シュトーレン  〜〇〇したら出られない部屋〜

炭石R

1話

 気がつくと、見知らぬ天井と目があった。


 ここは、どこだ?


 真っ白に、淡く光る天井。中心には緑色の突起。部屋にあるのは扉が一つと、ベッドが二つだけ。広さは教室の半分程だろうか?

 状況が掴めない。俺は学校で授業を受けていた筈だ。服は制服のままだけど、靴は脱がされていて、ポケットに入れていたスマホも無くなっている。


 とりあえずベッドから起き上がり、扉へ向かう。外に出るべきだろう。


「ぁ……あの……!」


「うわっ?!」


 ドアノブに手を掛ける直前。声がした気がして振り向くと、俺が寝ていたベッドの影に銀髪の女の子が居た。

 小さく体育座りをしていて、顔も全く見えないから、一瞬幽霊かと思ってしまった。心臓に悪い。


「なに、これ?!」


 部屋が赤い光に包まれていく。部屋全体が赤く染まると、徐々に収まり、部屋は元通りになった。


 なんだったんだ……?


 訳が分からないけど、とりあえず、今は目の前で怯えている女の子の事をどうにかしよう。


「俺は、伊世いせ 秋友あきとも。隣のクラスの水無口みなくちさん……だよな?」


 俺が通っている学校の制服。そして、青みがかった銀色の髪。水無口さんの筈だ。


 返事が無くて、無視された……と思いきや、髪が縦に揺れている。小さく頷いているらしい。

 そういえば、水無口さんは見た目以外に、全く喋らない事でも有名だったな。


「今、どういう状況か分かる?」


 横に揺れる髪。もはや髪の動きで意思疎通を取っている。

 先に起きていたであろう水無口さんでも分からないのか……。とりあえず、この扉を開けよう。


 ――ガチャッ


 風呂かよッ?!

 洗面台とトイレも一緒にある。三点ユニットバスだった。


「ここから出る方法って分かったりする?」


 再び髪が横に揺れた。まあ、分からないか。そもそも、外と繋がっていそうなのは排水口だけだ。


「水無口さんは、どこまで覚えてる?俺は学校で授業受けてた事しか覚えてないんだけど……」


 声を出さないと答える事が出来ない質問。返事があるかは微妙だけど、重要だからな。




「……わ、私も、同じ……」


「そうか。ありがとう」


 水無口さんは答えてくれて、とても綺麗な声が聞こえた。学校で喋らないのが勿体無い。そう思ってしまう程に綺麗な声だった。

 俺は、周囲の壁を調べる。真っ白な壁には継ぎ目が一切無く、軽く叩いても硬い音しか出ない。壁の先に空洞は無さそうだ。

 ここから出る方法は検討も付かないが、ひたすら考えるしか無い。蛇口はあるから水分補給は出来るけど、食料になりそうなのはトイレットペーパーだけ。このままだと、いずれ餓死してしまう。






 俺が考え込むと静かになったので、何か話題を探す。返事が無くても、反応してくれれば気が紛れる筈だ。


「水無口さんって、声が綺麗なんだな」


 おい。こんな状況で何をしてるんだよ俺は。口説いてると思われるかもしれないし、反応に困るだろう。


「ご、ごめん。今のは忘れてくれ」






「…………ほんと?」


 微かに声が聞こえた。やっぱり、透き通る水のように、綺麗な声だ。


「本当だよ」


「………私の声、変じゃ、ない?」


 変だと……?そんな訳が無いだろう。


「俺はむしろ、今まで聞いた中で、いちばん綺麗な声だと思ったよ」


「……そっか。ありがと。伊世くん」


 水無口さんは、初めて顔を上げた。


「あ、あれ……?」


 俺の後ろを指差すので振り返ると、お皿に乗った、真っ白な物体。ナイフが一つと、フォークが二つ、近くに置いてある。


「……あんなのあったか?」


「無かったと思う……」


 そう、なにより重要なのは、さっきまでは無かった事だ。

 俺が恐る恐る近づくと、甘い香りが漂ってきた。これ、もしかしてシュトーレンか?

 それなら、食料として申し分無い。季節外れではあるけど、とにかくカロリーが高いし、長期保存にも適している。


「水無口さんさ、これ食べる?」


「た、食べないよ……」


 髪を揺らせば返せる質問だったけど、ちゃんと応えてくれた。会話が出来るようになったのは大きい。

 水無口さんが食べないのなら、食べよう。


「いただきます」


「食べるの?!」


 水無口さんが驚いているけど、必要な事だ。


「いつ出られるか分からないし、安全確認のためにも、食べるなら早めの方がいいだろ?」


「……え、待って。それ、そもそも何なの?食べれるの?」


「あー、これは、シュトーレンだと思う。すごい甘いパンみたいなやつだよ」


「そうなんだ……」


 俺はナイフで少し切ってから、フォークで持ち上げた。見た目も匂いも、違和感は無い。意を決して口に運ぶ。


 うっま。


 小麦の風味と、バターの香り。ドライフルーツもたくさん入っている。甘すぎないのも良いな。とても美味しい。


「……大丈夫そう?」


「うん、美味しいだけで、違和感は無いよ」


「美味しいんだ……っ?!」


「……え?」


 さっきまであった筈のシュトーレンは、食器ごと姿を消していた。ナイフとフォークは手に持っていたのに、全く気付なかった。


「私、見てたけど、突然消えちゃった」


「そうなのか……」


 本当に、この部屋は訳が分からないな。




「もう、なんもわかんない……」


「……え?」


 水無口さんはそれだけ言い残してベッドに横になると、すぐに寝息が聞こえてきた。寝息まで綺麗ってどういう事だ?って、それより、こんな状況で普通寝るか?男も居るのに?

 さらなる疑問も追加されて、混乱したままもう片方のベッドに腰掛けた。




 あれ……?ふと見上げて気が付く。緑色の突起が、赤色に変わっている。あの時の赤い光と関係しているのか……?

 そうこう考えるうちに、淡く光っていた天井が暗くなり、部屋が薄暗くなった。


 これは、夜って事だろうか?

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