第2話「妖精との暮らし」



私の名前はアリアベルタ・ノーブルグラント。


父は国王で、母は平民出身で陛下の愛人だった。


最も母は父の愛人になるつもりなどなく、カフェで働いているとき熱心に声をかけてきた、お忍び姿の父に惚れ、まずしくとも温かい家庭を築こうと思っていた。


蓋を開けてみれば、父は国王で、父には正室と正室の間にできた子供がいて、母には愛人の地位と庭付きの離宮での窮屈な暮らしが与えられた。


そのとき母はすでに私を身ごもっていたので、城を出ることはできなかった。


父が離宮を訪ねて来ることはほぼなく、離宮で育った私の世界には、母しかいなかった。


人間では……。


母は私を沢山愛してくれたし、母が生きている時は食事や衣服が提供され、望めば本や勉強道具も与えられた。


離宮から出れない不自由はあったけど、母が生きている時は幸せだった。


母が亡くなったのは、八年前、私が十歳の時。


母が亡くなった日も、父が離宮を訪ねて来ることはなかった。


それから離宮には、ほとんど何も提供されなくなった。


日に三度届いていた食事は二日に一度になり、服や本のたぐいは一切届かなくなった。


身体が成長するにつれ、子供の頃に貰ったドレスでは窮屈になった。


仕方なく母が生前着ていたドレスを直して着ている。


母が生きているときには柔らかいパンや、温かいスープや、ふわふわのオムレツが出ていた。


母の死後提供されるのは、カチカチのパンと、腐りかけの果物と、生のじゃがいもだ。


それでも私は今日まで生き抜いてきた。


彼が側にいてくれたから。


「アリー、国王の話はなんだったのだ?」


「ただいまフェル。私、隣国の王太子に帰ぐことになったわ」


「ええっ!? 何なのだそれ? 話が急すぎるのだ!」


「明日の朝にはここをたたなくてはいけないの。それまでに荷造りしないとね」


「王族はいつでも勝手なのだ!」


彼の名前はフェル、本当の名前はフェリックス。


母が村を出る時連れてきた妖精なの。


フェルは初夏の植物のような鮮やかな緑色の髪と瞳の、七歳ぐらいのあどけない少年の姿をしている。


顔立ちはとても可愛らしく、瞳はくりくりと大きくて、肌は白く、ほっぺはぷにぷにしている。


母の育ったのは遠い大陸の山奥の村。


その村は妖精と共存している村で、一人に一匹妖精がついていた。


村の人間は外に出ることが禁じられていたけど、母は外の世界が見たくて、フェルを連れて旅に出た。


いくつもの山を超え川を超え、船に乗って大陸を超え、何年か旅をして、ノーブルグラント王国に落ち着いた。


王都のカフェで給餌のお仕事をしていた時、父に見初められた。


フェルは、母が亡くなった後も私についてくれている。


フェルのおかげで、母が亡くなった後も寂しくなかった。


それにフェルの能力のおかげで飢えずに済んだ。


フェルには作物の成長を促進する能力を持っていて、じゃがいもなら一日、りんごやみかんなどの木になる植物なら種から植えて一ヶ月で収穫できる。


腐ったりんごから種だけ取り出して、水で洗った物を天日に干して、畑に蒔くとよく育つのだ。


離宮のお庭と、フェルのおかげで、いままで生きて来られた。


フェルは他にも姿を消したり、飛んだりも出来る。


「そう言わないでフェル。私ちょっとだけわくわくしているの。お城の外に出られるのですもの」


「アリーはずっと離宮で暮らしていたので、外の世界を知らないのだ。気の毒なのだ」


外の世界ってどんなところなのかしら?


外の世界の情報は、お母様から聞いたお話と、本で得た知識のみ。


実際に目にする世界はどんなものなのか、少なからず興味がある。


隣国のお城にも庭があるかしら?


あるのだとしたら、そこで植物を育てたいわ。


「一時間後にメイドが呼びに来るの。湯浴みをしたり、髪を梳かしたり、ドレスの採寸をしたり、色々と忙しいみたい」


それまでに荷造りを済ませなくてはいけない。


「畑の作物を収穫している時間はないわね」


窓の外に見える果樹園にはりんごやみかんや桃がたわわに実り、畑にはじゃがいもの葉が茂っていた。


「種芋用に取っていたものと、いざという時の為に天日干ししていた種を持っていきましょう」


母が嫁入りする時に持ってきた、小さなトランクを二つ取り出し、片方に母の形見のドレスを、もう片方に種芋と植物を種をしまった。


「この果樹園とさよならするのは寂しいわ」


誰にも収穫されない果物が哀れに思えてきた。


「心配ないのだ。果物は鳥さんたちが代わりに食べてくれるのだ。じゃがいもだって他の動物が食べてくれるのだ」


「そうね」


りんごの木にスズメが止まり、果実をつついているのが見えた。


その光景を見て少しだけ、ほっこりとした気持ちになった。


「フェルは私と一緒に来てくれる?」


「絶対に一緒にいくのだ!置いてけぼりなんていやなのだ!」


「ありがとう。フェルが一緒なら、どこに行ってもやっていけるわ」


フェルと一緒なら百人力だわ。


そのとき、部屋のドアがノックされた。


「王女様、お時間です」


メイドが呼びに来たようだ。


「はーい。いまいきます」


返事をしたあと、小声でフェルに話しかける。


「フェル、他の人に見られると面倒なことになりそうなの。隣国につくまで、ううん、安全なところにつくまで姿を消してくれる」


「わかったのだ」


フェルは大きくうなずいて、姿を消した。


私の目にはフェルの姿が透き通って見えた。


「これで、アリー以外には僕の姿は見えないのだ」


「王女様、お支度はまだですか?」


私を呼びに来たメイドが部屋の中にはいってきた。


「いま、終わったわ。母にお別れを言っていたの」


「さようですか」


彼女には、フェルの姿は見えないようで、「先に外で待ってます」と言って、部屋から出ていった。


フェルを見られなかったことにホッと息をつく。


フェルの存在は母と私だけの秘密だった。


父すらも彼の存在を知らない。


妖精目当ての人に利用されないように、フェルの存在を内緒にするように、母に何度も言われていた。


「僕の魔法は完璧なのだ」


「そうみたいね」


姿が消せるのなら、フェルが誰かに見つかることはないだろう。


「それにしても失礼なメイドなのだ。部屋の主に許可なく部屋に入ってきて、荷物も運ばないのだ」


「誰かに期待してはだめよ。お母様がなくなってからここの人たちはいつもこうでしょう?」


「アリー以外の城の人間は嫌いなのだ」


フェルは頬を膨らませ、プンプンと怒っている。


彼は私より遥かに年上なのだが、見た目通り、中身はお子様なのだ。


彼の明るさにどれだけ励まされたかわからない。


お母様と暮らした離宮とも、今日でさよならね。


「お母様、私、隣国の王太子に嫁ぎます。どうか隣国に行っても見守っていてくださいね」


私は母と過ごした隣国に別れを告げ、トランクを持って外に出た。



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