空とボクとの間だけが知る、

神永 遙麦

結人

 7年前までは養護施設で育った。今は実の両親と住んでいる、住んでいた。両親は昨日、離婚届を提出した。今日、お母さんは1人で家を出る。

 バンに荷物を詰め込んでいくお母さんを見ていた。3階の、ボクの部屋の窓から。



 ――これだから庶民の娘は――。

 さっき、お祖母様が言っていた言葉が耳にこびりつく。


 ――玉の輿を狙った女――。

 偶然だと思うけど。


 ――学費のためにバイトせざるを得ないような家庭出身だった――。それが普通じゃないのか?


 ――そこでうちの子を誘惑して……――。

 お母さんをナンパしたのはお父さんだよ。お父さんが言っていた。


 ――おまけに10代で子どもを産むなんて。なんて品性のない――。

 それは擁護できないや。産まれたのボクだし。っていうか子どもの父親はババアの息子だよ。


 ――しかも結婚出来ないと知るや子どもを捨てた――。

 金銭的にも育てられないからね。だいだい何でお父さんが育てなかったんだよ?


 ノック音が響いた。2回ノックだから、お母さんだ。今お祖母様は3階のいないのかな。ササッと終わらせないと。

 ボクはドアを開けた。

 お母さんの手が伸び、ボクの頬を撫でた。お母さんは「ごめんね」と呟いた。

「お義母様、きっと男孫の結人ゆうとは大事にしてくれるから。きっと大丈夫」

「分かってるよ」と、ボクは安心させようとお母さんの手を乱暴に振り払った。「それより結愛ゆなのとこに行けよ」

 お母さんは落ち込んだように目を伏せた。自分の頬を指で掻くと、ボクを抱きしめた。「元気でね、結人」

 ボクは返事しなかった。返事したら声が震える。

 お母さんはボクの手を取り、握手した。

「結愛をお願い。あのおチビちゃんは……」お母さんは顔を苦しげに顰めた。「まだ3歳だから」


 祖母のヒール音が聞こえた。

「分かってるよ」と、ボクは手を乱雑に振り払った。「分かったから、さっさと行けよ」

 ボクはドアを乱暴に閉めた。そのままベッドに飛び込んだ。お祖母様がいれば大目玉だ。

 お母さんはドアの前に立っていたが、やがて立ち去った。バンが発車した。お父さんはどう感じているんだろう?


 ポツポツ雨が振り始めた。どんどん暗くなっていった。カーテンを閉めた後、雷が鳴り始めた。今夜はきっと星は出ない。

 閉めたカーテンの隙間から稲光が漏れている。稲光を星、ということにしてみよう。ボクはそっとカーテンを開きボソボソ願った。

「お母さんが今度こそ幸せになれるように」


 結愛が泣き始めた。雷で目覚めたんだ。あやさないと。

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