

 成績優秀、スポーツ万能で美少女ときたもんだ。 

 入学式して一週間足らずでカースト上位へと君臨し、一ヶ月後には生徒会長。“天才的な才女様”だ。 

 彼女を見ていてわかったことがある。

 別に毎日ニヤニヤしながら愛華の体をじろじろ眺めていたわけではない。決して……ない。多分……。 

 そんなことは置いといて。何がわかったのかというと-——彼女は百合っ子であるということ。 

 百合っ子とは、女性同士の恋愛のことである。今では、多数の国が同性婚を認めている。別に悪いことではない。 

 ではなぜ、駿がこのようなことを知ってしまったのか。 


 四月一○日。聖光輝学園入学式。 

 新入生代表で抱負を述べた愛華は、生徒、教員、保護者の目を釘付けにした。 

 皆を圧倒するその姿に。 

 透き通る白い髪に、底冷えするような声に。その声からは、女王の風格を醸し出していた。 

そのクールな彼女に感嘆の声を漏らす一同。駿も例外ではなかった。 

 そして入学式が終わり、退場かと思いきやここ聖光輝学生では退場ではなく、生徒同士のコミュニュテのィ場が設けられるのだ。  

 そこへ何やら愛華の周りに何人かの男子生徒が群がっていた。そして、 

「「「「「愛華さん。貴方のその美しさに惚れました。付き合ってください!」」」」」 

 一言一句違えることなく告白をされていた。もちろん親がいる前で。公開告白で断りづらくする魂胆だろう。腰を九〇度に折り曲げ、右手を突き出す。

 駿もそちらに目をやる。

 「……非常識でありませんこと?お互いに名も知らずに、容姿のみで生涯のパートナーを決め、簡単に愛を囁くなどと言語道断ですわ!」 

 腕を組み、見下すように言ってのけた。そして愛華はその場を後にし、体育館を出て行こうとした。

 振られた男子達といえば……「まだ、チャンスはある」「くそ、やっぱりダメだったか」「この学校に来てよかったー!」「すでに天国はあったのか……」「その冷たい瞳、声でもう一度言われたい!」と、希望を持つ者、悔しむ者、叫ぶ者、悟りを開く者、ドMな者と反応は様々だった。

 外の空気を吸うため、愛華は体育館の出入り口に向かっていた。 

 すると、何やらソワソワする二人の女子生徒が見受けられた。 

 綺麗にアップにまとめられた緑色の髪に、フランス人形のように可愛らしい少女。 

 天然パーマの赤い髪を雑に括った、利発そうな顔つきの少女。 

 「……あの、私——」 

 「……あの、あーし——」 

  「愛華さんに、一目惚れしました。付き合ってください。」 

 「……」 

 二人の誠心誠意の告白に愛華は眉根を寄せたが、どこか嬉しそうに若干身をくねらせた。

 「すみません、いきなり……迷惑でしたよね……?」

 「いけると思ったんだけどなー」 

 フランス人形のような少女がぺこりと謝り、利発そうな少女は、後頭部で腕を持っていき指を組んだ。

 「いえ、少し驚いただけですわ。それより、お名前を伺っても?」 

 愛華がそう言うと、二人は自己紹介すらしていないことに気付いたのだろう。

 (お二人ともおっちょこちょいのところがあるのかしら?可愛い!)

 内心喜びを露わにしていると、二人は軽く自己紹介をしてきた。

 「初めまして。私の名前は、清水星良と申します。星良と呼んでくれると嬉しいです。」

 フランス人形元いい……星良と名乗る少女が胸に手を当て微笑んできた。

 (聖女⁉︎)

 愛華は内心そう思うくらい柔らかい雰囲気をしていた。次いて、

 「……高嶋彩芽……よろしく……」

 利発そうな少女元いい……彩芽と名乗る少女が素っ気なく答えた。

 (あら?見た目に反してうぶなんですね。可愛いですわ。)

 愛華は内心

 (ギャップ最高)

 と思った。

 「ご丁寧な紹介ありがとうございますわ。わたくしの名は存じ上げていると思いますが、一応……わたくし、宮原愛華と申しますわ。こちらこそよろしくお願いしますわ」

 言ってスカートをつまみ上げ会釈する。

 そして——

 「ここではなんですし、少し人がいないところに行きましょうねー?」

 なぜか息の荒く、興奮気味になる愛華を不審に思いつつ、二人は連れられるがまま体育館を出て行った。

 駿もなんとなく気になったので後をつけてみることにした。暇だし。二人を身失なわないように付いて行く。

 そして、体育館裏に着くと、駿は茂みの中にササッサッと身を潜めた。小枝が体中にブスブスと突き刺さる。

 (痛ってぇー) 

 すごく痛い。今思えば木の後ろで覗けばよかったとに気づいた。制服には葉っぱやら小枝、着きまくっていた。親に大目玉だ。すごい後悔した。 

 そして、体育館裏に着いたと同時に星良と彩芽は疑問の声を上げた。

 「あ、あの……どうして移動したんですか?」

 「確かになんでだ……なんでです、か……?」

 星良が彩芽の脇腹をこづき、「直しなさい」という叱責のメッセージを送りつける。慌てるように彩芽は、言葉を正そうとするも、おかしな日本語になっていた。あまり敬語は得意じゃないらしい。といか、慣れていないようだ。

 愛華はそのやり取りに笑みをこぼすと、

 「いいではありませんの。その言葉遣いも個性ではありませんの?それに、その口調、わたくしは嫌いではありませんわ。」

 ビャシャリといってのけた。

 彩芽は、「ほら、大丈夫じゃん」と言いたがに星良を肘で突き返した。

 そんな楽しげな二人の様子を眺めながら、愛華は意味深な笑みを浮かべだ。

 「最初の質問に答えていませんでしたわねー」

 二人はハッと思い出したかのように肩を振るわせると、愛華のただならぬ雰囲気を感じとった。

 「愛華、さん……?」

 「なんか……雰囲気が……」 

 愛華は意味深な笑みを更に濃くし、猫撫で声で囁くように言ってくる。

 「うふふ、それはですねぇ〜……」

 二人は息を呑んだ。

 駿は緊張を体に走らせた。

 そして——

 「——もう、我慢の限界ですぅー!」

 言って、二人に飛びついてきた。明らかに女の子がしていいような顔をしていなかった。

 「「ええぇぇぇぇぇぇぇぇー!?」

 二人は声を裏返らせ、叫び声を上げた。

 駿も叫びそうになったが、咄嗟に口を手で覆うと言葉が飛び出さぬように押さえつけた。

 『人気のないところに呼び出した理由?』そんなの、お二人とイチャイチャするために決まっているじゃないですかぁー!」

 愛華は二人に抱きつき、両腕を肩に回した。そして、二人の顔に強引にすっりすりすりと自分の顔を押し付けた。入学式とは一転、似ても似つかないその態度に二人は困惑の表現を作った。

 「ふふっ、お二人とも、わたくしのものになりませんかぁ?」 

 愛華の言葉に、星良と彩芽は怪訝そうに視線を鋭くする。 

 「あぁ〜ん、そんなに警戒しなくてもー。悪いようにはしませんよ」 

 その様はまるで、江戸時代の悪代官のようだった。 

 そして、わる〜い笑みを浮かべると、星良の耳元にふぅ〜と風を吹きかけた。星良の「ふぁぁ〜」という脱力したふやける声を発していた。その顔は、ほんのりと色づいていた。

 「肩の力が抜けましたね〜」 

 愛華が「うんうん、いいですね」と頷いた。 

 次いて、彩芽の制服にわなわなと動かした左手を躊躇ちゅうちょなく手を入れた。お腹から順に弄り、プラジャーに手をスポッと突っ込んだ。「ひゃあっ⁉︎」という可愛いらしい声が漏れ出す。そのままびよ〜んと伸びてしまった。活発そうな見た目をしているが、心は乙女ようだ。 

 その様子をバッチリ瞼に焼き付ける駿。なんだか体が熱くなってくるような気がした。 

 星良は垂れしまいそうなよだれを吸い込み、愛華を信用するような視線を向けた。 

 「あ、あの……その、愛華さん……これからは、お姉様とお呼びしてもよろしいてましょうか?」

 「うふふ、いいですよぉ〜」

 言って二人から手を離した。

 星良は彩芽が倒れぬように支えると、愛華は背を向けた。そして、数歩歩いたところでバッと振り返ってくる。 

 その表情は——クールな愛華に戻っていた。

 「星良さん、彩芽さん。まずはお友達からよろしくお願いします」

 「は、はい。お姉様」

 「ふふ、お姉様ですか……」

 愛華は満足げに微笑むと、体育館裏を後にしようとしたが、

 「あぁ〜からですわね」

 そう言って去って行った。  

 一部始終をこの目で見てしまった駿はどうすることもできずにいた。星良と彩芽が去って行き、ばれないように身を隠しやり過ごすことくらいしか駿には出来なかった。

 これで、彼女が百合っ子であることをお分かりいただけただろう。

 そして、この時愛華に襲われた二人は後の〝お姉様〟の取り巻きとなった。

 「ハハ、これはまた……」

 とんでもない秘密を知ってしまった駿は乾いた笑みを漏らし、自分の胸を掴んだ。

 この秘密を知っている男子生徒は、駿だけであろう。

 

 

 

 

 


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