第12話「結婚式と初夜」王太子視点



城までの道のりで、アリアベルタ王女とは一言も話さなかった。


向こうも「化け物」とは会話したくないだろう。


城に着いたとき、彼女に「明日は式だ、今日は休め」とだけ告げて別れた。




 



翌日の式でも、誓いの言葉は交わしたが、誓いのキスは交わさなかった。


彼女に顔を近づけ、「安心しろ本当にはしない。フリだけだ。化け物に触れられたくはないだろう? 俺もお前に触れたくはない」そう言って、口づけをするふりだけした。


彼女はゴテゴテした化粧に、ど派手なウェディングドレスを纏っていたが、ヴェールを取った時に見た彼女の瞳は、やはりあどけない幼子のようにキラキラしていた。


そのような瞳をした彼女に、魔物の返り血を浴びた俺はふさわしくない。


彼女の瞳を見ていると、心を奪われそうになるので、その後は徹底的に無視を続けた。


結婚式だけで披露宴はない。


彼女への意地悪ではなく、今の我が国にそんな余裕がないのだ。


初夜も当然、すっぽかそうと思っていたのだが……。


侍従長に「後々の遺恨になりかねません。顔だけでも出してください。夫として最低限の礼儀です」と言われ、離宮に追いやられてしまった。


夜も遅い。式からだいぶ時間が経っているし、彼女はもう寝ているはず。


彼女が寝ていたら、さっさと帰ろう。


そう思って寝室に行ったのだが、俺の予想に反し、彼女は起きていた。


「悪趣味だな」


ナイトドレスを羽織ってベッドに腰掛けている彼女の無防備な姿に、なんと声をかけたらいいのかわからず、気がつけばそんな言葉を口にしていた。


彼女は俺の言葉を聞いて、ムッとしていた。


「お越しになるとは思わず」


彼女はナイトドレスの裾を直した。


「侍従が煩いから顔を見に来ただけだ。すぐに帰る。お前も血なまぐさい俺に触れられたくはないのだろう?」


「それは……」


彼女は俺の言葉を否定はしなかった。


「心配するな。俺はお前の事を愛してないし、これから愛することもない。お前との間に子を作るつもりもない。お前はお飾りに妻として、離宮で大人しくしていればいい。いずれ時を見て離縁してやる」


「離縁」という言葉を口にしても、彼女に傷ついている様子は見られなかった。


むしろどこかホッとしているように見えた。


当然だ、誰が「化け物」の嫁で居続けたいものか。


「それだけだ」


俺はそれだけ言うと踵を返した。


「待って……!」


だが、思いがけず彼女に呼び止められた。


彼女が俺のそばに駆け寄り、俺の服の裾を掴んでいた。


彼女に触れられるとは思っていなかったので、動揺を隠せない。


「放せ、私に触れると汚れるぞ」 


彼女を振り払おうとしたが、彼女は俺の服を掴む手に力を入れ、離そうとしない。


「放しません!」


彼女の瞳が真っ直ぐに俺を見つめていた。


俺のことが怖くはないのか?


「そなたのことを、愛することはないといったはずだ」


冷たい言葉をかけ、突き放す。


「あなたの愛などいりません!」


彼女に断言され、ショックを受けたのは俺の方だった。


分かりきっていたことだ……。


彼女は俺を「化け物」と思っているのだ。俺からの愛情など欲しいはずがない。


ならばなぜ、彼女は俺に縋り付くのか?


子供か?


隣国の国王に「離縁するにしても、せめて一人は子供を作ってからにしろ!」と言われたのか?


「愛はいらないが子供だけは欲しいと言うわけか? 強欲だな」


「愛も子供もいりません!」


わざと意地悪な言い方をすると、きっぱりと言い切られてしまった。


わかってる……。


俺の愛情も、子供も必要ないのはわかってる。


泣いてない。


俺は泣いてないぞ。


俺は今までで一番苦しかったモンスターとの戦闘を思い出し、平静を保った。


あの時に比べたら、彼女の言葉など取るに足らない…………はず。


「なら、なぜ俺を呼び止めた?」


「庭を……」


「庭?」


「離宮の庭園を私に貸して下さい! あとガーデニング用品と作業着も!」


庭を貸して欲しいだと?


まさかそのような要求をされるとは思ってもみなかった。


「我が国では不作が続き、宮殿で働く庭師すら農業に従事している。だというのに道楽で花を育てたいだと?」


祖国を離れ、単身見知らぬ国に嫁いで来たのだ。


趣味のガーデニングぐらいしたいだろう。


ガーデニングぐらい許可してやりたいところだが、我が国の財政ではそれすら厳しい。


「言っておくが花にくれてやる肥料はないぞ」


「肥料はいりません。クワとスキとスコップなどの用具と、作業着を貸してくださればそれで十分です」


健気だな。


そうまでして花を愛でたいのか?


彼女の翡翠色の瞳が俺を真っ直ぐに見据える。


ひたむきな彼女の瞳から目が離せなかった。


「おかしな女だ。いいだろう。庭は好きに使え。道具はあとで届けさせる」


このまま彼女とふたりきりで寝室にいたらおかしくなりそうなので、俺は急いで部屋を出た。


そのあと、部下が王都の近郊にモンスターが出たと知らせに来て、俺は二日間モンスター討伐に明け暮れることになる。


モンスター討伐中は彼女と距離を置けたので、ホッとしていた。


モンスター討伐でもしていなければ、四六時中彼女の事を考えてしまいそうで、怖かった。



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