theater2: 異形


■<誘う女>■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 仕事終わりに同僚と飲んで帰る道すがら、電柱の脇に佇む女に気がついた。

 ゆるく巻いた豊かな黒髪に抜けるような白い肌、長いまつ毛に縁取られた大きな目に真紅の唇が例えようもなく妖艶だ。ゆったりと羽織った毛皮のコートの下に豊満なボディが見え隠れしている。唇と同じ色をしたハイヒールの上の締まった足首がたまらなくセクシーだ。

 そんなふるいつきたくなるような女がこちらを、いや、俺を見ている。誘っている。

 女は、その肉感的な唇の端をニィっと引き上げると、踵を返して後ろの暗がりへ歩いてゆく。俺は、少し先を歩く同僚たちに声をかけることなく、女の後を追った。

 

      ※  ※  ※


 繁華街の外れにある安ホテルの一室。先にシャワーを浴び、ベッドに寝そべり女を待つ。電気はつけないでと言われたので、部屋は外の闇より暗い。交替で浴室に入っていった女の後姿を見ながら、もしかしたら身体に傷や痣があるのかもしれないと考えた。

 やがて水音が止み、女が浴室から出てきた。巻いたバスタオルをベッドの脇に落とし、しっとり濡れた体をシーツの間に滑り込ませて俺の上に馬乗りになってくる。

 積極的な女だ。リードされるのは好きではないが、それが極上の女なら悪くない。少ししたいようにさせてやろう。

 女は長くしなやかな両腕を俺の背に回し、濃厚な口づけを仕掛けてくる。予想にたがわず豊満な胸を押し付け、脚を絡ませ、腰を擦りつけてくる。熱い舌が俺の顔を舐め回し、いやらしくうごめく手指が俺の首筋から胸もとを愛撫している。背中に回された手が肩甲骨を撫で――。

 と、ここで何かがおかしいことに気づいた。今、俺は左右の肩甲骨を二つの掌で撫で回されている。では、この胸を這っている手は、腹に、両の腿に伸びている手は一体何だ?

 ざわりと音を立て、全身に鳥肌が走った。女は愛撫の手を止めて顔を上げると、俺の顔を見つめながらニッタリと笑った。その笑みはどんどん深くなり、唇の端がありえないくらい上がっていき、やがて耳の上まで伸びていったかと思うとガバリと大きく開いた。ゆるくカーブした太い錐のような何十本もの鋭い牙とその奥の赤黒い空洞が、叫び声ごと俺の頭を呑み込んで閉じた。


      (The monster ・ Fin)


 

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