7 発足・少女探偵団っ



「……」


 伸びやかな春の陽気に当てられて、”それ”は目を覚ました。

 

 それが立っていたのは、何処かの敷地の中だった。

 ぼうぼうと生い茂った草木、そしてその奥に佇む一軒家。既に持ち主がいなくなって久しいのか、外へと続く小道は完全に閉ざされ、瓦屋根の一部も崩れ落ちていた。


 そんなどこか懐かしい・・・・・光景に、それは足を動かし始めた。

 身を焼き滅ぼすような焦燥の突き動かされ、耐えようもない寂寥感に襲われて、鬱陶しい草の間を抜けていく。


 さりとて、家を目の前にしたところで完全に足が止まった。

 自分が何故こんなことをしているのかを見失ってしまったから。ついでに言えば、どうしてここにいるのかも、自分が何者かも忘れてしまった。


 途方に暮れて、空を見上げる。

 春特有の白く霞んだ青空。頬を撫でる乾いた風。


 そんな爽やかな空気に身をゆだねていると、後ろから誰かが近づいてきた。



 ……。

 …………。






「……そういえば、三人は知ってる? 空ヶ丘市に出る怪盗の噂」


「か、かいとう?」


 翌日の朝。2-1の教室にて。

 最早恒例となったいつもの四人で話していると、志穂が突然そんな突拍子もないことを聞いてきた。


「怪盗っていうと、あれ?

 コ〇ンとかに出てくる、凄いトリックを使ってお宝の盗み出すみたいなやつ?」


「そうそう。なんでも夜中にそれらしき姿を見たとかが一昨日あたりから一気に目撃例が増えてるんだって。

 ほらこれを見てみて」


 志穂がスマホで見せてきたのは某SNSのアカウント。

 どうやら空ヶ丘市民らしいその人のつぶやきには「噂の怪盗がいたっ」などの文字列が確かに並んでいた。


 うーむ、にわかには信じがたい。

 ただ志穂が嘘をついているようにも見えないんだよなあ。何かの動物が下りてきたとか? いやでも普通怪盗に見間違えるか?

 怪盗とかいうんだったらそれ相応のファンタジー要素が……。


 ん、まてよ。一昨日からって言ったよな?

 確かあそこでUFOを見たのも一昨日の夜だったはずだ。


「ほ、他にはどんな情報があるの?

 ほら、例えば空に浮かぶ物体を見たとか、何を盗まれたとか」


「? ううん。それが何も盗まれなかったみたい。

 町の人が見たのは夜にこそこそと動く人影くらいだって。あとは怪盗はちっちゃい女の子だったっていう噂も一つだけあったかな」


「なるほど」


 ちっちゃい女の子ねえ、と隣で黙り込むキャロの方に目を向ける。


 まさか、地球侵略の手段が怪盗行為だったりします?

 おーい、キャロさん。そこらへんどうなんですか? 答えて下さ~い。 

 

 心の中で呼びかけるものの、キャロは眉をきっと引き締めて黙るだけだった。

 うーむ、相変わらずガードが堅いなあ。


「にししし。怪盗と言われて、黙っているわけにもいかないなっ。

 とうとうあたしたちの出番が来たわけだ。少女探偵団、始動だぞっ」


「……いいね。やろうっ」


「ちょ、ちょっとアンちゃんまでっ!?」


 上機嫌に手を挙げたひなたの提案に少し考えて、頷く。


 そうだ。このまま受け身でいても状況は好転しない。

 蚊帳の外に置かれたまま、いつか来る命令に怯えて漫然と過ごすばかりだ。


 それなら真意を知るためにも何か行動でも起こした方がいい。なにせ俺は彼女についてそのバックボーンも何をしようとしてるかもほとんど知らないのだから。

 それにもし何か不都合があるなら、今すぐにでも止めてくるはず。そうしないってことは多分、これは彼女の目的に対立しないのだ。


「それじゃあーー」


 ノリノリなひなたに若干気おされながらも、志穂が楽しそうにはにかむ。

 かくして俺は他もしい(?)仲間を手に入れたのだった。







「あれ、一緒に来ないの?」 


「うん、今日は弁当を持ってきてるんだ。

 わたしは別の場所で食べるから、気にしなくて大丈夫だよ」


 その日の昼休み。

 昨日と同じように四人で食堂に行く気満々だった彼らの誘いを、俺は涙ながらに断っていた。

 二度のくそまずい食事を経た今、何かを食べる気にはなれなかったのだ。

 この空腹感は時間が経てば自然と消えるし、何よりお金を払ってでもあの苦痛を味わいたいとは露ほども思えなかった


 そんな事情を隠した俺の言葉に、ひなたが真面目なトーンで聞いてくる。


「なんだ、そうなのか。

 でも大丈夫か? アン、あたしたち以外に友達いるのか? 便所飯しないか?」


「ちょ、ちょっとひなたちゃん。流石に失礼だよっ。

 クラスL〇NEでも「絶対に関わりたくない人」から「積極的には関わりたくない人」に格上げされたんだから……」


 うう、クラス内での評価が低すぎて、俺は悲しいよ。


 志穂の追い打ちに心を痛めながら、三人を見送る。

 やはりキャロも昼時は大人しくなるようだ。後ろを歩く志穂とひなたに迷惑そうにしながらも、ぼそぼそと言葉を交わしているのが見えた。

 一切関わらないとか言ってた彼女からしたら、かなりの変化だ。それも多分きっと良い方の。このまま普通の学生になって地球征服を諦めてくれたら尚よしである。

 

 彼らの姿が完全に消えたところで、俺はやるりと立ち上がった。


 向かうは時間を潰せるいずこか。ひなたの言葉も当たらずとも遠からじ。

 幻覚に軋む脇腹を抑えて、広い校舎の中をあてもなく彷徨っていく。

 空き教室、がらんとした体育館、静寂に包まれる図書室。そのどれもが何の目的もない俺の存在を拒絶しているように思えた。


 やがて辿り着いたのは、屋上へと続く鉄製の扉だった。

 僅かな期待感を胸に勢いよくドアノブを回せば、あっさりと扉を開いた。


 重厚感のある音と共に差し込んでくる白い光。

 太陽に照らし出されたそこに、一人の少女が立っていた。


 逆光になって見えない顔。陽炎でも起きているのか、何処か朧気な少女の姿。

 彼女はその艶やかな黒髪を風に棚引かせて、微笑んだ・・・・


「あら、あなたがこの時代の守護者なの?」


「??」


 しゅご、しゃ? なんだ、それ? 文字通りの意味でいいのか?

 ……いやそもそも彼女は誰だ? この学校の生徒、だよな?


「違うの? 風が騒がしいから、てっきりまた選ばれたんだと思ったのに」 


 風が、騒がしい? あー……。

 神秘的な雰囲気に圧倒されていた思考も、時間が経てば通常に戻ってくる。

 聞き覚えのある、というか定番中の定番のセリフに「あー、おっけ。そういう感じね」と心の中で頷いた。

 

 しゃーない。ここは男のはしくれとして乗ってあげますかね。


「ふ、まあな。俺は魔王の生まれ変わり。 

 人間界を侵略し始めた魔族たちを止めるためにここに来たんだ」


「そう、魔王なの」


 顔色を変えぬまま、少女が頷く。


 ああああ。イタイイタイタイっ。

 やっぱきついなあ、中二病これ。いや俺が勝手に合わせたんだけどさ。


「それなら納得。

 まるで彼と同じく別のから来たみたいだったから」


「っ。なにを、いって――」 


「それじゃ頑張ってね、魔王さん。

 きっとあなたたちなら何とかなるわ」


 真意を聞く前に、少女の姿が掻き消える・・・・・

 後に残されたのは照り返しに満ちた真っ白なアスファルトのみ。


「……なるほど。俺も相当疲れてるみたいだな」


 こめかみを抑えて、春の空を見上げる。

 アンドロイドには幽霊を見る機能が付いてたりしない? え、なにそれ、こわ。





 それから教室に帰ってきた俺は、三人に事の顛末を話した。

 身を蝕む恐怖を薄れさせるように、あるいはキャロなら何か知ってるかもという思いに駆られて。


 さりとて返ってたのはひなたの困惑した顔だった。


「? 何言ってるんだ? 屋上は閉まっているはずだぞ?」


「……え?」


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