第8話「美味しい朝食」
翌朝、ジャネットが起こしに来ないので自分で支度をした。
ジャネットがいる間は、とりあえずゴテゴテしたドレスを身につけておこう。
あのけばけばしいメイクを自分の顔に施すのは憂鬱だが、ジャネットが国に帰るまでの辛抱だ。
リビングでは、ジャネットが荷造りをしていた。
「アリアベルタ様が初夜に王太子に愛されなかった現場を抑えたので、国に帰ります。夫に愛されず、お飾り妃にされた挙げ句、数年後には離縁されるなんておかわいそうに」
口では「おかわいそうに」と言いながら、ジャネットの口角は上がっていた。
それにしても、昨日の寝室でのやり取りをやけに具体的に知っているわね。
隣の部屋の壁にコップを当てて聞き耳でも立てていたのかしら?
「このことを報告をしたらあの方もきっとお喜びになりますわ。特別ボーナスももらえるかも」
ジャネットは私の推測したとおり、誰かに命令されて私に嫌がらせをしていたようだ。
「では、ご機嫌よう。あっ、そうそう結婚式で使用したアクセサリーは持ち帰るように言われていますのであしからず。輿入れの際に身につけて着たドレスと、ウェディングドレスと、ナイトドレスはがさばるので置いて行きますから、そのままご使用下さい」
ジャネットは嫌味な笑みを浮かべそう言った。
「国からついてきた騎士たちもわたしと一緒に帰国します。今日から王女様お一人ですね。みんなに嫌われているこの国で、せいぜい頑張って下さいね」
ジャネットはそれだけ言うと、鼻歌を歌いながら部屋から出ていった。
「意地悪メイドが国に帰ったのだ!清々するのだ!」
フェルが半透明な姿から、いつもの姿に戻った。
フェルもずっと姿が見えなくなる魔法を使っていて、疲れたのだろう。
気兼ねなくフェルとおしゃべりができるわ。
「意地悪メイドの頭に、熟した果が物落ちてくる魔法をかけてやるのだ!」
「落ち着いてフェル、果物がもったいないわ」
フェルにはそう言ったけど、ジャネットがいなくなって、ホッとしているのは私も同じだ。
「さぁ、朝ご飯を食べたら畑仕事をするわよ!」
「待ってましたなのだ! …………でも、ご飯はどこなのだ?」
「あっ……」
クレアさんの一昨日の反応を思い出す。
食べ物を粗末にする王太子妃のところには、誰もご飯を運んで来ないかもしれない。
そうなると、じゃがいもの収穫を待たなくてはならない。
今から庭を耕して種芋を植えれば、明日には収穫できる。
幸い離宮には小さいがキッチンがついている。簡単な調理ぐらいはできるはず。
「じゃがいもの収穫をするまで、水だけで我慢するしかなさそうね」
「え〜〜〜。いやなのだ〜〜。久しぶりにひもじいの〜〜」
「ごめんね、フェル。明日まで待って」
フェルを植えさせないためにも、急いで庭を畑に変えなくては!
そのときリビングの扉がノックされる音がした。
フェルは慌てて自身の姿を消す魔法を使った。
「はい。どなたですか?」
「失礼いたします」
私が返事をすると、クレアさんが入ってきた。
クレアさんはカートを押していた。
カートからは良い香りがするので、おそらく中身は朝食だろう。
「朝食の時間になっても、王太子妃様付きのメイドが食事を取りに来ないので、わたしがお食事をお持ちしました」
カートには銀製の蓋がかけられていて、中身はわからない。
でも、とっても美味しそうな香りがする。
「昨日、王太子妃様付きのメイドに、宮殿までお食事を取りに来るようにお伝えしたはずです。彼女はどこにいるのですか?」
クレアさんが部屋の中をキョロキョロと見回す。
「ジャネットのことですか? 彼女なら国に帰りました」
「えっ?」
「元々ジャネットは、結婚式が終わったら帰国する予定だったので」
「では、王太子妃様のお世話はどなたがなさっているのですか?」
「誰もしていません」
「はっ?」
「心配しないでください、身の回りのことは自分でできますから。お食事も今日から私が自分で取りにいきます。何時に、どこに伺えばいいですか?」
クレアさんが、驚いた顔で、私を凝視した。
私の顔に何かついているかしら?
「王太子妃様が自ら着替えや髪のセットをし、食事の給餌までなさるとおっしゃるのですか?」
「そうです。母国でもそうしていましたから、慣れています」
「ええっ?」
「でも、祖国から着てきたこのドレスは少し動きにくいです。普段遣いの動きやすいドレスを貸して頂けませんか? メイド服でも構いませんよ。その方が掃除やお洗濯もしやすいですから」
祖国から持ってきたのはゴテゴテしたドレスと、けばけばしいウェディングドレスと、毒蛾のようなデザインのナイトドレスだけ。
どれも日常生活を送るには不向きだ。
お母様のドレスもあるけど、形見の品なのでなるべく汚したくない。
「はいっ?」
「それと、昨夜王太子殿下からお庭の使用許可をいただきました。農作業用の服と、鍬や鋤や鎌やスコップなどの道具を貸して下さい。場所を教えて頂ければ、私が自ら取りに行きます」
「ゑっ?」
クレアさんがキョトンとした顔をしている。
「アリー、僕お腹が空いたのだ」
フェルが私の服をちょいちょいと引っ張る。
フェルは姿を消しているので、フェルの声はクレアさんには聞こえない。
「そうね。まずはお食事にしましょう」
「王太子妃様、いまどなたとお話になられていたのですか?」
「いえ、独り言です。オホホホホ」
私は笑ってごまかすことにした。
「今日の朝食は何かしら?」
私は話を逸らすことにした。
昨日食べたふわふわの白パンがあるといいなぁ。私はわくわくしながらトレイの蓋を開ける。
「以前と同じです。白パンと野菜サラダと野菜のスープとオムレツです。ノーブルグラント王国では、王族の食卓に上がるようなものではなかったかもしれませんが、我が国ではこれでもご馳走なのです。わがまま言わないで食べてくださいね」
「ぷるぷるのオムレツ、白くて柔らかいパン、具だくさんのスープ、野菜サラダもついている……! これ全部食べていいんですか?」
瞳をキラキラさせてクレアさんに尋ねると、クレアさんが若干引いていた。
「……どうぞ」
「わーい、ご馳走なのだ!」
フェルが私の横ではしゃいでいる。
でも困ったわ。クレアさんがいると、フェルとご飯を半分にできない。
「食べ終わった食器は私が宮殿に戻します。クレアさんはお仕事に戻って下さい」
「そういう訳には参りませ。王太子妃様に食事の後片付けをさせるなど」
うーん、なんとかクレアさんに退室して貰わないと、フェルと一緒にご飯を食べられない。
「そうだ! ならこうしましょう? クレアさんは、私が食事をしている間に、メイド服と農作業用の衣服を用意して下さい。食事のあと、すぐに農作業に取り掛かりたいのです」
「わかりました。では一度退席させて頂きます」
クレアさんは、お辞儀をしてから部屋を出ていった。
ふーー、これでフェルと二人で食事を楽しめる。
「アリー、早くご飯にしようなのだ!」
フェルがトレイに乗った食事を見て、目をキラキラさせている。
「そうね、クレアさんが戻って来る前に食事を済ませてしまいましょう」
実を言うと、私もお腹がペコペコだったのだ。
トレイの上の食事をテーブルに並べる。
「「いただきま〜〜す」」
「ん〜〜! この白パンのふわふわの肌触り、最高だわ! オムレツも美味しい〜〜! 卵料理を口にするなんて何年ぶりかしら?」
「この野菜スープもなかなかなのだ! でも僕が育てた野菜ほどではないのだ」
「そうね、フェルの育てた野菜は天下一品ですものね。早くこの国の人たちにも食べてもらいたいわ」
幸せな食事の時間はあっという間に過ぎてしまった。
食事が終わった頃、クレアさんが戻ってきた。
彼女は何枚かの衣服を抱えていた。
「クレアさん、お食事ご馳走様でした。とっても美味しかったです」
私は満面の笑顔でお礼を伝えた。
「今日は、召し上がられたのですね」
クレアさんが、テーブルの上の食器に目を移す。
「私がちゃんと料理を食べたかどうか、どうかわかるんですか?」
「皿を見ればわかります。捨てたのか、召しあがったの違いぐらい」
出来るメイドさんはそんな事もわかるんですね。
「今日からは毎日、美味しくいただきます。絶対に残したり捨てたりしまけん!」
「そうですか、食事が無駄にならなくてよかったです」
クレアさんは、少しだけ嬉しそうだった。
「王太子妃様に頼まれていた衣服をお持ちしました。作業用の道具は玄関の脇に置いてあります」
「ありがとうございます!」
私は席から立ち上がり、クレアさんから衣服を受け取った。
「ここのメイド服のデザイン可愛いですね! しかも新品なんですね!」
クレアさんに用意してもらった黒のワンピースと、白のエプロンを広げる。
この服を着たら、お部屋のお掃除がはかどりそうだわ。
クレアさんは、黒の歩きやすそうな靴も用意してくれたみたい。ありがたいわ。お掃除やお洗濯が捗りそうだわ。
「こっちは作業着ですね! 動きやすそう!」
作業着は白の長袖のシャツと、茶色のズボンと、黒の長靴だった。手袋もついていた。
「本当に、そのようなお召し物でよろしいのですか?」
「ええっ! とっても助かります!」
にこにこと笑って答えると、クレアさんが訝しげな顔で私を見つめていた。
「さぁ! お食事の後片付けを済ませたら、早速畑仕事に取り掛かるわよ!」
「おー! なのだ!」
私が拳を握りしめて天井に向かって突き上げると、フェルも真似をした。
「食事の後片付けは、わたしがします」
「ありがとうございますクレアさん!」
「昼食の時間に、また参ります」
「ええっ!? 朝食と夕食の他に昼食も出るんですか? リッチ! 楽しみにしてます!」
私は思わずクレアさんの手を握ってしまった!
三色も用意してもらえるなんて、ここは天国かしら?
「昼食程度で騒がないで下さい。おかしな方だわ」
クレアさんは眉をしかめ、食事が乗っていたカートを押して部屋を出ていった。
昼食が出る嬉しさに、思わず浮かれてしまった。
この国が今、食糧難であることを忘れてはいけない。
「たくさんじゃがいもを作って、お城の人も、城下町の人も、お腹いっぱい食べさせてあげましょう!」
「楽しみなのだ!」
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