第6話 ある英傑の話
冒険者にはランクが存在している。
Dから始まりC、Bと上がっていく。
最後にはAとなって、そこから先は普通に成果を上げるだけでは足踏みをする事となる。
いわゆる武勇を重ねる事により、S級冒険者になれる。
その為冒険者は日夜ダンジョンに潜ったり、あるいはクエストを消化したりしているのだった。
――そんな中、冒険者の中には『人々が想像しないような』武勇をたてる者もいる。
それも偶然ではなく、必然的にその力を示す事により、生きながらにして伝説として数えられるほどの結果を導き出してしまった者達がいるのだ。
人でありながら人智を超えてしまった者。
――それらを人々は、『英傑』と呼んだ。
そしてそんな『英傑』の一人として数えられている一人。
セシリアは一人、溜息を吐きながらダンジョンに潜っていた。
そんな彼女の背後にはいくつもの剣が重なるようにして浮かんでいる。
スキル『束の剣』。
彼女が『英傑』であり『英傑』と呼ばれる理由でもある。
……ただ、彼女自身はもうちょっと可愛らしいスキルが良かったとは思っているみたいだったが。
と、そこで彼女が一つの大きなフロアの中央に踏み出した瞬間、無数の触手が現れ彼女の肉体を拘束する。
べっとりとした白濁色の粘液に濡れた触手により、彼女の身体が締め付けられる。
「……」
一瞬、何かを悩んだような仕草を見せた後、溜息を吐く。
一閃。
無数の剣が触手を八つ裂きにし、床に着地した彼女は『束の剣』の中でも特に大きなサイズの大剣を手に取る。
そのまま彼女はそれを思い切り振りかぶって――振り下ろした。
ズンッ!
――彼女の『英傑』としての名前。
聖女のように優しげでありながら荒々しく剣を振るいすべてを破壊していくその様から、彼女は『粉砕剣聖』と呼ばれていた。
そして彼女のその一振りは、本来破壊出来ない筈のダンジョンすらも傷つけ、そして彼女の目の前に道を創り出す。
文字通り、ダンジョンマスターがいるエリアへと道を直通させたセシリア。
目の前に現れた朽ちた枝のように細い体を持ったそれに対し、セシリアは無感情に剣を振るう。
その一振りでダンジョンマスターの息の根を止めたセシリアは再び溜息を吐いた。
「……あーあ」
つまらない。
退屈を感じているのは自覚していた。
しかし、だからといってそれを口にしては堕落してしまうと思った彼女はぐっと我慢する。
現れた帰還用の魔法陣を利用し、そのまま冒険者ギルドへと飛んだセシリアはすぐにいつも通りの笑顔を浮かべ、ギルドの受付嬢に報告を行った。
「あの、セシリアさん。ちょっとよろしいでしょうか」
すぐに帰りたい気分だったが、しかし受付嬢、セリカに話を振られる。
「実は、ギルド直々にセシリアさんに依頼したい事があるのです」
「はい、なんでしょうか。わたくしに出来る事ならば、何でもおっしゃってください」
「……『エリア21』の話を、耳にした事はありますか?」
『エリア21』の事は知っていた。
不思議なダンジョン。
出来たばかりで、廃棄予定であるのに未だに攻略されていないという。
何より、失敗しても何も起きなかったというのも特異な点だろう。
「何か情報が出たのですか?」
「いえ、その。知っての通り一人のソロ冒険者と冒険者パーティーが攻略に向かったのですが失敗。女神の加護により神殿で復活した彼女達から情報収集を行ったのですが、例によって知れた事は少なかったです」
「それは、仕方がない事でしょう」
スキルを持つ冒険者達の精神が危機に瀕した時、加護の力が働き魂をプロテクトする、らしい。
その結果、大体本人はその当時の記憶が朧げになってしまう為、何があったのかを知る事は難しい。
「ただ、『黒い骸骨』が発見されたという情報を聞き出す事には成功しました」
「……出来たばかりのダンジョンに、ですか?」
「はい――これははっきり言って、異常事態でしょう。本来『黒い骸骨』は出来てから数年以上経過したようなダンジョンに発生する個体です。『エリア21』のようなところにいて良い存在ではありません」
「……」
「ギルドはこれをすぐに調査、あるいはすぐに破壊するべき対象とみなしました。が、しかし如何せん未知数であるため、攻略を行って貰う人員は」
「わたくしが行う、と言う事ですか?」
「……はい、その通りです」
緊張した面持ちで答えるセリカにセシリアは微笑む。
「大丈夫です、分かりました。その依頼、引き受けます」
「……お気をつけて。『英傑』たるセシリア様であろうとも、相手は未知数の存在です」
「つまりはいつも通りと言う事です。それに――」
こほん、とセシリアは咳ばらいをし、「ともかく」と言う。
「それならば、すぐに向かうとしましょう――そうですね、三日後、くらいに向かおうと思います」
「分かりました、セシリア様」
「では、わたくしはこれで」
踵を返しギルドから立ち去るセシリア。
その顔には、普段は見られない獰猛な獣みたいな表情があったような気がしたが、すぐに消えた。
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