第28話「茶会は波乱を添えて」
結婚式を二週間後に控えたある日。
春の温かな日差しが降り注ぐ城内の庭園で、シルディアは貴族令嬢達とお茶会を開いていた。
長いテーブルに隙間なく座る令嬢達は皆、自身が一番輝くように自己主張の激しいドレスに袖を通している。
色の主張が激しい中で、シルディアは唯一真っ白なドレスを着ていた。
つがいの証が見えるよう背中の開いたデザインで、白百合を思わせるそのドレスはオデルの独占欲の現れだ。
独占欲の塊のようなオデルから突然お茶会を開いてくれとお願いされた時は耳を疑った。
しかし、お茶会などの催しを開いてみたかったという憧れもあり、シルディアは二つ返事で頷いたのだ。
準備に準備を重ね、招待する令嬢達を調べ尽くし、今に至る。
一人ずつ挨拶を交わしていたシルディアは一番最後に入場してきた女性に声をかける。
優雅な仕草で椅子に腰かけた彼女は公爵家の娘だ。
森の妖精のようなドレスを身に纏う彼女に、シルディアはこれで挨拶は最後だと努めて柔らかく微笑んだ。
「お越しいただきありがとうございます。ヘリュ様」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。こんな素敵なお茶会に参加できてとても嬉しいですわ。今日は侍女ではなく騎士をお連れなのですね」
「えぇ。皇王陛下がわたしのために女騎士を護衛につけてくださったのよ」
「女性……!?」
ざりと空気が揺れる。
シルディアの後ろで待機しているのは、ヴィーニャではなくヒルス・ソユーズという女騎士だ。
ヒルスは令嬢達の熱い視線も、動揺も何食わぬ顔で受け止めているのか無言でいる。
彼女は中性的な顔立ちをしており、一目で女性だと分かる人は稀だろう。
深海のような色の瞳と、同じ色の長い髪をひとまとめに括った立ち姿は、先ほどから挨拶に来る令嬢の目を引いていた。
(初めてヒルスに言及されたわ。あぁ、こう言いたいのね。オデルというものがありながら騎士を侍らすなんて……って。馬鹿らしいわ。でも売られた喧嘩は買ってやろうじゃない)
内心毒づきながらシルディアはにっこりと笑顔を張り付けた。
「彼女はれっきとした女性よ。女騎士を探すのには骨が折れたようでしたが、陛下はわたしのためなら苦にならないと……」
「まぁ! 愛ですわね」
「やはり、つがいになるというのは特別なのですね」
恥じらうように頬へ手を添えれば、シルディアの都合のいいように解釈してくれた。
しかし、話を振った張本人だけは悔しそうに顔を歪めていた。
その様子を慌てた様子で見ていた令嬢が口を開く。
「アルムヘイヤの姫であったシルディア様はご存じないかもしれませんが、ヘリュ様は皇王陛下の婚約者候補だったのですよ!」
ざわめきが氷の世界に閉ざされたかのように凍てつき静まり返った。
我に返った令嬢は震えながら口を両手で押さえているが、外に飛び出してしまった言葉を取り戻す方法はない。
(ぽっと出のわたしがオデルの妻となるのが気に食わないのね。予想はしていたけれど、こう真っ向からくるとは思っていなかったわ)
水を打ったように沈黙が降りるこの場を治めるのもシルディアの仕事だ。
しかし、当事者のはずのヘリュはティーカップに口をつけシルディアの出方を窺っている。
(オデルが珍しくお茶会を開いてもいいって言ってくれたから張り切ったけど、きっとこの令嬢達を御しろってことかしら。だとしたら、わたしとオデルにはもっと話し合いが必要みたいね)
爆弾発言をした張本人は顔を真っ青にしており、今にも倒れそうだ。
周りの令嬢達も成り行きを見守っているだけ。
シルディアはため息をつきたい衝動に駆られたが、ため息の代わりに言葉を紡ぐ。
「あらそうなのですね。初めてお聞きしました。ですが候補は候補。わたしは気にしていませんよ。ほら、せっかくの紅茶が冷めてしまいます。お茶会のために腕を振るった料理人たちの顔も立ててやってくださらない?」
「そ、そうですわね! あら、このクッキー美味しいですわ!」
「こっちのケーキもとっても美味しいっ!」
「まぁ本当!」
「流石は城仕えの料理人だわ」
令嬢達が一致団結し、話題を変えようと必死だ。
シルディアの機嫌を損ねれば今後お茶会に誘ってもらえなくなる可能性があるため、皆必死なのだろう。
令嬢達が貴族の娘としての責務を果たそうとしている中、ヘリュだけが眉を顰めている。
(不服そうね)
シルディアはヘリュから目を離さずに、クッキーをつまむ。
用意されているクッキーはシルディアだけ違う種類の物が用意されていた。
クッキーに限らず皿に盛られているお茶菓子は全てオデルが作ったものだ。
令嬢達に振舞っているお茶菓子は、城の料理人たちが腕によりをかけて作ったものになっている。
「シルディア様、そんなにお召し上がりになられて大丈夫ですか? 一か月後には結婚式でしょう?」
「ご心配にはおよびませんわ。むしろもっと太れと陛下に怒られているの。ガルズアースの食べ物は美味しくてついつい食べ過ぎてしまうのだけど、なかなか陛下のご期待に添えなくて……」
心配そうな顔のヘリュに、シルディアは照れたように返事をした。
お茶会や夜会などの非日常的な空間は好きだ。
しかし、令嬢を相手にすると会話の端々に含まれた意味を考えなければならない。
因みに先ほどの会話の意味は、
『お茶菓子をたくさん食べるなんて、太って結婚式のドレスが着られなくなるわよ』
『たくさん食べても太らないわ』
だ。
(何も考えず喋れる人がいないと十分理解しているけど、ここまで敵意をむき出しにされるとやりにくいわ。相手にしたわたしが大人げないと言われかねない。計算してやっているのなら厄介ね)
わなわなと震えるわけでも大声でヒステリックに叫ぶわけでもないヘリュに、シルディアはやりづらさを感じた。
他の令嬢達は事の顛末を黙って見守っているだけだ。
どちらにつく方が自身の家に利があるか決めあぐねているのだろう。
「わたくしは陛下の最有力婚約者候補でしたのよ?」
「? 先ほどもお聞きしましたよ? それがなにか?」
「それがなにかって……。幼き日の陛下をお知りになりたくないの?」
「本人に聞けばいいのだし、上皇陛下や上皇后陛下に聞けばヘリュ様もお知りにならないことを教えてくださると思うわ」
「そ、それも、そうね」
「でしょう? それにきっとヘリュ様にも騎士様以外の好い人が現れますよ。ヘリュ様はこんなにも可愛らしい乙女なんですもの」
「へ……?」
シルディアの言葉を飲み込めずぽかんとするヘリュだったが、飲み込んだ途端ボッと顔を真っ赤に染めて慌てだした。
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