第27話「魔法と妖法と神力と」
貴族邸の応接間と見紛う部屋にシルディアの間の抜けた声だけが空気を揺らした。
対面のソファーに座るアリスも、隣に密着しているオデルも気に留めた様子はない。
しかし思わず声が漏れてしまったシルディアは、恥ずかしさから少し早口で続く言葉を口にする。
「どういうこと? わたし、
「俺を正気に戻したアレが神力だ。無意識だっただろうが、ちゃんと使えていた」
「え? でもあの時は、無我夢中で……」
オデルを正気に戻した時というのは、彼が初代竜の王に飲み込まれそうになった時のことだ。
その時のシルディアは、自身の内側から湧き上がる衝動のような力を解放したに過ぎなかった。
シルディアとオデルの会話を聞いていたアリスがにやりと笑う。
「なんだい。一度使っているのなら話は早いじゃないか」
「使った時の感覚をあまり覚えていないわ」
「いいから手を出しな」
「わ、分かったわ」
シルディアの手に、アリスの皺の目立つ手が重なった。
途端、温かな何かが体中を巡る。
思わずアリスを見つめれば、彼女の瞳の中でシルディアが薄い空色の目を見開いていた。
「ちゃんと感じたようだね。今お嬢さんの体内を巡っているのが神力だよ。魔力とは別物だから覚えときな」
「魔力とは別物なの……?」
新たな事実にシルディアは綺麗な形の眉を八の字に下げる。
困惑するシルディアを安心させるように今度はオデルがシルディアの手を取った。
すると先程とは対照的に冷たいものが体内を巡る。
その上、指先から背中、足先に至るまで全身を蛇に這われるような感覚がシルディアを襲った。
「ひゃ!? なに、今の」
「それが魔力だ。魔力は人によって性質が様々で、俺はよく蛇のようだと言われている」
「先に言ってほしかったわ」
「ほら、これで魔力と神力の違いが分かっただろ?」
「……そうね」
シルディアは自身の胸へ手を当てれば、二つの力が体内を巡っているのを感じ取ることができた。
「余談だが、魔法と妖法は相性がすこぶる悪い。だから魔法を使う者は妖精から嫌われて妖法が使えないんだ」
「……じゃあわたしがどれだけ勉強しても妖法を使えなかった理由って」
「十中八九、魔力があったからだろうね。なんだい。アルムヘイヤでは魔力について教えられないのかい」
「アルムヘイヤは妖精が最も尊ばれるからな。魔法は低俗だって言うような国だぞ?」
「そういえば忘れがちだけどガルズアースとアルムヘイヤは敵国だったわね。そもそもアルムヘイヤ生まれの人間が魔力を持っているなんて、考えつかないわ」
「それはそうかもしれないな。一応、ガルズアースにも魔力を一切持たず妖精に好かれる者が稀に生まれるぞ」
「そうなの? へぇ知らなかったわ」
「思い込みは厄介なもんだからな」
じっとシルディアとオデルを見つめていたアリスだったが、何かを思いついたようににやりと笑う。
「お嬢さん。魔力をこやつに流しながら、あたしに神力を投げてみな」
「え!?」
「ほら。早くするんだよ」
「えぇ……?」
困惑するシルディアだったが、意を決しごくりと喉が鳴った。
握ったままのオデルの手に魔力だけを流す。
真剣に手を握るシルディアの耳に感嘆が聞こえた。
「初めてだとは思えないほど上手だな。魔法騎士でもここまでスムーズには魔力移動できないぞ」
「お世辞を言ってもなにも出ないわよ。片方だけなら何とかなるけれど、神力もって難しいわ」
眉間にしわを寄せてシルディアは体内の神力をなんとかアリスへと向けようとする。
しかし、神力は言うことを聞いてはくれない。魔力を少なくしようとしても、それだけでは神力をアリスへと向けることは出来なかった。
「神力を使った時のことを思い出すんだよ。神力は癒しの力。神力の使える聖女が治って欲しいと思わないと使えないのさ」
「そういうことはもう少し早く言ってほしいわ。アリスさんを治すイメージで扱えばいいのね」
「! 呑み込みが早いね。魔力と神力。両方使い分けできてるじゃないか」
舌を巻いた様子のアリスへとシルディアが視線を向けると、彼女の周りにキラキラとした白い光が集まっていた。
それはまるでオデルを初代竜の王から取り戻した時のような光景だった。
違う所といえば辺り一面を覆い隠すほどの光が無いぐらいだろう。
「なにか言いたげだね」
「初めて神力を使った時は辺り一面が一時的に見えなくなるぐらい光が集まっていたのに、今はそうでないから不思議に思って」
「あぁ、これは聖女しか知らない秘密なんだがね」
アリスがいたずらっぽく笑って言葉を続ける。
「神力を使って癒す相手に対する想いの強さによって光の量が変わるのさ。つまり――光の多さは想いの強さだ」
「っ!?!!?!??」
「シルディアがそんなに俺のことを想ってくれてたなんて……。可愛いな」
「う、うるさい! 改まって口に出さなくったっていいじゃない!」
「真っ赤になって本当可愛い」
添えるように重ねていたオデルの手が、シルディアの指をなぞる。
予想外の感触にシルディアはびくりと反応してしまう。するとオデルの笑みがますます深くなった。
一本ずつ形を確かめるように触るオデルを睨んでみても効果がない。
むしろシルディアの反応を楽しむように指を絡ませてくる。
たったそれだけの触れ合いでシルディアは沸騰しそうだ。
「お二人さん。イチャつくなら城に帰んな」
「!?!!?」
アリスの呆れた声が聞こえ、シルディアは我に返った。
ここは二人だけの自室ではなく、アリスが経営している店の中だと完全に失念していた。
ぱっと手を放し声にならない声を上げたシルディアとは対称に、オデルは軽く舌打ちをする。
「もう少し空気を読んだらどうだ?」
「ここあたしの店だよ。どうしようがあたしの勝手さ」
「ごめんなさい」
「お嬢さんが謝る必要はない。さて、嬉しい事にあたしの神力はもう尽きたんだ。二度と聖女様の様子を見になんて来るんじゃないと城の奴らに伝えとくれ」
「あぁ。シルディア、そろそろお暇しようか」
「え? オデルが言うなら……」
シルディアは、立ち上がったオデルから差し出された手を取った。
手を引かれたシルディアは彼の胸元へと勢いあまってぶつかってしまう。
「わっぷ。ごめん」
「大丈夫? 痛くなかったか?」
「それはわたしのセリフだと思うわ」
「はいはい。まだあたしの店だって忘れんじゃないよ」
アリスがげんなりしたように呟く。
彼女に開けられた扉をくぐり部屋を出れば、ショーウインドウから射す夕焼けで店内が染まっていた。
「長居してしまったわね」
「可愛いシルディアが見れたから俺は満足だけどな」
「息を吐くように甘い言葉を吐くね、あんた。いい加減、砂糖を吐きそうだよ」
「想いを伝えるのは当然のことだろ?」
「まぁそうさね」
「それじゃ、俺達は帰る」
「あぁ。城の奴らに伝えるの、忘れんじゃないよ」
「もちろんだ」
入店した時のようにオデルが扉を開けばカラカラと呼び鈴が鳴った。
店から出る寸前、シルディアは振り返る。
「あの、ありがとうございました! 髪留め大切に使います」
閉じられた扉に背中を預けたアリスは一瞬目を見開いたが、すぐに口角を吊り上げた。
「ただの客としてなら歓迎してやるよ。またおいで」
「! はい」
シルディアはアリスの意外な言葉に目を輝かせ、表情を崩した。
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