第23話:譲歩

神歴808年・公国歴72年5月27日ベーメン公国リューネブルク侯爵家領都領城ヴィルヘイムの私室:アンネリーゼ視点


 一世一代の大芝居とまでは言いませんが、かなり芝居がかった言動です。

 私には、曾祖父リドワーンの思い出など何一つありません。

 だからアルフレート伯爵たちから聞かされても実感がありません。


 そんな曾祖父リドワーンの遺勲など、私には何の思い入れもありません。

 ただ、今の幸運があるのは曾祖父リドワーンのお陰だと痛いほど理解しています。


 同時に、当主のヴィルヘイムを始め、リューネブルク侯爵家の家臣たちが曾祖父リドワーンを英雄視しているのも理解しています。


 そんな曾祖父リドワーンの名前を出せば、大抵の事が通ります。

 状態異常快復魔術を侯爵に使えて、治療できればそれが一番良いです。

 使えなくても、私は魔術士としての実力をつけた状態で自由になれます。


「閣下は、自分の前で、他の人に使った後なら受けると言われています」


 老侍従が侯爵のつぶやきを私たちにも分かる言葉にしてくれました。

 私の提案を条件付きですが受けるというものでした。

 うれしいのか残念なのか、自分でもよく分からない微妙な気持ちになりました。


 ですが、これで一歩前進です、家臣たちがうれしそうにしています。

 私のやった事は間違いではないと確信できました。

 そうと決まれば実際に魔術を使って試すだけです!


「では、さっそく閣下にレベル3状態異常快復魔術をかけさせていただきます」


「待ってくださいアンネリーゼ様、その状態異常快復魔術は昨日届いたばかりではありませんか、もう完璧に覚えられたのですか?!」


「昨日届けば今日までに何百何千回と練習できます。

 練習もせず、使えるようにもなっていない魔術を、侯爵閣下の治療に使いたなんて言いません!

 さあ、閣下に使う前にエルンスト伯爵に試しますよ、覚悟してください」


「いいでしょう、閣下の為なら実験台も望む所、今直ぐかけていただきましょう!」


「お待ちください、アンネリーゼ様、父上!

 父上に何かあっては侯爵家が大変です、私で試してください、お願いします!」


 一生懸命な美中年と美青年は見ているだけで癒されます。


「ではロメロで試させてもらいましょう。

 我が魔力を集めて苦しむ者を快復させる力に変える、ハイステータスリカバリー」


 ロメロの身体が私の放った魔力に包まれて光り輝きます。

 特に何の病気も異常もないのなら、風に吹かれているのと変わりません。

 何百回も自分で試しているから分かっています。


 魔力量の問題で、ハイステータスリカバリーは十回程度しか試していませんが、ステータスリカバリーやデトックスは、何百回も自分にかけています。


 攻撃魔術ならともかく、治癒系の魔術は自分にかけても問題ないので、他人に使う前に自分にかけて、安全かどうか確かめていたのです。


「他にも四人ほどに安全かどうか確かめてもらいましょう。

 侯爵閣下のために身体を張る覚悟がある人は、一歩前に出てください」


「「「「「はい!」」」」」


 私と一緒に挨拶に来た者、侯爵閣下の側に仕えている者、全員が前に出ました。

 その中から私と一緒に来た者四人を選んで試しがけしました。


 閣下の側に仕える老侍従たちにかける訳にはいきません。

 状態異常快復魔術をかけると見せかけて、攻撃魔術を使うかもしれないと疑われたくないですから。


「安全を確認できましたね、次は閣下にかけさせていただきますよ」


 そう言ったのですが、閣下は前に出て来てくれませんでした。

 かけて良いのか迷っていたら、老侍従の一人が強くうなずいてくれました。


 何度も殺されかけた閣下は、自分から魔術を受ける事ができないのでしょう。

 魔術で殺されかけた事も何度かあったのかもしれません。


「我が魔力を集めて苦しむ者を快復させる力に変える、ハイステータスリカバリー」


 毛布を被った閣下が私の放った魔術に包まれて光り輝いています。

 ロメロたちの時とは違って、光になった魔力の量が少ないです。

 閣下の状態異常を癒す事ができたのでしょうか?


「いかがです、少しはスッキリされましたか?」


「……すこしだけ……」


「話した、閣下が話した」


「「「「「ウォオオオオ!」」」」」

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