第10話 英傑達の密談
エルドラド王国について。
パンゲア大陸と呼ばれる大陸の西側に位置するこの王国は名前の通り王政である。
……と言うのは建前であり、実際に政治を行っているのは国議会であり、そこで取り決められた事を王が許可する事によって国が動く仕組みとなっている。
王は国議会が決めた事に対して絶対的な選択権を持っているが、ここ100年間の間に王が国議会の選択に対して却下をした事は一度としてない。
そして、ややこしい話だがエルドラド王国の内部には特別自治区というものが存在する。
特別自治区は二つあり、一つは『ベンゼンダンジョン自治区』、そしてもう一つは『エデン自治区』だ。
『ベンゼンダンジョン自治区』に関してはとても分かりやすく、ベンゼンダンジョンというエルドラド王国一のダンジョンを中心に発展し、その結果運営権を獲得するにまで至った場所だ。
……この世界はダンジョンを中心に経済が回っていると言っても過言ではない。
そう言う意味で、『エデン自治区』は特殊な場所だった。
『エデン自治区』近郊にはダンジョンがない。
ではそこに何があるのかというと――知的財産が存在する。
エルドラド王国唯一の国立魔術学校や国立図書館があるところから始まり、そこでは様々な知識が取引されている。
この国の智栄のすべてはこの自治区で生まれているという言葉もあるほどであるが、しかしこの言葉は些か間違いがある。
より正確に言うのならば『英傑エデンが一人走りしている』のが正しい。
この国の研究分野は彼女一人によって支えられているのだ。
そしてそんな彼女をサポートするためにこの自治区が産まれたのかと言うと、実はそれは逆である。
『エデン自治区』。
それは名前の通り英傑エデンの為に作られた自治区であるが、元となった場所を用意し提供したのもまたエデンなのである。
……そんなエデンは普段、何をしているのかと言うと。
「あ、エデンちゃん。帰ったよー」
汚れた格好の冒険者の一人が受付にいる少女に手を振る。
『エデン自治区』近郊にはダンジョンはないが、冒険者ギルドの支部はちゃんと存在している。
主に研究機関がダンジョンでしか手に入れる事が出来ない物品の納品を依頼する事が専らだった。
当然遠出する事を含めての依頼なので、それを知っている冒険者達は他所の街の冒険者ギルドを拠点とする事が多いが、しかし一度『エデン自治区』の冒険者ギルドを利用した者はそこに居つく場合が割と多い。
その原因となっているのは、間違いなく受付嬢である彼女であろう。
「はい、お帰りなさい!」
元気よく、朗らかに冒険者達を出迎えるのは受付嬢――エデン。
赤髪のロングにグリーンの瞳、背には髪と同色の翼が生えていて頭部にはヘイローが浮かんでいる。
見た目通り、彼女は天使族の少女。
故に、英傑としての名前は『予見天使』。
「いやー、エデンちゃんのアドバイス通りだった。半信半疑だったけど本当に仕事が楽に終わって、エデンちゃんと話をしてよかった!」
「そう言ってくれると嬉しいよ、ありがと」
「はは! そういう訳だからはいこれ、言われた通りおみやげ持ってきたから後で確認しておいて」
そう言い、紙に包まれたダンジョンで獲得した何かを差し出され、受け取ったエデンは大切そうにそれを机の下に置いてから再び「ありがとう」とお礼を口にするのだった。
そうやって彼女が冒険者ギルドの受付嬢としての業務を行っていると、何やら只者ではないオーラを放つ魔女帽を被ったツインテールの少女が現れる。
そんな彼女を見、冒険者の一人が「マジか」と呟く。
「英傑『蒼炎大君』様じゃないか」
「アリスがどうしてここに……?」
そんなざわめきを無視し、彼女――英傑『蒼炎大君』アリスは受付嬢エデンに対し「来てやったわよ」とぶっきらぼうに言う。
「こっちも時間がないんだから、さっさとなさい」
「うん――すみませーん、少しだけ受付業務任せても良いですかー?」
と、彼女の代わりに冒険者の相手をする職員がやって来るのを確認し、エデンは「それじゃ、着いて来て」と移動を開始するのだった。
二人は冒険者ギルドの一番奥にある大きめの部屋にやって来る。
その大きめの部屋はなんて言うか冒険者ギルドらしからぬ作りをしており、正直に言ってしまえば可愛らしかった。
シトラスグリーンの眼に優しい壁紙にアンティークの家具、ベッドの上には熊のぬいぐるみが置いてある。
そんな部屋の中央にある不透明なガラステーブルの席に着き、そのテーブルを手でとんとんと叩いて見せた後、アリスは「それで?」と口を開く。
「相変わらず忙しなく冒険者ギルドの受付嬢なんて事をやってるみたいだけど、本業の方はどうなのよ?」
「あはは、一応受付嬢の方も本業なんだけどね。進展に関してはまあ、三歩進んで一歩下がるって感じ」
「トータルで二歩は進んでるのね」
「一歩の損をしているという事だよ、あーちゃん。その所為で二の足踏んでるから、割とこちらもお手上げって感じ」
「ふうん?」
意外そうな声を上げるアリス。
「あんたみたいな人間でもセシリアの失踪に関しては思うところがあるのね?」
「それはもう、友達だから」
「あんたの言う友達って言うのはつまるところ自分にとって益がある存在って事でしょうが……そう言う意味で、益がある存在がいなくなってもトータルで見ればマイナスになっている訳でもないから、あんた本人は痛くもかゆくもないって思ってたけど」
「あーちゃんは私をどういう人間だと思っているの?」
「冷血女」
間髪入れずに毒を吐くアリスにエデンは苦笑を浮かべる。
「手厳しいね」
「長い付き合いだからよ。ついでに、あんたに散々利用されてきたから」
「でも、一応それは信用の証でもあるんだよ?」
「……その所為で私はあんたの事を一人「ヤベー女」扱いするやべー奴って思われているんだけど」
「ま、それはさておくとしてね?」
エデンは割とどうでも良さそうに話題を切り替える。
「その、件のせっちゃんの事だけど。と言うかエリア21の事だけど、あーちゃんには『モスキート』を使ってそこを攻略してきて欲しいんだ」
「……『モスキート』を使って、って」
呆れたような眼をするアリス。
「あんたがそのセシリアと共同で作ったっていう戦術兵器よね、それ。確かダンジョンに対して使うのは国議会が禁止してた筈だけど?」
「ダンジョンは発生が確認されてから150日が経過しないとダンジョンとして認められないから。現状エリア21は法律的にはダンジョンじゃないんだよ」
「……あんたのそういう法律の穴をついてせこい事をしようとするの、嫌いよ」
「勿論私もついていくから、久しぶりの共同作業だね」
「あんたは基本安楽椅子でしょうが」
まったくもう。
額に手を当て首を振った彼女は、それからふと思いついたように「そこまで簡単に事が進むかしら?」と尋ねる。
「仮にもセシリアが失踪した原因となったダンジョン――」
「ダンジョンじゃないよ」
「……洞穴。『モスキート』の接近にも気づいたりするんじゃない?」
「そこは私がなんとかする。というかむしろもしかしたら『モスキート』なんか使わなくても攻略できるかもね」
「というと?」
「あーちゃんはさ、ダンジョンにとって一番困るのは何だと思う?」
そしてエデンはアリスの返答を待たずに一度席から立ち上がり、それから壁際にあった棚から彼女が開発した道具の一つ――魔銃を取り出した。
魔石の炸裂によって弾丸を打ち出すというシンプルでかつ危険な代物の銃口を有栖に向ける。
ぱん、ぱん。
あっさりと引き金を引き炸裂音が鳴り響き、冒険者ならば割と痛い弾丸が吐き出された。
それを無感情な表情で受け止めたアリスは「……で?」とイライラしているのを隠さないままに尋ねた。
「何が言いたいの?」
「つまるところ、ダンジョンが運営するのには何かしらのエネルギーを消費しているって事は分かっていて。それがある限りダンジョンは抵抗を繰り返す」
なら、と彼女は続ける。
「抵抗出来なくなるまで、充填が間に合わなくなるまで、延々と侵攻し続ければ良いって事だよ」
「……それをどうやって実現するのかは分からないけど」
アリスは呆れたように言った。
「ダンジョンじゃないんじゃないの?」
「そうだった」
エデンはてへぺろっと舌を出すのだった。
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