妹の身代わりで嫁いだ姫は、ヤンデレなはずの皇王にとろ甘に溺愛される
藤烏あや@『死に戻り公女』発売中
第1話「求婚」
「姫。どうか俺と結婚をしていただけませんか?」
色のある声が、吹き抜けの天井から吊るされたいくつものシャンデリアがフロアを照らすホールに響き渡った。
この日のためにと着飾った令嬢達が意中の相手の視線を誘導し、ダンスの誘いを今か今かと待ち望んでいるはずのホール。だが、今は、時が止まったかのように静まり返っている。
ダンスのための音楽家の演奏もピタリと止まってしまっていた。
夜会の参加者が見つめるのは、竜の住む国ガルズアースの皇王だ。
残虐非道と恐れられる彼は妖精姫と名高い姫の目の前で跪き、手を差し出してる。
注目を集める彼は、腕利き技師が作った彫刻のような容姿を持つ美丈夫だ。
陶器のような白い肌を彩る真っ黒な髪。赤い瞳はルビーをはめ込んだように透き通っていた。
薄い唇も
程よく鍛えられているであろう肢体は、細部まで華やかな意匠や遊びが施された皇国の正装に包まれて隠されている。鍛えられているというのも、差し出された手に剣だこがあるため推し量ることができるにすぎない。
差し出されたのは整えられた爪に男性らしい節の大きな手だ。彼のその手で手を取られたいと夢見る女性は多いだろう。
素直にその手を取ることが出来ないのは、ひとえに彼がこの妖精の国アルムヘイヤに招かれた立場であるからだ。
この求婚が我が国、アルムヘイヤで行われたものではなく、自国で行われたのであれば彼の手は確実に取られただろう。
しかし、ここは皇国ではない。
何度も戦をしてきた敵国のはずだ。
敵国に皇王自ら赴くのだから、何か企んでいてもおかしくはない。
我が国以外と戦をした際、辺り一帯を焦土と化したのは誰でもな皇王自身だ。
冷酷で残忍と囁かれる彼がどのようなことをしても対応できるよう、準備してきた。
だというのに――
「皇王であるオデル様に求婚されるなんて、夢にも思っていませんでしたわ」
求婚された姫は意識して口角を上げ、薄い空色の瞳を細めた。
ゆったりと首を傾げれば、白色の絹のような髪が揺れる。
困ったように笑う彼女の対応は王族として完璧な振る舞いだ。
「えー! 結婚!?」
「結婚!」
「フロージェが」
「結婚しちゃう!?」
彼女の周りを漂っていた手のひらサイズの妖精達が、一斉に騒ぎ出す。
フロージェはこの国で唯一妖精の祝福を受けた女性だ。
そのため、彼女の周りにはいつも妖精が飛び交っている。
(まぁわたしは妖精姫の影武者で、本来なら妖精からは嫌われているんだけど。フロージェが頼めばそれっぽく見えるようにはなるのよね)
妖精から嫌われている彼女は妖精姫ではない。本当の妖精姫は別にいる。
今、皇王から求婚を受けた影武者――シルディア・アルムヘイヤ――は妖精姫の双子の姉だ。
妖精姫である
「求婚してはいけませんでしたか?」
「い、いえ。そのようなことは……。ですが、誰かとお間違えでは?」
「いいえ。貴女です。私が皇妃にと望む唯一の女性です」
きっぱりと言い切られては返す言葉もない。
(フロージェに求婚しているつもりみたいね。でも、私と見分けがつかないなんて、本当に好きなのかしら?)
じっと見つめる赤い瞳の奥にどす黒い感情が渦巻いていることに気付かぬフリをして、シルディアは柔らかな笑みを浮かべた。
「まぁ。お上手ですこと。わたくしと結婚したいのであれば、まずは国王陛下にお話されてはいかがでしょう?」
「はやる気持ちが抑えられず思わず求婚してしまいました。申し訳ありません。姫」
「いえ。分かってくださればいいんです」
立ち上がった皇王――オデル・ガルズアース――は整った眉を下げ、改めてシルディアに手を差し出してきた。
「返事は国王から聞きます。なので、今は、一曲踊っていただけませんか?」
「えぇ。それでしたらよろこんで」
ごつごつとした手にシルディアが手を乗せれば、壊れ物を触るかのように優しく握り返される。
二人がホールの中心へ移動すれば、固唾を飲んで見守っていた夜会の参加者達も、音楽家達も、我に返り時が動き出す。
奏でられる音楽と共に、ステップを踏む。
(とても踊りやすい。流石、皇王ね)
今まで踊った誰よりもダンスが上手い。
長年一緒にいると錯覚しそうなほど、息がぴったり合う。
「何を考えているのですか?」
上から降ってきた少し拗ねたような声に、思わず緩んでいた口角を引き締める。
「気になりますか?」
「もちろん。貴女に関することならなんでも気になります」
「大げさですわ。実は、今まで踊ってきた中で一番踊りやすいと考えていましたの」
そう口にした瞬間。
密着している体がさらに引き寄せられ、腰に回る腕に力が籠められる。
痛みを感じるほどのそれに抗議しようとシルディアが彼の顔を見上げると、捕食者のような赤が黒髪から覗く。
仄暗い闇を抱えた赤い瞳が、より一層闇に包まれた気がした。
人の多いホールは温かいはずだが、うすら寒いような感覚に陥ってしまう。
足元から這い上がってくるような寒気に、シルディアはぞっとオデルを見つめ返した。
しかし、シルディアと視線が絡んだオデルに、息を呑むような冷たさも、残酷さも見当たらなかった。
(気のせい……?)
何とも言えない感覚に囚われながら、シルディアはオデルとのダンスを続けたのだった。
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