第13話「王太子妃の様子が何やらおかしい?」王太子視点
数日振りに城に帰ると、城の様子がいつもと違った。
いつもは兵士も使用人も空腹でカリカリしているのに、その日は母親の側で居眠りをしている子犬のように、満足げな表情をしていた。
「どうした? 何かあったのか?」
侍従長に尋ねると、「王太子妃殿下からじゃがいもの差し入れがあったのです。それが大変美味しくて、皆久しぶりにお腹いっぱい食べれたこともあり、顔がほころんでいるのです」
「そうか」
隣国の国王は、愛人の娘であるアリアベルタ王女のことも大事にしていたのだな。
王女にじゃがいもを持たせていたのが、その証拠だ。
評判の悪い娘を押し付けられた……と、いう考えは改めた方が良いかもしれない。
「そのじゃがいもは、アリアベルタ王女が輿入れの際に祖国から持参したものか?」
それにしては、馬車にはそんなに大きな荷物がなかったような気がするが。
「クレアの話では、王太子妃がノーブルグラント王国から持ってきた種芋を庭園で栽培し、皆に配ったそうです」
「はっ? アリアベルタ王女が我が国に嫁いできてから数日しか経過していないぞ! いくらなんでもそんなに早く収穫できるはずがないだろう?」
王女に庭の使用許可をねだられたのが一昨日のことだ。
たったに二日で庭を畑に替え、じゃがいもを収穫したというのか?
あり得ない!
「クレアの話では、王太子妃が輿入れの際に持参した種芋は、隣国で特別に品種改良されたものだそうです。成長が早く、大寒波や水害や水不足に見舞われても、びくともしないとか。これで、隣国が毎年豊作な理由が分かりました」
「そうなのか?」
にわかには信じがたい話だが、隣国が毎年豊作なのは事実だ。
なんらかのからくりがあると思っていたが、品種改良の技術がそこまで進んでいたとは思わなかった。
だが仮にそうだとしたら、そのじゃがいもは他国に持ち出し厳禁のはず。
そんな貴重な種芋を持ち出したことが知られたら、王女といえどただでは済むまい。
彼女は危険を侵して、親や家族にも内緒で、こっそりと種芋を持ち出したことになる。
「侍従長、俺は彼女のことを誤解していたようだ。彼女は俺が想像していたよりもずっと、この国の民のことを、考えてくれていたようだな。彼女に礼を伝えねばなるまい。離宮に行く」
数歩歩いてから、俺はあることに気づいた。
モンスターの討伐中、奴らの返り血を沢山浴びた。それに汗もかいた。
このまま彼女のいる離宮に行くのは忍びない。
「その前に湯を浴びて着替えをしたい。用意はできるか?」
「はい。今すぐに」
侍従長が生暖かい目で、俺を見ていた。
「殿下も女性の前で、身だしなみを気にするようになられたのですね」
侍従長は、ハンカチで涙を拭っていた。
侍従長は俺をなんだと思ってるんだ?
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
侍従長に一番上等な服に着替えさせられ、髪を丁寧にセットされ、香水までつけられてしまった。
誰もそこまでしろとは言ってない。
「王太子妃には優しく接してくださいね。睨んではだめですよ。殿下はただでさえ顔が怖いのですから」
侍従長は、あれもだめ、これもだめと言って、俺を送り出した。
そんなに、俺の女性に対する接し方はダメダメなのだろうか?
数日振りに妻に会うだけなのに、何故か緊張してきた。
離宮までの距離が短く感じてしまう。
まだ彼女になんて伝えればいいのか、定まっていないのに……。
まずは今までの非礼を詫び、それからじゃがいもの礼を言って……。
そんな事を考えていたら、離宮に着いてしまった。
呼吸を整え、離宮のドアを叩いたが返事はなかった。
留守だろうか?
そのとき、庭の方から賑やかな笑い声が聞こえてきた。
この声はアリアベルタ王女のものだ。
どうやら彼女はいま庭にいるらしい。
もうひとり、彼女とは別の声も聞こえる。
メイドのクレアが来ているのだろうか?
それにしては、相手の声がやけに高い気がする。
まるで……小さな子供の声のようだ……。
数日前に見た時には荒れ果てていたはずの庭が、きれいに耕されていた。
畝の向こうに、子供くらいの背丈の植物が生い茂っていた。
たった数日で、庭をここまで手入れしたというのか?
彼女一人で?
「やっぱり、お庭で食べるのが最高ね。そう思わないフェル?」
「同感なのだ。お日様の下で食べる茹でたてのじゃがいもは格別なのだ!」
メイド服を着た小柄な女性が、ベンチに腰掛けていた。
彼女のポニーテールの茶色の髪が、風にゆらゆらとなびいていた。
彼女の膝の上には、緑の髪の小さな子供がいた。
メイド服を着た、少女の顔に見覚えはない。
だが、彼女の声と仕草を俺は知っている。
……アリアベルタ王女だ!
なぜ王太子妃である彼女が、メイド服を着ているのだろうか?
それに、彼女の膝の上にいる七歳ぐらいの少年は誰だ?
アリアベルタ王女は、熱々のじゃがいもをほふほふしていた。
そんな無邪気な仕草が、俺の胸を打つ。
彼女を見ていると、心臓の鼓動が早くなる。
「あっ、雀さんが来ているのだ!」
そのとき、畑の向こうの木に小鳥が止まった。
王女の膝に座っていた少年は、おもむろに立ち上がると、ふわりと体を宙に浮かせた。
思わず足が前に出てしまい、踏みつけた小枝がバキッと乾いた音を立てた。
「なっ……! 人が宙に浮いただと!?」
俺は思わず声を上げていた。
その声で、彼らは俺の存在に気づいた。
「……殿下!」
彼女が立ち上がる。
彼女が手にしていたじゃがいもが、ころりと地面に落ちた。
俺を真っ直ぐに見つめる彼女の翡翠色の瞳は、この国に嫁いでいたときと変わらず美しかった。
今はその目が驚きに見開かれている。
なぜ嫁いで来たときの彼女は、けばけばしい化粧をしていたのだろう?
白くきめ細やかな肌、桃色の艶のある唇……飾らない姿のほうが遥かに美しいのに。
「大変! フェル……姿を消して!」
彼女は緑の髪の少年に声をかけた。
「もう遅いのだアリー。王太子は完全に僕の姿を視認しているのだ」
フェルと呼ばれた少年は、姿を消すことなくふわふわと宙を舞い、彼女の腕の中に飛び込んでいった。
少年が何者か知らないが、俺の妻に気安く抱きつける関係なのはわかった。
それから、彼らが「アリー」「フェル」と、愛称で呼び合う関係であることも……。
なぜだか無性に腹が立つ。
俺は彼女に名前さえ呼ばれたことがないのに……!
「アリアベルタ王女、事情を説明して貰おうか?」
俺は彼女に「化け物」と恐れられていることを忘れ、彼女に詰め寄っていた。
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