9 捜査開始
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【まえがき】
4~8話にて主人公の口調を一部修正しました。
アンとして話す場面において、以前より少し女性っぽい口調となっております。
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「……うーむ、残念無念。
結局の何の成果も得られなかったな」
屋上で謎の少女と会った日の放課後。
すっかり定位置となった「Snow's cafe」の一席に集まった俺たち三人は、気難しい表情で向かい合っていた。理由は単純、怪盗関連の捜査が空振りに終わったから。
どうやらSNSで呟いた彼女も本気で信じてはいなかったらしい。
むしろ大真面目に問いつめようとした俺たちに驚いてすらいたし、現場を見に行きたいとか言ったら露骨に嫌な顔をされた。
……まあ、うん。気持ちは分かる。
俺だってUFOやらTSやらが無かったら、絶対に信じなかったよ。
やっぱりただの見間違いなのかね?
全く見当違いな方法に進んでるからキャロも俺たちを自由にさせてる?
わっかんねえ。ってかUFOやら地球征服やらスケールが大きすぎて、想像が追いつかんのよ。結局「灯台」や「港」が何なんかも意味不明だし……。
いっそのこと、キャロに直接聞いたり、ついて行ったりしてみる?
でも多分にべもなく断られるのがオチなんだよなあ。
早速暗礁に乗り上げた思考。
ひとまずはそれを隅において、テーブルの上で脱力するひなたに笑いかけた。
「でも、よくひなたは初対面の子によくあんなにぐいぐいいけるよね。
同級生はともかく、一つ上とかだと結構怖くない?」
思い出すのは捜査中の彼女の態度だ。
クラスメートへの詰問から始まり、人海戦術によるアカウント主の特定、はてには主への突撃取材まで。持ち前の人懐っこい性格により、それら全てが実に滞りなく行われたのだ。
流石はコミュ力つよつよの民。あんな自己紹介をした俺たちに近づてきただけのことはあるなっ。
そんな悲嘆入り混じった俺の言葉に、ひなたは「別に同じ高校にいるんだし、これくらい普通なんじゃないのか?」と言って小首を傾けた。
「あ、あはは。ひなたちゃんは昔からこんな感じだよ。
しかもそれが男子にも変わらないから、すごい勘違いされるんだよね……」
「あー、分かるかも」
困ったように眉を下げる志穂に、大きく頷く。
男は単純だからなあ。
毎日挨拶してくれるだけで好きになるのに、気安く話しかけられたりしたら、そりゃあコロッとやられちまうってもんよ。
かくいう俺ももし男の体だったら……あ、あれ、おかしいな。何か全然思い浮かばない。元の姿を完全に忘れたからかね?
いや、ちょっと待てよ。
そもそもこの体になってから、
更衣室の時も大してショックじゃなかったし、もしかしてアンドロになった影響で欲が無くなっていたり……?
「ふ、二人ともスマホを貸してもらってもいい?
心の安寧のためにも最優先で調べたい事項が出来てさ」
「う、うん。どうぞ。
もしかして怪盗について何かわかったの?」
「い、いやちょっと裸の女性の画像を……あ」
志穂とスマホを介して触れ合ったまま、空気が凍る。
やっちまった、と思考が状況に追いつく前に志穂が勢いよくスマホを奪い、涙目で詰め寄ってきた。
「わ、私のスマホでナニしようとしてるのっ、アンちゃんっ。
そういうエッチなのは家で自分一人の時に見ないと。い、いや別に私が一人でしてるってわけじゃないんだけどね!?」
「? 何でそれでエッチになるんだ?
ナニとは一体……?」
「ち、ちがっ。だってそれはアンちゃんが心の安寧とかいうから……」
両手で顔を覆い、音もなくむせび泣く志穂。
ざ、罪悪感がすごい。でもどうして志穂は俺と同じような思考になったんだろ? まさか……ってそれはとにかく、急いで挽回しないと。
どうしたらいい、突然裸の女性が見たくなる理由って何だよっ!? そ、そうだ。
「実はメダカの受精についてちょっと気になってさ。
凄いよなあ、メダカって。何かこう受精卵と精子がぶつかって……」
ここは一つ勘違いということで、という魂胆の言い訳を重ねる度、志穂たちの視線に困惑が増えていく。
うん、明らかに話題のチョイスを間違えたな、これェ。
なんだよ、メダカの受精って。全然わからん。Tier5ぐらいのデッキだろこれっ。
「……お客様の前でなんつー話をしてるんだ、お前は。
こっちは出るとこ出てもいいんだぞ、ええ?」
「はい、ごめんなさい。わたしが全面的に悪うございました……」
荒々しく近づいてきた理穂さんに、椅子の上で土下座を敢行する。
どうやら予想以上に大きな声が出ていたらしい。この店唯一の客たる老夫婦も目をまん丸にしてこちらを眺めていた。
や、やめてくれ。そんな「若い子は元気でいいわねえ」とか「最近の高校生は色々フリーダムなのね」的な視線を向けないでくれ。次どんな顔してここに来ればいいか分かんないからっ。
「なあリサねえ、リサねえっ。
女の裸を見ながら家で一人でするものは何だ?」
「ああ? そりゃあオ――」
「スト―プっ。この話はこれで終わりっ。
その方がいいよね、志穂」
余計なことを言いそうになった理穂さんを止めれば、志穂は頬を真っ赤にさせて、こくこくと頷いた。
彼女の名誉のためにも出来る限りのフォローはしないと。いや元はと言えば全部俺のせいなんだけどさ。
「さ、次はどうするか考えようか。
まさか少女探偵団はこれで終わりじゃないよね?」
「当然っ。次の手はもう思いついてるぞ。
探偵は足を動かしてこそ。空ヶ丘市民に聞き込み開始だっ」
ひなたが嬉々とした表情で、奥のテーブルに座る老夫婦へと近づいていく。
かくして俺たちは例によって地元住民による数珠繋ぎを始めたのだった。
ーーそれが地獄に続いているとは知らずに。
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