第10話「じゃが塩ほふほふ!」
「アリー! 起きるのだ! 庭を見るのだ!」
翌朝、夜が明けきらぬうちに、フェルに起こされた。
「ふぇ〜〜、もう朝、水くみして……朝食の準備をして……洗濯して……繕い物もしないとね……」
「寝ぼけてないで起きるのだ! 畑にじゃがいもの収穫に行くのだ!」
そうか、もう祖国にいたときのように、朝食の準備をしなくていいんだ。
昨日、種を撒いた植物たちが育っている頃だ!
私はネグリジェを脱ぎ捨て、作業服に着替えた。
クレアさんに新しい寝間着をお願いするのを忘れたので、未だにあの毒々しいデザインのネグリジェを着ている。
デザインはともかく、寝やすい。
王太子が離宮に来ることもないし、誰に見せる訳でもないので、このまま愛用してもいいかな。
ベッドから起きて、髪を結い上げ、作業着に着替える。
庭に行くと、青々としたじゃがいもの葉が一面に広がっていた。
庭の奥に作った果樹園には、腰の高さほどに育ったりんごやみかんの木が見える。
「さっすがフェルの魔法ね! 植物の成長が早いわ!」
「あったり前なのだ! 僕はそのへんの妖精とは格が違うのだ!」
「そうね、とっても凄いわ!」
私はフェルの頭を撫で撫でした。
「わーい、アリーに褒められたのだ!」
私に褒められたのが嬉しかったのか、フェルがふわふわと畑の上を飛びまわっている。
「さぁ、張り切ってじゃがいもの収穫をするわよ!」
「おーー! なのだ!」
「王太子妃様、朝食のご用意が……ひゃあっっ!!」
じゃがいもを半分ほど収穫したところに、クレアさんが来た。
いつの間にか、朝食の時間になっていたようだ。
収穫に夢中になっていて、気が付かなかった。
朝食の前には終わらせたかったのだが、思ったより手間取ってしまった。
「あっ、クレアさんおはようございます。今日の朝食のメニューはなんでしょうか?」
「僕、オムレツが食べたいのだ!」
フェルはクレアさんの気配に気づき、姿を消している。
「な、ななな……なんでじゃがいもの葉が茂ってるんですか!? だって、昨日畑を耕したばかりなのに……??」
クレアさんはじゃがいもの畑を見て、驚いているようだ。
「え〜〜と、ここの畑は特別といいますか……」
妖精(フェル)のことを抜きで、植物の急成長をどうやって説明したものか?
なんにも考えてなかったわ。
「も、もしかして……! ノーブルグラント王国のじゃがいもはめちゃくちゃ成長が早いんですか?」
「あ〜〜、え〜〜と……」
面倒だから、そういうことにしておこう。
「まぁ、そんなところですね……」
「やっぱり! 大寒波の年も、水害が起きた年も、水不足の年も、隣国の収穫量が変わらなかったのは、そういうからくりがあったからなんですね!」
大寒波、水害、水不足……? 私の知らないとこらで、そんなのものが起きていたのね。
「僕がいる国は作物の成長が早くなるし、作物が丈夫になるのだ。寒波や水害や水不足程度では、びくともしないのだ!」
フェルが腰に手を当てて「えっへん」と言った。
もしかしてフェルって、祖国の農作物に多大な影響を与えていたのかしら?
そんなことより、今はじゃがいもの収穫だ!
それが終わったら、また種芋を植えなくてはいけない。
「クレアさん、朝食の前に収穫を終えたいんです。手伝って貰ってえますか? 収穫したじゃがいもを、お城のみんなに食べていただきたいです。この畑で育ったじゃがいもは、すっごく美味しいんですよ!」
「じゃがいもの美味しさは、僕が保証するのだ!」
クリアさんはうつむいたまま、体をぷるぷると震わせていた。
やっぱり無理だったかな? お城のメイドさんに畑仕事を手伝わせるなんて……。
「王太子妃様! わたし今日まで王太子妃様のこと誤解してました!」
顔を上げたクリアさんの目には、涙が光っていた。
まずい、泣かせてしまった!
泣くほど農作業をするのが嫌だったのかな?
「王太子妃様は、隣国でちやほやされて育った金遣いの荒く、使用人に乱暴を働く方だと聞いておりました。でも、間違っていました! 自国から門外不出の種芋を持ち出し、食糧難にあえぐ我が国の為に、自らクワを持って畑を耕すんなんて! 王太子妃様は誰よりも、尊いお心の持ち主だったのですね!」
え〜〜と、私ってそんなに凄い人だったのかな?
横にいるフェルを見ると、ぶんぶんと首を横に振っていた。
そうだよね、私はただの普通の女の子だもんね。
「じゃがいもの収穫ですね! 喜んでお手伝いいたします!」
言うが早いか、クレアさんはメイド服のまま、畑に入っていった。
「まぁ、いっか。手伝ってくれるならなんでも」
私はクレアさんと共にじゃがいもを収穫した。
収穫したじゃがいの一部を、包丁でカットして、また畑に植えた。
フェルが畑に魔法をかけていた。これで明日もじゃがいもを収穫できるわ。
そんなことをしていたので、朝食の時間がかなり遅くなってしまった。
今日の朝食はスクランブルエッグと、かぼちゃのスープとふかふかの白パンだった。
すっかり冷めてしまった朝食を、「シェフの方、温かいうちに食べられなくてすみません。残さず食べるから許して下さい」と、謝ってから、フェルと一緒に美味しく頂いた。
朝食の後は、クレアさんと二人で大鍋でじゃがいもを茹でた。
フェルが私達に体力の上がる魔法をかけてくれたので、バリバリ働ける。
茹で終えたじゃがいもを、クレアさんに見つからないようにこっそりとフェルに渡した。
フェルのおかげでじゃがいもが収穫できたので、フェルには一番に食べてもらいたい。
フェルは「やっぱりアリーと一緒に育てたじゃがいもが一番なのだ!」と言いながら、ほふほふしながら熱々のじゃがいもを頬張っていた。
「クレアさんも一つ食べてみてください」
「えっ? よろしいのですか?」
「ほら、私このお城に来て日も浅いですし、お城での評判も良くないので、私が作ったじゃがいもを、お城の人が食べてくれるか少し不安なんです。でもクレアさんが『美味しい』って太鼓判を押してくれたら、お城の皆さんも安心して食べてくれると思うんです」
「そういうことでしたら喜んで!」
クレアさんはじゃがいもを一つお皿に取ると、お塩を一振りして、口に入れた。
「はふはふっ……! こっ、これは……! い、今まで食べたどのじゃがいもより美味しいです! じゃがいもの革命です! じゃがいも界の王様です!」
そこまで、褒められると、照れくさくなる。
「お城の皆さんも喜んでくれるでしょうか?」
「喜びます! 絶対に喜びます! 王太子妃様が愛情を込めて育てたじゃがいもを、食べないと言う不届き者がいたら、無理やり口に詰め込んでやります!」
クレアさんが、仲間になってくれたので心強い。
「では、私は離宮のキッチンでじゃがいもを茹でますから、クレアさんは、茹で上がったじゃがいもを使用人の方々に配ってきてください。お昼どきなので、食堂で出すのも良いかもしれませんね」
本当は使用人の方々を離宮に呼べればいいのだが、流石に王太子のいない時に、沢山の使用人を離宮に呼ぶのは不味い。
「王太子妃様が精魂込めて作られたじゃがいもです! 命に変えても。食堂に届けます!」
いや、命はかけなくていいですから。
食事用のカートに茹でたじゃがいもをたくさん乗せて、クレアさんは元気よくカートを押して本城に向かった。
フェルの体力を上げる魔法が、クレアさんには効きすぎたのかもしれない。
そのあと、お城から「じゃがいもの革命だ〜〜!!」「いくらでも食べられる〜〜!!」「ほっぺが落ちる〜〜!!」という叫び声が聞こえて来たので、フェルの育てたじゃがいもは大好評だったようだ。
その叫び声を聞いたフェルは「当然なのだ!」という顔をしていた。
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