第五話「逃ゲヨ鬼姫、目指スハ港」
「さてと、大嬢。そろそろ船を出しますぞ、起きてくだされ」
出郷した日より翌日早朝、シュラと玉梓は鬼ヶ島より西の海洋に浮かぶ名も無き小島にて晩を越した。
「ぬぁ……?もう朝か……」
眠気眼を擦りながら気だるそうに起き上がり、一つ背伸びをした。
「おはようございます、大嬢様」
「おう。して、朝餉は何じゃ?」
「干し肉と鼈甲飴位しかありませぬ」
「なんじゃ、味気ないのう。肉は無いのか」
「こんな小島では獲物がおりませぬ、寧ろ海上の方が海鳥がおるやもしれません」
「仕方ない、これも旅の興か」
「そうですぞ、まだ暫く船旅は続きますから、何でも楽しまねば!」
「では、また櫂を回すか」
そうして二人は浜へ向かった。
浜に着き、早速船を出そうと玉梓が乗り込もうとしたその時。
「ん?」
上空を睨み付けシュラが立ち止まった。
「どうされました、大嬢」
「玉梓、早く船を出せ。……ユラがすぐそこまで来ておる」
「なっ!影神子様がでございますか」
「天に彼奴の糸が舞っておる」
その言葉に玉梓はハッとして、大急ぎで船を出した。
「流石は影神子、もう追ってくるとは」
「彼奴の
影神子ユラの術『 |絵図白絲《えずのしらいと
》』は一瞬にして高精度の絵図を作り出す。
「確か糸を辿って音も聞けるのでしたな」
まるで蜘蛛ですな、と玉梓は続けた。
「全く、追っ手としては最悪の相手じゃな」
「ささ、大嬢。ユラ様に追いつかれぬよう急ぎますぞ」
「んぁ?あぁ、儂も漕ぐのか」
「二人で漕いだ方が速いですし、ぼうっとしててもつまらぬでしょう?」
「お主は本に主人使いの荒い奴じゃ、他の侍従ならばそっ首叩き落としておるところじゃ」
「飼い猫は主に似ると言います」
「何が言いたい」
ぶすっとした目で自身を睨み付ける主を横目に玉梓は船を出した。
「聞いておるのか玉梓!」
「ほらほら大嬢、手が止まっておりますぞ」
そうして二人の船旅が再開された。
「して玉梓よ、儂等はこのまま西に進むのか」
「そうですな……いや、少し進路を変えましょう」
「ほう、何処に舵を切るつもりじゃ」
「ここより十里程南東、そこに漁港町があるようです」
「ほう、港か!」
「そういえば、大嬢は港を見た事は無いのですね」
「そもそも儂等鬼は魚を食わんからな、人間は割と好むらしいが」
「確かに、鬼衆が魚を口にしている所を見た事ありませんな」
「一度は食ってみたいと思っておったのだ。丁度いい、その漁港へ行くぞ!」
そうしてシュラは船の向きを変え、勢い良く漕ぎ出した。
「お、大嬢!速すぎます!急がずとも魚は逃げませぬ!」
「喧しい!儂の腹が魚を求めておるのだ、このままでは飢え死ぬわ!!」
「そんな馬鹿な!」
「ほれお主もさっさと漕がぬか、遅れれば先を越される!」
「誰にですか!!」
「知らん!!」
そのまま全速力で船を漕ぎ続ける主に呆れ果てた玉梓はとうとう諦め、櫂を握った。
「なーに、転覆しても死にやせぬ!」
「それは貴方だけにございます」
「人は貧弱すぎてかなわんな!」
「鬼神子と比べればこの世の全ては貧弱でしょうに」
「くはは!疾く参るぞ玉梓!!」
楽しそうでなによりでございます、と諦めたように呟いた。
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