第25話「謝罪と和解」





やがて、妹の声が聞こえなくなり、部屋に静寂が訪れた。


「レオニス様、妹に脅されていたとはいえ、私はあなたや重臣達を騙す発言をしました。どうか私と離縁してください」


全てを妹のせいにして、逃げることはできない。


今回のことをなかったことにしたら、レオニス様の王太子としての威厳にも関わる。


「アリーは何も悪くないのだ」


フェルが私を庇ってくれる。


ありがとうフェル。でも甘えることはできないの。


「アリアベルタ、俺が君を手放すことはないよ」


そうですよね、私にはフェルの加護があるから、私がいなくなったら困りますよね。


でもそれを理由に、レオニス様を縛り付けておくことはできない。


「妖精の加護の事でしたら、フェルにお願いして継続を……」


私とフェルがこの国に残れば、この国は変わらずフェルの加護を受けられるはず。


どこか地方でのんびりと……。


「加護の事を言っているんじゃない! 俺は君を愛しているんだ!」


「……!」


レオニス様に真っ直ぐに見つめられ、息ができない。


レオニス様が……私を愛してる? 聞き間違いじゃなくて、本当に?


「愛しているアリアベルタ! どこにもいかないでくれ!」


レオニス様は私の手を取り、ぎゅっと握りしめた。


「私……妹のように美人ではありませんよ。愛人の子ですし、ずっと離宮に閉じ込められていたので、淑女としての教育もまともに受けていません。趣味はじゃがいも掘りですし……」


「君はとても愛らしい人だよ。それにとても澄んだ目をしている。餓えに苦しむ国民の為に自ら鍬を持って畑を耕す優しさを持っている。そんな君の事を、誰が責めるというんだ?」


レオニス様の褒め殺しが始まった……!


そんな素敵な声で囁かれたら、耳が妊娠してしまう!


「レオニス様が良くても、重臣の方々がなんと言うか……」


「王太子殿下、発言を許可してください」


その時、一人の重臣が席を立った。


「許す、話せ」


そうでした、ここは会議室でした!


レオニス様に愛を囁かれた辺りから、二人きりの異次元に飛んでました!


人様に先程のやり取りを見られていたなんて……!


今頃羞恥心がこみ上げてきた……!


きっと、今の私はりんごより真っ赤な顔をしている。


「王太子妃殿下、あなたが育てて下さったじゃがいもで、我が臣下も、我が領の民も救われました。そんなあなたを誰が悪く言いましょう?」


「わしの領地では、魔物や肉食の動物の被害を受け苦しんでいた。王太子妃殿下が配られた回復ポーションや解毒ポーションの材料にどれだけ救われたことか」


「それはわたくしの領でも同じです!」


「僕の領でもだ!」


重臣達が立ち上がり、声を上げた。


「我々はみな、王太子妃殿下に感謝しているのです。どうか、王太子殿下と離縁するなどと言わず、ずっとこの国にいてください!」


重臣の方々が、その場に跪き臣下の礼をとった。


「皆様……」


私の瞳から涙がこぼれ落ちる。


こんなに誰かに必要とされる日が来るなんて……。


涙がとめどなく溢れ、止まらなかった。


「聞いただろ? この国には君が必要なんだ。俺と離縁するなんて言わないでくれ」


レオニス様が、優しい目で私を見ている。


「はい……私もこの国に……、レオニス様の側に……ずっといたいです」


「良かった!」


レオニス様にぎゅっと抱きしめられ、その様子を見ていた周りから拍手が起こった。






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆






二週間後、妹が祖国に強制送還される日が来た。


妹を迎えに来たのはお兄様だった。


祖国とのトラブルになるかと心配していたが……。


「実妹シャルロットが大変ご迷惑をおかけしました。シャルロットは、王女の身分と王位継承権を剥奪し、過疎地にある修道院に生涯幽閉します。妹の罪はこちらで厳しく裁きますので、どうか妹が王太子ならびに、王太子妃に対して犯した罪をお許しください」


お兄様は、というより祖国は我が国とのトラブルを避けたいようです。


「シャルロット王女が独断でしたこと。ノーブルグラント王国に罪を問う気はない。隣国は妻の祖国、これまでと変わらず友好関係を続けたい」


陛下もレオニス様も、隣国への罪は問わなかった。











「お兄様が、シャルロットを迎えに来るとは思いませんでした」


お兄様が帰国する日。


私はお兄様と強制送還される妹を見送る為に、城の門まで来ていた。


「部下に任せていたら、あいつは何をするかわからないからな」


確かに、妹なら迎えに来た兵士に文句やわがままを言いかねない。


「妖精の誘拐を企てるなんてシャルロットは頭がどうかしている。誘拐や監禁など、妖精を傷つける事をした人間に、妖精が加護を与えるはずがないのに……。どうしてあいつにはそんな簡単な事がわからなかったのか……」


お兄様は深く息を吐き頭を振った。


「その上、妖精は元々自分についていたことにして、レオニス王太子に結婚を迫るなど……頭のネジが抜けているとしか思えない」


お兄様、意外と辛辣ですね。


「王太子とアリアベルタが仲違いしているならともかく、仲良く暮らしているという報告は我が国にも届いていた。二人の仲が良いなら、アリアベルタの口から、妖精についての情報が、王太子に伝わっていると想像できたはずだ。後から出て行って『妖精は実は自分の物でした』と言ったところで、誰が信じるというのか……」


お兄様に指摘され、胸が抉られるように痛かった。


そんな妹の穴だらけの計画に、私はまんまと乗せられたのだ。


長年お母様とフェル以外の人間と接して来なかったせいか、私は人の策略や嘘を見抜くのは苦手だ。


王太子妃として生きていくなら、人を見抜く目を養わないと……これからの課題ね。


「シャルロットは厳しい修道院に入れ、二度と外に出さない。シャルロットに従っていた者達も、厳しく罰するから安心してほしい」 


お兄様の言葉を信じてもいいのだろうか?


「それから、君にこれも伝えておきたかった。父は近いうちに僕に王位を譲り、隠居する」


「お父様はどこか悪いのでしょうか?」


数カ月前にお会いした時は元気そうだったけど。


「我が国の君に対するけじめだよ。君の母親が亡くなったあと、父は君の世話を放置していたから……」


今まで使用人が手を抜いてるだけかと思っていました。


どうやら、お父様の私に対する無関心が元凶だったようです。


「父は『妖精の加護を受けている娘を、長年に渡り虐待していた男が国王では隣国に示しがつかない』……と言っていた。父なりに君にしたことを反省しているんだ」


「はぁ……」


あのお父様が反省なさるとは、祖国の経済状態はよっぽど悪いらしい。


「……僕だって同罪なのに……」


「えっ……?」


「この国に来たのは、シャルロットを引き取る為だけじゃない。君に直接謝罪をしたかったからなんだ。すまなかった」


兄はおもむろに頭を下げた。


「君の母親が亡くなったあと、父が君の世話を放置しているのは知っていた。知っていたのに……僕は何もしなかった。本当に申し訳ない!」


お兄様に謝罪される日が来るとは思っていませんでした。


ついこの間似たような謝罪を、妹からもされた気がする。


妹のはフェルを誘拐するために私を油断させる為の演技だったけど、お兄様の場合はどうなのかしら?


国の為にとりあえず頭を下げてるだけとか?


「お兄様、頭を上げてください」


それでも、謝罪されて悪い気はしないのだから、私も相当のお人好しだ。


「祖国でされたことを全部許せるかと問われたら、今は『はい』とは言えません。ですが隣国は母が愛し、留まる事を決めた国。だからこれをお兄様に託します」


私は麻袋をお兄様に渡した。


「これは?」


「貧しい土地でもよく育つ植物の種です。妖精の加護のなくなったノーブルグラント王国はこれから大変だと思います。ですが、国民が飢餓に苦しむのは私の本意ではありません。なのでこれをお兄様に託します。使うか使わないかはお兄様次第です」


シャルロットに持たせようとたのだが、「お姉様の施しは受けないわ!」と受け取りを拒否されてしまった。


「あんなに酷い扱いをしたのに君は……ありがとう! この恩は生涯忘れない!」


お兄様はそう言って、ボロボロと涙をこぼした。


私には、嘘泣きだとは思えなかった。


お兄様とは、出会い方が違ければ、仲良くなれたのかもしれない。


今さら言ったところで、どうにもならないけど。


お兄様は、何度も何度も頭を下げて帰って行った。





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