十六歳JK、ダンジョンマスターの番として拾われました?!

月夜見うさぎ

第1話 人生の転換は魔法陣から

 体育館のような天井が目に飛び込む。体育館のとちょっと違うなと思ったのは、多分高さだ。よく見る体育館のよりは天井が低い。あと、蛍光灯が無い。夜にどうやってここを照らすんだろう、なんて思った。

 そんな事をぼんやりと思っていた訳だけれど、意識が少しずつハッキリしてくると、漸く少しずつ思い出してきた。

 溜息を大きくついてから、大の字になっていた体をゆっくりと起こす。目眩はしないが、念の為暫くは動かずにいて、時間が経ったら目眩に気をつけながら立ってみよう。

 着ていた制服に乱れは無く、ひどい汚れも見当たらない。


 自分の記憶を一つずつ確認する。私の名前は森蔭もりかけ さやか。年齢は十六。高校二年生。誕生日は夏休み真っ只中の時期なので、まだ一学期の今は十六歳だ。

 家族構成は、父、母、一つ年上の兄。

 あと、高校に入ってから出来た彼氏がいる。……正直、『いた』にしたいんだけど、まだ別れ話をしていないので当分は過去形に出来なさそう。


 確か、今日は彼と放課後デートのはずだったんだけど、待ち合わせの教室でだべってたら急に足元が光ったんだっけ。

 未知の物体(?)が現れて足がすくむ。人間、突然の事が起きると動けないってほんとなんだね。だからなのか、丸い円に知らない文字が大量に書き込まれていたのが見えた。

 一緒に立ってたはずの彼氏を見ると、あいつは陣から出る所だった。

 …………え? なんで出てるのよ?!

 私の方を振り返ってニヤニヤ笑いながら手を振ったそいつは、事もあろうに無慈悲な言葉を投げてきた。

「なんかやべー予感するから逃げるわ! じゃーな!」

「はぁ?! ちょっ……!!」

 文句を言おうとする途中で、光が一際眩しくなる。

 思わず目を閉じて顔を腕で隠す。

 身体が浮遊するのを感じたのが最後の記憶だ。


「で、気付いたらここに居た……でいいのよね?」

 あれ以降の記憶が無いので、おそらくそうで良いんだろうけど。

 辺りをぐるりと見回す。見た目は体育館に近い……ように思う。出入口が一つしかない事を除けば。

「まさかと思うけど、ダンジョンとかじゃないわよねぇ……?」


 ダンジョン。

 ここ現代において、最近までファンタジーと同義だったソレは、今やアトラクションめいた物として馴染みつつある。

 十年以上前に突如世界各地に現れたダンジョンには、これまたファンタジーでしか見ないような怪物達が居た。それらを一定以上倒すとレベルアップ音が鳴り響き、更にはボスを倒すと何かしらのアイテムが現れて参加者に恩恵をもたらしてくれる。そして、入った人が一定以上の体力を失えば強制的に回復付きで退場させられるので、命を懸ける必要がない。

 それは正にアトラクション。だからなのか、ダンジョンは割と世間から受け入れられている。

 国のお偉いさん達は怪物達をどうにか捕まえて何かしらの研究をしたいらしいが、捕縛出来ても、ダンジョンの外に連れ出そうとすると結界が生じて捕縛者ごと外に出してもらえないという。怪物を諦めると出してもらえたとか。

 じゃあ怪物を誘き寄せて自発的にダンジョンから出てもらうのは……と、これも試してみた所、どういうわけかダンジョンの外に出ると消えてしまったそうだ。

 故に、ダンジョンをどうにか我が物に……という目論見は呆気なく崩れた。と、いつだったかに読んだ新聞記事に書いてあった。

 中に入ればGPSによる地図も出ない上に、場所と広さが一致しない事から正確な土地調査が出来ず、国や自治体が土地として所有する事も出来ない。管理しようにも怪物達は自分達の手に余る。仕方なく、フリーのアトラクションとして放置せざるを得なかった。

 と、これもまたどっかの記事で読んだ話。あー、大人ってほんと……。


 …………なーんて、現実逃避してる場合じゃない。

 ここがダンジョンなら、進まなくちゃいけない訳でしょ。装備なんて一つも無い丸腰の女子高生がどう進めというのよ!

 だけど、出入口が一つしかない上に、このままここでうだうだしていても何一つ事態は変わらない訳で。

 ……あー、もう! いいわよ! 行ってやろうじゃない!

 ゆっくり立ち上がり、目眩もないのを確認してから、私はヤケクソ気味に一つしかない出入口へ歩いていった。

 近づいてきた所で、陰から何かが飛び出してきた。

 大きさは私より背が高いけど、二メートルは無さそう。上半身が人型スライムみたいな質感で女性っぽい造形、下半身がタコのような太さとイカのようなすべすべを合わせたような触手。そして色が桜みたいな薄いピンク色。目は大きくてつぶらな目なんだけど、瞼が全く見えない。瞬きとかしなさそうな目だ。口や鼻が無いので、人間じゃないなってわかる。

 出会い頭にぶつかりそうになったのと、初めて見る怪物らしい怪物に、身体が固まる。

 向こうもこちらを見下ろしてきて、お互いに見つめ合う事……どれくらいだろう。女性型っぽい怪物がニコッと嬉しそうに笑った。

「きゅぷきゅぷ♪」

 いや、口無いのにどこから声が?!

 触手が伸びてきて、慌てて後ろに下がったけど、あっという間に捕まってしまった。

 これからエロい事されちゃうの?! 初体験もまだなのに!!

 逃げようともがくが触手はびくともしない。怪物はキョトンとした顔で私を見た後、もう一度笑って空いてる触手で頭を撫でてきた。まるで「大丈夫だよ」というように「きゅぷ♪」と言って、大事に子供を抱えるように、私を掲げた。なんで持ち上げられてるの、私?

 上機嫌で移動する怪物。スキップしそうな勢いなので、私は上下に揺れたりしている。

 あの体育館みたいな所を出たら綺麗に整備された石造りの廊下だった、というのを、揺られながら見る景色で知った。

 よくファンタジー系の漫画とかアニメとかゲームとかで見るような石造りの壁や廊下、と言うと伝わるだろうか。

「きゅっぷ、きゅっぷ!」

 もう少しゆっくり移動してほしいと言いたいんだけど、スキップしそうなぐらいに上下に揺れてると、舌を噛みそうで口を出せない。

 それにしても、なんでこんな上機嫌に……まさか、獲物?! 私、食べられる?!

 どうしよう、とあわあわしていると、今度は前方に人影を見つけた。女型怪物が足(触手?)を止めて、「きゅぷっ!」と言った。

 人影がこちらを見る。なんだろう、昔どっかの有名な映画にあったようなマシュマロに雪だるまを足したような感じを思わせるそれは頭に角が一本生えていた。手には胴体の半分くらいの石器製棍棒がある。

 まんまるお目目にノリみたいに真っ直ぐな口をしたとぼけた顔が、なんだか着ぐるみみたいに見えて、そう思うと全体が着ぐるみをデッカくしたものに見えてきた。手に持ってる奴が物騒だけど。

「きゅっぷ、ぷきゅ!」

 怪物の言葉を静かに聞いていたそいつは、静かに両腕を上げて、頭上で大きな丸を作った。今のでどういう会話をしたんだろう……。

 ついてこいと言うように手招きして、歩き出すそいつの後を怪物がついていく。

 よく考えたら、どっちも怪物だよね……。この子の方をきゅぷちゃん、あっちの方をマシュマロからとってマロちゃんと呼ぶ事にしよう。うん。

 マロちゃんは用心棒も兼ねているのか、時々遭遇する魔物相手に棍棒を振り回して牽制していた。そうすると、相手は大人しくなって自ら道を開けてくれた。後ろから飛びかかる様子も無いので、意外と上下関係みたいなのがキッチリしてるんだなと思った。

 どれくらい時間が経っているかはわからないが、結構歩いたんじゃないかと思う。

 マロちゃんが途中で壁に向かっていく。隠し通路かなと思っていると、壁は変化しないまま、マロちゃんは壁の中に消えていった。えっ、本当に隠し通路なの?!

 きゅぷちゃんも迷わずマロちゃんと同じようにして入る。掲げられたままの私は、潜り抜ける際、隠し通路の存在に若干ワクワクしていたのを白状します。RPGみたいでワクワクするでしょ、こんなの!


 中もまた通路で、造りは先程と異なる。何と言えばいいんだろう。……そう、アレだ。洋風の館みたいな内装だ。あんまり派手ではなく質素というのが似合うシンプルな壁。窓が無い事だけが違和感あるけど、ダンジョンらしき場所だしなーと思うと納得出来る。

 そんなに長くは進まなかったと思う。

 マロちゃんの奥に、ドアが見えてきた。ダンジョンボスの部屋って感じの両開きタイプのドアじゃなくて、普通に生活する部屋のドアだった。大きさとか幅が少し大きめなだけの。マロちゃんが通れそうな程のサイズって事は、マロちゃんに合わせて作られたんだろうか。

 棍棒を持ってない方の手でドアを叩くのが見えた。

 「入れ」と、低い男の声がした。

 マロちゃんがドアを開けて、きゅぷちゃん(+掲げられたままの私)を先に入れる。紳士的な振舞いに、怪物らしくないなと思う。

 その部屋に連れられた私が見たのは、白いソファに足を組んで腰掛け、肘当てを利用して頬杖をつく男性の人間っぽいもの。

 ぽいもの、と言ったのは、その姿形は確かに人間と変わらないんだけど、頭に黒い角が二本あったから。

 後ろに向けて伸びる角。それが頭の両サイドにあり、長さは頭部の後ろにまでは届かないような感じだった。太さは結構あるっぽいんだけど、実際に触ってみないとどれくらいの太さなのかわからないなぁ。

 髪は輝くような銀で、意外と短く切っていた。一般的な男性と変わらない髪型だ。光も無いのにどうやって輝いてるんだろう、この銀髪。

 こういう場合、サブカルでよく見るやつだと長髪が多いから、なんかちょっと意外だな……。

 というか、服! 着てる服が割と現代チックだ。ファンタジーで王族が私服として着るようなものじゃなくて、どっちかというとこっちの世界のスーツみたいなのを着ている。服飾技術が発達している異世界って事なんだろうか。それならそれで、どれだけお洒落なのか、見てみたいなぁ。

 でも、この人(?)、少なくとも大人っぽいけど、おじさんって思うような老け具合は感じない。若々しいから青年、って言葉がしっくり来る。

 彼の整った顔はつまらなさそうな顔をしていたのに、振り返ってきゅぷちゃんと私を見た途端、顔を輝かせた。

「よく来たな!」

 嬉しそうな声を張り上げる。えっと、きゅぷちゃんに、よね?

 椅子から立ち上がり、嬉しそうな顔のまま近付いてきたそいつは、きゅぷちゃんに抱えられたままの私の手を取った。熱っぽい視線を向けられて戸惑う。なに、どういう事?

「よく来てくれた! 我がつがい!」

「は?」

 何言った、今?

 番? ツガイ? TU・GA・I・?

「……ごめん、下ろしてくれる?」

「きゅぷ」

 私のお願いに快く下ろしてくれるきゅぷちゃん。優しい。ありがとう。

 目の前では名も知らない男が両手で私の手を握ったままニコニコと笑っていた。

 息を吸って、言葉を吐き出す。

「なんで私が番なのよ!!!!」

 そう叫んで、彼の手を振りほどいたのだった。


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全四話予定です。予定が狂う可能性もある。

次は多分テンション高めです。ご注意ください。

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