第23話「囚われたフェル」
「フェル〜〜? どこにいるの〜〜?」
客間の準備が整った知らせが届き、妹はそちらに向かった。
妹と別れ離宮に戻ると、フェルの姿が見えない。
離宮の中をあちこち探したけど、見つからない。
「もうすぐおやつの時間なのに、どこに行ったのかしら?」
一人でお留守番させたことを怒っているのかな?
「王太子妃様、先ほどシャルロット王女の侍女が、参りました」
「シャルロットの侍女が?」
「このお手紙を王太子妃に渡すように、言付かりました」
クレアさんから手紙を受け取った。
妹は私になんの用かしら……?
「……!」
妹からの手紙を読んだ私は言葉を失った。
「王太子妃様、どうかされましたか?」
クレアさんが心配そうに声をかけてくれた。
「な、なんでもありません! 私あの……えーと、そう急用ができました! 畑に、お花を詰みに行って参ります!」
「王太子妃様……?」
クレアさんに怪しまれないように、私は離宮を後にした。
「シャルロット……これはどういうことなの?」
妹の客室に行くと、妹がソファーで寛いでいた。
「あら、意外と早かったわね。お姉様」
「フェルはどこ? フェルを返して!」
妹からの手紙には、【妖精は預かった。返して欲しければ、誰にも告げずに一人で客室に来い】と記されていた。
「騒ぎ立てないで下さい。妖精ならほらそこに」
妹の座っているソファーの後ろにテーブルがあり、その上に布で覆われた何かが置かれていた。
妹が視線で合図すると、彼女の使用人が布を取った。
テーブルの上には大きな鳥かごがあり、その中でフェルが横たわっていた。
心臓がドキリと音を立てる。
「フェル……! シャルロット、あなたフェルに何をしたの!」
「安心してください。眠っているだけです」
眠っているだけ……? 良かった生きてるのね。
「フェル、迎えに来たよ」
「動かないで、お姉様」
私が一歩踏み出したところで、妹に静止された。
「動くと妖精の命はなくてよ」
妹が合図をすると、彼女の使用人がフェルの首元にナイフを突きつけた。
「……!」
私の体から血の気が引いていく。
「妖精もわたくしたちと同じ、赤い血が流れているのかしらね?」
妹は小首をコテンと傾げた。
可愛らしい顔で、なんて恐ろしい事を言うのだろう。
「お願い! シャルロット! フェルを返して!」
「それはできない相談だわ。でも、お姉様がわたくしの言うとおりに動いてくれるなら、妖精の身の安全を保証して上げてもよくってよ」
「何を……言っているの?」
「お姉様、わたくし欲しい物があるの。お姉様が協力してくださるなら、妖精はわたくしの元で保護してあげるわ」
「欲しい物?」
「一つは妖精の加護ね。これは達成されたも同然ね。妖精はわたくしの手の中にあるのですから。間抜けな妖精で助かったわ。お菓子の匂いにつられてホイホイやってきて、睡眠薬入りのお菓子を全部食べてくれたの」
私のせいだわ。妹を信用してフェルの好物を教えたから、フェルがこんな目に……。
「わたくしはもう一つ欲しい物があるの。お姉様、譲ってくださる?」
譲る? 妹が欲しいのは私が持っているものなの?
「わたくしが欲しいのはレオニス殿下よ」
「えっ……?」
「レオニス様って、わたくしの理想のタイプなのよね。『殺戮の王子』なんて恐ろしい二つ名に騙されて、お姉様に譲ったことを後悔してるわ」
妹は悔しそうに顔を歪めた。
「レオニス殿下は元々、わたくしと結婚するはずだったの。レオニス殿下だって、平凡な容姿のお姉様より、国一番の美少女と呼ばれるわたくしの方がいいはずよ。だからお姉様、レオニス様をわたくしに返してちょうだい」
腹の底から怒りが湧いてきた!
レオニス様と結婚したくないと言って、私を身代わりとしてヴォルフハート王国に嫁がせておきながら、今になって返せだなんて!
「それはノーブルグラント王国の総意なの? このことをお父様やお兄様もご存知なの?」
「あの人たちは何も知らないわ。お父様もお兄様も、お姉様に頭を下げて妖精の加護を分けて貰おうなんて、情けない事を言っているのよ。お姉様に媚を売って生き残るなんてゴメンだわ!」
どうやら今回の事に祖国は関わってないようだ。
「お父様もお兄様も愚か者よ。妖精なんて、お姉様から奪ってしまえばいいのに」
「あなたの要求には従えないわ! フェルを返して!」
ゴメンね、フェル。
私のせいで危険な目に合わせて……。
妹にジャネットの事を訪ねた時、彼女は「そんなメイドは知らない」と答えた。
私はジャネットの職業を妹に伝えてない。
妹がジャネットの職業を知っている事が、妹が彼女を操っていた証拠だったのに……。
そんな事にも気づけないなんて……!
「言う事を聞かないなら、妖精を殺すわよ!」
妹の使用人が、フェルの首スレスレまでナイフを近づけた。
「やめて……!」
「ならわたくしの言う通りに動きなさい。お姉様は皆の前で『妖精は元々妹のものだった。妹のようにちやほやされたくて、嫁入りする時に妹から奪い取った』……そう言えばいいのよ」
「……!」
「『醜い私は王太子妃にふさわしくありません』……そう言ってレオニス殿下に離縁を迫るの。『心が清く見目麗しい妹こそ王太子妃にふさわしいわ!』……そう言ってわたくしを彼の後妻に推薦しなさい」
妹には人間の血が流れているの?
「そうすればこの国にも妖精の加護を与えるわ。言う通りにしないなら妖精を自国に連れ帰り、この国には妖精の加護を与えないわよ。せっかく豊かになり始めたのに、元の貧しい生活に逆戻りね」
妹は、どうしてこんな恐ろしいことが平然とできるのだろう?
この国の人達が元の貧しい生活に戻るのは辛い。
そんなことになったら、レオニス様もきっと悲しむ。
「ねぇ、お姉様。わたくしはお願いしているのではなく、命令しているのよ。何なら今ここで妖精の命を奪ってもいいのよ」
「フェルを殺したら、加護を受けられなくなるわよ」
なんとかフェルだけでも助けたい。
フェルを生かしておくメリットを伝えないと。
「わたくしは、お姉様だけが隣国でちやほやされて暮らすなんて耐えられないの! 妖精を殺して、祖国もこの国も貧しくしてやるわ! わたくしが不幸なのに他の誰かが幸せなんて許さないの!! 皆一緒に不幸になればいいのよ!!」
妹の目は血走っていた。
今の妹はまともではない。
このままでは本当にフェルが殺されてしまう!
それだけはだめ! フェルは家族同然の存在なの! 絶対に殺させない!
それに……フェルの加護がなくなったらこの国の人たちは……。
私に選択する余地は残されていなかった。
フェルごめんなさい。
妹の元でも幸せに生きて……。
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