11 手の鳴る方へ
「はあ、なんでこんな事になってるのよ……」
空ヶ丘市の住宅街の一角。
眼前に広がった赤色の幕――結界を前に、征服官
パートナーを原住民に奪われるアクシデントに始まり、原因不明の母船の爆発により星核が周囲に飛散するなど、彼女にとっての想定外が続いていた。
もしこれが彼らの仕込みだとしたら、その鼻っ面をへし折ってやりたい気分だ。
ただそれでも尻尾を撒いて逃げ帰るわけにもいなかった。血反吐を吐くような努力をしてここまで来たのだ。今踏ん張らずして何とする。
とにもかくにもまずは、とキャロは目の前に広がる結界を見据えた。
超常を司る星核にも限りがあるし、自分のせいで原住民の命が失われたなんてことがあったら間違いなく失格だ。可及的速やかにこの現象を解決せねばなるまい。
ついでに言えば、向こうにパートナーを奪ったあいつの気配があるのも意味が分からなかった。どうせ役に立たないから遠ざけていたのに、今はその渦中にいるとは本当にどうなっているのか。
「ああ、もう。全部終わったら説明してもらうのかしらっ」
湧き上がる憤怒のままに、レーザー銃をぶっつぱなす。
衝撃音共に、人一人は入れるだけの穴が開く結界。キャロは小さく息を吸い込むと、超常が支配するその中へ足を踏み入れた。
「ど、どうするんだぞ?」
俺たち三人の周りを囲む数十体の落ち武者たち。
狭い路地の前後は不気味な動きで佇む彼らによって完全に固められ、逃げ場などないに等しかった。
こうなったら仕方ない。一か八か、わたしが囮になるから二人はその間に逃げて。
そう言おうとした瞬間だった、突如落ち武者たちの後ろに黒い影が現れたのは。
文字通り地面から生えてきた人型のそれは、その貧相な体で近くの落ち武者に殴りかかった。こてり、とあっさりと転倒する件の落ち武者。
それと同時に他の落ち武者たちが一斉に黒い影へと
「な、何が起こってるんだ? 例の噂の奴、だよな?
あいつはこいつらの仲間じゃないのか……?」
困惑する二人を横目に、俺は一人奮闘する彼の姿から目を離せないでいた。
妙な親近感を覚えたから? それとも望外の幸運に驚いているから?
いや、違う。これはそんなヤワなもんじゃない。寧ろ――
「い、今のうちに逃げるべきじゃないかな?
何か仲間割れ? してるみたいだし……」
志穂の控えめな提案に、思考が現実に戻る。
確かに彼女の言う通りだ。
黒い影の方が脅威だと認識したのか、落ち武者たちの意識は完全にそちらに向き、後ろ側の包囲は大分緩まっている。
「ちょいと失礼。
二人ともわたしにしっかり捕まってて」
いつの間にか銃に変消していた右手も元に戻っている。
両脇で志穂とひなたの二人を抱えると、足をバネのように動かして勢いよく空に飛びあがった。強い抵抗と共に、足が完全に地面を離れる。
「お、おおっ」「ほ、ほんとにロボットだったんだ……」
腕の中で歓声を上げる二人。眼下に広がる空ヶ丘市の全景。
見れば、付近一帯が何か赤い幕のようなもので覆われているようだった。空だけではなく、一定の範囲から先の地面も赤く染まって見える。
俺たちの立っていたすぐ後ろの地面も真っ赤だ。
位置的に境界部分で例の謎現象が起こるのだろうか? だとしたら何処に向かえばいい? この中心方向に向かえば何かわかるのか?
「そういえば昔、この町に有名なお侍さんが逃げ込んできた、なんて話があったような……」
「あ、あたしも知ってるぞ。
確か近くの山を占領して、盗賊紛いなことまでしていたんだったんだよな」
関係あるかは分からないけど、と前置きされた上で語られたその話に少しだけ頭を巡らせる。
何百年前の出来事なんて関係ないだろ、と普通なら一笑に付したであろうそれ。
さりとて今まさに普通ではない現象が目の前で起こっていた。それに例の屋上少女の「この時代の守護者」という、まるで前の時代があったかのような言い方も気になった。まあ聞いておいて損はないか。
「その占領されたっていう山は?」
「目の前のそれ。
あたしたちのランドマーク、空ヶ丘だぞ」
神妙な表情をしたひなたが、幕の中心に鎮座する
「……あれが敵の大将?」
「う、うん、多分。何となく絵巻で見たことがある気がする……」
落ち武者たちが闊歩する遊歩道を抜け、空ヶ丘の頂上にやってきた俺たちは展望台の柱の間から顔を除かせ、中央でたむろする奴らの様子を窺っていた。
空ヶ丘市中心部から少し外れた場所に位置する空ヶ丘。
市の名前にもなったそこにはどうやら「昔は山だったが、数百年前に衝突した水星によって大部分を削られ、今の状態になった」なんて伝説があるらしい。その証拠が「麓が広く、中央が凹んでいる」という形状なんだとか。
ともあれ、そんな信仰があったのも今や昔。
既に麓の方は住宅街に侵食され、僅かな森の挟んだうちにすぐに頂上となり、そこも空ヶ丘公園として整備されている……はずだった。
「ま、まさか本当にいるとはなあ。
流石のあたしもびっくりだぞ……」
丘の中心に広がる異様な光景に、ひなたがぎこちない笑みを作る。
公園を囲うように幾重にも張られた白い陣幕と、その間を歩く無数の落ち武者。
陣幕には何かの家紋が刺繍されており、周りの役者たちに目を瞑れば、まるでどこぞの大河ドラマのようだった。
いや、もう一つだけ違うのは設置やらが酷く乱雑なことか。
ぼろぼろ状態かつ大半が斜めになった陣幕の隙間からは、中央に座る大将らしき武人の姿も、その奥に倒れ伏す住民たちの姿も確認できた。
道中気絶した住民が運ばれている光景を何度も見てきたし、今も捕らえられた彼らの体から赤色の靄が伸び、大将へと繋がっている。それが一体どんな効能があるかは不明だが、放置したらろくでもない事態になるだろうことは容易に造像できた。
「問題はどうやって近づくか、だね。
流石にあそこまで多かったら今までみたいにはできないだろし……」
眉を下げて考え込む志穂に、二人で頷く。
どうやら落ち武者の索敵能力は高くないようで、たとえ相手の視界に入っていても音さえ立てなければ襲って来なかったのだ。
さりとてあそこまで密集されたら話は別。隠れる場所が見つからなくてどれか一体にでもぶつかってしまったらジエンド、すぐさま捕虜の仲間入りだろう。
……最もそれは俺の力が無ければ、の話だけど。
傷一つない右腕を撫でながら、俺は二人に向き直る。
「わたしがあいつらの注意を集める。
その間に二人はあそこにいる人たちを救出してほしい」
「だ、駄目だよ。そんなアンちゃんが犠牲になるみたいな方法。
それに私たち二人でどうやってみんなを運ぶの? もし失敗したらただアンちゃんを失うだけになっちゃうよね?」
「そ、それは……」
「そうだぞ、アン。ヒーロー願望は創作の中で十分だ。
あたしはアンが傷ついたりいなくなっちゃったりするのは絶対にイヤだぞ?」
二人の真剣な瞳が見ていられなくて、つい視線を落とす。
勿論そう言ってくれるのは嬉しかった。でも、でもだ。何故だかみんなを助けないといけない気がするのだ。あの黒い影を見た時から心が騒いで仕方ないのだ。
だから、と再び説得しようとしたところで――
「全く。お前たちはなんでこんなところにいるのよ」
――頭上から
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