第33話「妖精姫の企み」
一度城に戻ったシルディアとオデルは着替える間もなく、応接間に通されたアルムヘイヤ国王夫妻とフロージェと対談を始めようとしていた。
妖精姫の隣に座る国王の顔色はあまり良くない。
それもそのはずで、波風を立たさぬよう侍従に扮していたはずのフロージェが、円満に終わるはずだった結婚式に乱入したのだ。
頭を抱えたくもなる。
反対に王妃は扇で顔の下半分を隠しており、表情が読めない。
「さて、今まで秘匿していたシルディアの存在が各国の重鎮達に露見されたわけだが、貴殿はどうするつもりだ?」
「影武者だと声明するだけだ」
「困るな。きちんと妖精姫の双子の姉だと宣言してもらわねば」
「それはできない」
オデルは綺麗な顔に怒りを滲ませる。
それは彼をよく知らないと見逃してしまうような少しの変化だ。シルディア以外は気が付いていないだろう。
「よほどシルディアを影武者として処理したいようだ。だが、こればかりはこちらも譲れない」
「アルムヘイヤでは双子が禁忌とされている。貴殿もそれを知らないわけではなかろう」
「あぁ。それがどうした? もしシルディアを双子の姉だと認めないのであれば、貴国は我がガルズアースに妖精姫を差し出すことになるのだが……」
「嫌に決まっているでしょう!?」
オデルはフロージェへと視線を向けるが、彼女はそっぽを向いてしまった。
シルディアを引き寄せたオデルが薄く笑う。
「妖精姫の中で結果は出ているようだが?」
「フロージェ」
国王の咎めるような口調にフロージェはますますむくれてしまう。
遅めの反抗期だろうか。普段心優しい妖精姫を演じているからか、国王夫妻は目を見開いている。
「私はお姉様が嫁ぐなんて認めてないわ! お姉様は私の隣でずっと暮らすの! それがお姉様の幸せだわ。そのためには婚約を破棄してもらわないと」
「やはり
「あんたにお姉様は不釣り合いなのよ! クソトカゲ!」
「竜はトカゲじゃない。あぁ、教養がないから知らないのか」
バチバチと火花を散らすオデルとフロージェの口論に口を挟む隙はない。
(王女でないと声明されてしまえば、わたしはただの平民。オデルとの結婚は出来なくなってしまう。それだけは嫌だ)
オデルの袖を引けば、赤色の瞳にシルディアが映る。
彼の瞳に自分だけが映ったことに満足し、フロージェへと質問を投げかけた。
「フロージェはわたしがアルムヘイヤへ帰れば満足なのよね?」
「えぇ。そうよ。そこでずっと私と暮らすの。それが一番なのよ」
「ねぇ、フロージェ? それはあなたの幸せであって、わたしの幸せではないわ」
「っ、どうして!! ずっと一緒にいようって約束したじゃない! お姉様も私を一人にするっていうの!?」
取り乱すフロージェに目を丸くしながらも、シルディアは幼い頃にした約束を思い出した。
(幼子の約束だからもう無効かと思っていたけれど、まだ覚えていたのね)
シルディアは懐かしむように目を細める。
「フロージェ。あなたには妖精達がついているでしょう? 決して一人ではないわ。それに、あなたが次期女王なのよ? いつまでもわたしに頼ってばかりじゃいけないわ」
「そんなのっ!」
「いい加減になさい」
今まで黙って静観していた王妃が扇を閉じ、ぴしゃりと言い放った。
唐突な王妃の参戦に、フロージェは押し黙る。
「黙って聞いていれば自分本位なことばかり。日陰で育ったシルディアがやっと見つけた幸せなのですよ。それを幸せじゃないと決めつけて壊そうというの? あなたも」
「アルムヘイヤは……」
「だまらっしゃい。双子が禁忌というのは身に染みています。けれど、シルディアはわたくしの娘です。我が子の門出を祝福しない親がいますか」
王妃の言葉に国王は言葉を詰まらせる。
長年培ってきた価値観は容易に変えられるものではない。
「だが王家に双子が生まれたなどと……」
聞きなれた言葉にシルディアが顔を曇らせていると、オデルに背中を撫でられた。
大丈夫かと問う優しい瞳に勇気づけられる。
「見てごらんなさい。シルディアを見る皇王の眼差し。一目でシルディアを大事にしているのが分かるわ」
シルディアとオデルに視線が集まる。
オデルは気にしていないようで、話を続けた。
「貴殿達の言い分はよくわかった。しかし、俺にも引けぬものがある」
「ならばどうする? 戦争でもするつもりか?」
「お互いそれは避けたいところだろう?」
沈黙がシルディア達を包む。
重苦しいその空気を物ともせずフロージェが白い手袋をオデルへと投げつけた。
「これがどういう意味か、理解してるんだろうな?」
「えぇ。決闘なさい! 竜王。私が勝ったらお姉様との婚約を破棄してもらうわ!」
「俺が勝ったら?」
「お姉様は私の姉であると宣言してあげる」
「受けてたとう」
即答したオデルに、シルディアは不安げな顔を向ける。
「ちょっと、オデル!? フロージェは妖精姫よ?」
「俺は竜王だ。妖精姫を下せばアルムヘイヤは我が国への対抗手段を失う。だが、シルディアの地位を確立するという恩を売れる。この決闘にはうま味しかない。止める意味もないな?」
「むぅ」
ぐうの音も出ない国王を横目に立ち上がったオデルは静かに告げる。
「人目のない場所へ移動しよう」
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