12 兵どもが夢の跡



「全く、お前たちは何でこんなところにいるのよ」


 背後の頭上より降り注ぐキャロのため息。

 一体何事かと振り向けば、狂気的な空を背景に最初期の白い宇宙服を着たキャロが宙を舞っていた。恐らくは身体強化的なあれだろう、その体は体育の時に見た白い光に包まれている。


「な、何でここにキャロがいるんだ? 仕事を手伝ってるんじゃないのか?」


 狼狽するひなたたちにも、キャロは言葉を返さない。

 そのまま音もなく俺たちの目の前に降り立つと、彼女は睨むように公園中央の人の方へと目を向けた。

 

 その様子、やっぱり何か知ってるんだよな? この状況は一体なんだ? 

 聞きたいことは山ほどあった。それでもまずは目の前の奴を何とかせねばなるまい。


「どうやらあいつが敵の大将みたい。

 わたしも砲撃で出来るようになったし、二人で力――」


「――何を勘違いしてるのよ。

 言ったはずなのよ、私はお前の助けなんか必要ないって。お前はそこで指をくわえてみていればいいのかしら」


 しかめっ面のまま、キャロはSFチックな銃を大将へと向ける。

 その尖った銃口から放たれた極太の白い光線が一瞬で数百メートルの距離を突き進み、大将の頭の吹き飛ばした。

 強力なダメージを受け、あの時の落ち武者のように崩壊しかける大将。しかしてその欠損部分は、オオオオオという叫び声と共に急速に修復されていく。

 やがて、五体満足になった大将が濁った瞳でこちらを見止めた。


「だ、駄目じゃねえかっ。

 敵にも見つかっちゃったし、どうするんだよ、これっ!?」


「こ、こんな強力な幻想体知らないのよっ。

 ああ、もうっ。レーザー銃すら無駄撃ち出来ないのにっ」


 舌打ちを零し、何度も光線を放つキャロ。

 一方の大将は強力な回復力を盾にして、被弾覚悟で愚直に突っ込んでくる。被弾と回復を繰り返しながら地面を滑るそれに、両者の距離はあっという間に近づいて――


「っごめん」


「きゃ」「おおっ」


 ――ひなたと志穂を連れ、後ろの木へと退避する。

 強度がありそうな枝の上に乗り、目を白黒させる二人を下ろした。奴らに木登りの能力はないようだし、下よりはこっちの方が安全だろう。


「……きゃ、キャロちゃん凄いね」


「まるでアニメみたいだな」


 二人の感嘆通り、眼下ではキャロと大将が熾烈な激闘を繰り広げていた。

 俊敏な動きで刀を振る大将と、その小さな体躯をしなやかに動かして敵の攻撃をかわし、光線を当てていくキャロ。

 さりとてこの均衡は狙ったものじゃないのか、キャロの表情に焦りの感情が募っていく。


「なあ、俺に出来ることはないのか? 多分陽動位なら――」


「うっさいのよ、奴隷っ。

 さっきの言葉が聞こえなかったのかしらっ」


 銃身で大将の刀を受け止めながら、強情にもそう叫ぶキャロ。


 ど、どう考えても苦戦してるじゃねえか。ほら、頬に切先が当たって血が出てる……。

 ここから砲撃するか? いやでも同士討ちフレンドリーファイアになる可能性の方が多分高いんだよなあ。

 いくら異常な身体能力があるとはいえ、思考能力はただの一般なのだ。あの攻防の中で足を引っ張らず付いて行けるとは到底思えない。


「な、なああれ。

 よく分かんないけど、あそこで倒れてるみんなからエネルギーを補充しているんじゃないか?」


「あー……」

 

 ひなたが遠慮がちに指さしたのは、陣幕で倒れる住民たちから対象へと伸びる赤色の靄。回復の度に肥大化して奴の全身を覆っていたような気がするし、なるほど確かにありそうな話だ。


「受け取れ、なのよっ」


 キャロに確認しようとした刹那、刀を弾き飛ばした彼女に何かを投げ渡される。

 それは非接触式の体温計のような見た目をした謎の機械だった。


「幻想体は星核を通して人間の感情をエネルギーに変えているのよ。

 捕虜の近くにある星核――青い水晶にそいつを当てれば、こいつもかなり弱体化するかしらっ」


「……なるほどな」


 どうやらひなたの仮説は正しかったらしい。

 受け取ったそれを手の中で弄びながら、半目でキャロを見下ろす。


「それと奴隷っ、お前の砲撃は5発が限界なのよ。

 それ以上撃てばお前の充電が切れる、分かったかしら?」


「了解。……全く、めんどくさい奴だな、キャロは」


「ナナを奪いやがったお前には、言われないのよっ」


 さもありなん。そう言われた俺は何も言えないな。

 背後で不安そうに眉を寄せる二人に「それじゃ、行ってくる」と声をかけると、俺は公園中央の陣幕の近くへと降り立った。


 かちゃかちゃかちゃ。

 外敵の襲来に気付き、一斉にこちらに体を向ける落ち武者たち。


「さて。強情なご主人様のためにも、せめてお使いくらいはこなしてみせますかね」

 

 恐怖に震える体に鞭を打つように口角を上げ、俺は右手の銃を展開させた。










「お、終わったああああ」


 周囲を覆っていた赤い幕が解け、付近一帯に青い光を降り注いでいくのを見て、俺は思わず地面に倒れ込んだ。

 

 きっつかったなあ、いやほんとに。

 なんというか気分はあれだ。銃弾有限かつ一度でも被弾したら終わりの鬼畜ゾンビゲームでもプレイしてる感じだったな。


 横目で見えるのは、上部にプロペラが付いた巨大な機械を弄るキャロの姿。

 プロペラによって今もまき散らされている青い光は、対象の記憶を操作する例のあれ。それに触れた人間は数分の睡眠の後、落ち武者騒動とは全く別の記憶が植え付けれるらしい。志穂とひなた含め、ここに連れてこられた人たちもいい感じに整合性が取れるようにするとのこと。

 なんだか寂しい気がするけど、まあそれが彼女たちにとって一番だろう。


 因みにアンドロの俺は青い光の影響を受けないらしい。

 今も志穂たちとの逃避行から最後の決戦までバリバリに覚えていた。


「なあ、この騒動は何だったんだ?

 まさかこれも地球侵略の一環なのか?」


「何で私が奴隷のお前に言わなきゃいけないのよ」


「おいおい流石にそりゃあないだろ。

 もし今回俺がいなかったらどうしていたつもりだよ?

 それに命令コマンドとやらを使わなかったことは、多分戦闘に耐えられるようなものじゃないんだよな?

 だったらキャロのためにも尚更ここで俺の仲間にしておいた方がいいと思うぜ?」


 俺の提案に、思いっきり眉を歪めて黙るキャロ。

 重い重い沈黙の後、一理あると思ったのか、はあと嘆息した。


「……分かったのよ。それで何を聞きたいのかしら?」


「いや、だから落ち武者やら大将やらは何だったのかって。

 ひなたたち曰く、大昔に死んだ武士に似ていたらしいぞ?」


とある・・・事情でUFOに積んでいた星核が各地に散らばってしまったのよ。

 上手く使わなければ、星核は人間たちの感情を引き金にして、超常を引き起こす。

 その武士とやら相当無念だったのかしらね。死して尚その魂は何百年も残り続け、丁度星核を手に入れたことで今一度生を謳歌しようと現出したのよ」


「……つまり、星核とやらは大昔の武士の無念を晴らそうとした、と?」


「そういうことなのよ」

 

 なるほど、ねえ。

 正直全く以て信じたくないけど、キャロが嘘を言っているようには見えないし、信じるほかないだろう。それに死んだ魂の無念を叶えようとしたというのは俺の仮説・・にも合致する。


「一つ、聞いてもいいか?

 このアンドロイドの体にも星核は使われているのか?」


 若干視線を彷徨わせながら、キャロが小さく頷く。


 ああ、そうか。やっぱりだ。

 ずっと違和感があったんだ。何も思い出せない記憶、この体への異常な執着、そして極め付きはあの黒い影。


『何の因果か、彼女ーーナナとお前は融合してしまった。いえ憑依といった方が近いかしら。ナナの体にお前の魂が入ってしまった』


 キャロの言葉は本当に文字通りの意味だったのだ。

 キャロは宇宙人的な力によって俺の元の体はなくなったと言っていたけれど、本当は違う。最初からそんなものなかったのだ。



「あの時、俺は既に死んでいたんだな」



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