第34話「決闘とは……?」
一度動きやすい服装に着替えたシルディア達は、オデルに連れられて騎士団の訓練場に来ていた。
人目につかない所など城内にはないだろうと思っていたが、訓練場とは盲点だった。
高い塀に囲まれたこの場所は確かに人の目に触れない場所だろう。
騎士達は別の場所で訓練しているようで貸し切り状態だ。
訓練場だとういうのに設備と言えるものが一切なく、シルディアは一人ベンチで納得した。
(補給物資が欲しいタイミングで来るとは限らない。何もない状態からどう立ち回ればいいのか訓練するためかしら?)
シルディアの座るベンチもオデルが魔法で作ったものだ。
彼が魔法で造形したように、必要な物を瞬時に見極めるための訓練をする場所なのだろう。
(防御に特化した魔法もあるのね。まだまだ知らない事ばかりだわ)
シルディアには流れ弾で怪我をしないようにと防御魔法をかけられている。
同じくベンチに座る国王夫妻にはフロージェが妖法で防御の術をかけていた。
そのため、好き放題暴れている。
主に攻撃を仕掛けているのはフロージェだが、攻撃方法は地面が割れたり、火球が飛び交ったり、それはもう様々だ。
(ここが魔法訓練場でよかったわ)
この場所自体にも大規模な魔法がかけられているようで、たとえ地面がえぐれ、塀にめり込んだとしても、瞬く間に直っていく。
一兵卒の兵であればすぐにでも決着がついたはずだが、目の前で戦っているのは竜王と妖精姫だ。
決着など早々につくはずもない。
瞬時に直らなければ地形が変わってしまうであろう威力の魔法と妖法が飛び交う。
ただ、飛び交う会話は権威の欠片もないものだった。
「お姉様の好きな食べ物は!?」
「いちごのクッキー」
「違うわよ! 野菜のキッシュでしょ!?」
「はっ。見る目が無いな。野菜はあまり好きじゃない。なぁ、シルディア?」
「……野菜のキッシュが好きなのはフロージェね」
「ほらな」
逐一張り合ってくるから、シルディアは気が気でない。
フロージェは自身の好きな物はシルディアも好きだと思っているようで、ことごとく好みをはずしていた。
それがたまらなく悔しいようで、間違うたびに美しい顔を歪めている。
だが、攻撃の手が緩められることはなかった。
竜vs妖精。
頂上決戦ともいえる光景に、シルディアは固唾を飲んで見守るしかない。
妖法によって生み出された水の球体がオデルを包んだ。
次の瞬間。
水の球体はスパッと横一線に切り裂かれ、地面へと落ちていく。
どうやら水の球体はオデルの剣技でしのがれたようだ。
しかし、濡れることは回避できなかったようで、髪や指の先、服の裾から水が滴り落ちている。
「冷たい」
鬱陶しそうに濡れた前髪をかき上げるその姿は、艶やかな色気を放つ。
もしこの場に令嬢がいれば、見た者は卒倒するだろう。
それはシルディアも例外ではなく、彼の目に毒な仕草に思わず視線を逸らしてしまったほどだ。
「あんたなんて、濡れ鼠がお似合いよ!」
「水も滴る良い男って言葉知ってるか?」
「は? バカも休み休み言いなさいよ。あんたが良い男のはずないでしょ」
「シルディアは俺を直視できないほど悶えてるけど?」
(バレてる……!?)
唐突に振られた話題に上手く反応できず、黙り込んでしまった。
口を噤んだシルディアの頬は赤く染まっており、誰がどう見ても恥ずかしがっていると察するだろう。
オデルとフロージェ、さらには国王夫妻の注目を集めてしまい、シルディアはさらに顔を赤く染める。
「~っ、もう、見ないで!」
「可愛い」
「だから、そういうのは時と場所を選んで!」
「時と場所を選べばいいんだな?」
「っ!!? い、今のなし!」
焦るシルディアに、オデルが強気な笑みを浮かべる。
「祝杯はまた夜に、な?」
「そう易々と勝たせると思って?」
フロージェが真上に手を上げる。
すると今まで晴れていたはずの空がみるみるどんよりと薄暗く分厚い雲に覆われていく。
雲の中を電気が走る様子に、「あ」と思った時には遅く、轟音を立てて雷が落ちていた。
「オデルっ!」
落雷によって立ち上る煙でオデルの安否が分からない。
ベンチから腰を浮かし、今にも飛び出しそうなシルディアを制したのは、他の誰でもないオデルだ。
「ん。大丈夫」
煙が晴れ、乱れの一切ないオデルが現れる。
シルディアは心底ほっとした顔で胸を撫で下ろした。
「これでも駄目なの!? ほんっと頑丈なんだから!」
「お前の攻撃力が低いだけだろ。気付いているか? 俺はまだ一度も攻撃魔法を使っていないぞ」
「は?」
「なんだ。気付いていなかったのか?」
オデルが強気に口角を上げて挑発する。
フロージェは目に見えて挑発に乗るような愚策はしなかったが、双子であるシルディアにはわかった。
(あれは相当頭にきているわね)
不自然なほどに綺麗な笑顔を張り付けたフロージェの怒りは頂点に達しているだろう。
今にも爆発しそうな火山を見ている気分だ。
(一度爆発したフロージェを宥めるのは至難の業なのよね……)
浮いた腰を下ろすタイミングを失い、おろおろと視線を行ったり来たりさせるシルディアだったが、オデルが試すような口調でフロージェに問う。
「シルディアに似合う服は?」
「そんなの決まっているじゃない!」
「ひゃぁ!?」
唐突にシルディアの体がふわり浮いた。
体の周りをくるくると妖精が回る。
するとシルディアの服がプリンセスラインのドレスに早変わりした。
薄ピンクのドレスにはドレープとタックがふんだんに使われている。
オデルに一度ダメ出しを食らった薔薇を模したドレスに雰囲気が似ており、可愛らしさが前面に押し出されている。
(これはフロージェのドレスね)
少し窮屈な胸囲にフロージェの私物だと悟った。
可愛いを体現したようなドレスは、フロージェの可愛さを最大限に引き出すだろう。
しかし、今着ているのはシルディアだ。
瓜二つの顔とはいえ、纏う雰囲気というものがある。
フロージェはほわほわとした、女性らしい柔らかな雰囲気だとすると、対するシルディアは気高い騎士のように凛とした雰囲気だ。
「やはりお前の目は節穴だな、妖精姫」
「なんですって!?」
「シルディアにはそんなドレスよりこうだろ」
オデルが指を鳴らす。
するとまばたきをした一瞬に服装が変わっていた。
オデルの正装に似たパンツスタイルだ。
漆黒のジャケットには金色のエボレットと
真っ白なパンツは半分ほど厚底ブーツで隠れていた。
(驚くほどぴったりなんだけど……。いつ採寸されたのかしら……?)
他国では軍服と言われるような服装は、シルディアの体のラインを強調している。
「男性が好きそうな服装だこと」
「は? シルディアは可愛い系よりもカッコイイ系がマストだろ」
「私と同じ顔なのよ!? バカなの!? 可愛い系でしょ!!」
「性格によるだろ。シルディアはどっちが好きだ?」
「ここでわたしに振る?」
シルディアは苦笑いをしながらう~んと首を捻る。
系統が違うだけに比較がしづらい。
数秒思案したのち、
「……どっちもいいんじゃない?」
と、シルディアは思考を放棄した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます