エタニティの遺産

日々花盛り

エタニティの遺産

 戦いは終わった。私の足元にはつい先程まで生きていた最愛の幼馴染「エタニティ」が力なく横たわっている。彼女の胸にはぽっかりと穴が空いている。私の左手の薬指には彼女から託された指輪が嵌められている。


 遡る事八年ほど前。


 私の名前がまだ「メモリー」だった頃、私と彼女は大陸辺境の村で平和に暮らしていた。世間では人類と魔族が全面戦争をしていたが、この村ではそんな事お構いなしに二つの種族が共存していた。

 彼女、エタニティは魔族の中でも特に希少な永遠を手にするとされる美麗な宝晶種。それに対して私は何の変哲も無いただの人間だった。

 これは後から知った事で、彼女は高名な魔族だったが、戦いに嫌気が差しこの地に亡命してきたらしい。彼女は親も家もない極貧民の私に対して分け隔て無く優しく接してくれて、悠久の時を生きた彼女が直に見てきたものを元にいろんな事を教えてくれた。

 この世界の文化、歴史、地理、天文、数学、言語。今、私がここにいるのは全て彼女のおかげだ。最も衝撃を受けたのは今起こっている戦争の原因は人類の一方的な言いがかりによるもので、魔族側には一切の非がなかった事。

 いつしか私はこれからも彼女からいろんな事を教わって、いつか世界を旅して生まれに関わらずいろんな人々にこの世界について教えたいと思うようになっていた。

 そしてある日、私達二人を引き裂く事件が起こった。平和な村にやって来たのは魔族軍の首領、世間的に言う魔王だ。

 魔王は知識に優れるエタニティを魔族軍の幹部としてスカウトしに来たらしい。エタニティは取引の条件としてスカウトに応じる代わりに村の人間に一切の手出しをさせない事を約束させ、村を出ていった。

 エタニティが村を出ていってからおおよそ一週間後、今度は人類陣営に属する教会の人間がやってきた。話によると魔族軍殲滅のための最終兵器「勇者」の候補となる人間を探しに来たようだ。教会の人間たちは卑劣な奴らだった。村に魔族がいる事を知った奴らは村の魔族を根絶やしにした。そして残った人間を人質に取り、その時一番勇者に相応しいと見定めた私を攫った。

 攫われた私は人間国家の中央都市にある大聖堂に連れて行かれ、ある種の洗脳のような教育を施された。私にメモリーという名前を捨てさせ、意味のよくわからない奴らの言うには神聖な名前をつけられた。

 奴らは私に対して如何に魔族が醜いかを説き続けた。聞く話は全てエタニティから聞いていた話と大きくかけ離れて歪み、捻じ曲がっていた。エタニティの教育によりある程度聡かった私は話の矛盾点に気付きそれを指摘したが、待っていたのは補習という名の虐待だった。

 それからつい最近まで私は勇者として育てられた。奴らの魔族を滅ぼすという執念の凄まじさを感じ続けながら、教育の過程で私が私じゃ無くなる恐怖に怯え続けた。そんな時でも自分を保ち続けられたのはエタニティがくれた言葉「あなたの道を行きなさい、人の言葉に惑わされないで」のおかげだ。

 そしてその時は来た。人類の切り札として私は単身で魔族軍の本拠地に乗り込むことになった。

 人類の猛攻により壊滅的な状況にあった本拠地にはもはや戦える者はおらず、必死に命乞いをする者、せめてもの足掻きとして最後まで言葉で抵抗を続ける者。私はそんな彼らを一切殺さず、中枢まで進んでいった。

 そこにいたのはあの頃と変わらない姿で魔王の座を引き継ぎ、指揮を執っていたエタニティだった。

 エタニティは私の到達を見て負けを察し、私に命を差し出した。

 私は彼女を殺したくなかった。だがエタニティは自分の命と引き換えにこの戦争を終わらせるため、彼女にとっての心臓とも言える胸の宝石を引き抜くよう求めた。そして生き残った魔族の権利回復と安全の保障を願った。

 私は彼女の願いを無下にできなかった。エタニティを殺める時、最期に彼女はこう言い遺した。


「大きくなったねメモリー。あなたはあの頃からわたしにとって特別な子で、とても愛おしかったわ。あなたもそうだったら嬉しいな」


 私が胸から宝石を抜き取る時の彼女の顔はあまりにも苦しそうで見ていられなかった。抜いた後もしばらくの間、手には嫌な感覚が残り続けた。

 誰かを殺めるのはエタニティが初めてだった。酷い後悔が私を襲った。虐待を受けても一滴の涙も溢さなかった私は泣いた。喉も、身体の水分も枯れ果てた。

 気づけば左手の薬指に彼女のような優しい輝きを放つ指輪が、私の胸には先程引き抜いた宝石が深く埋め込まれていた。エタニティそのものに感じた。


「私も大好きだったよ、エタニティ。後は任せて」


 そして現在。


 もう誰も殺めない事を心に固く誓う。

 本来魔族は命を失うと形を保てず自壊するが、エタニティはその限りではなかった。いつまでも消えない彼女の遺体を放置しておくわけにもいかず、私達の故郷の村があった場所で弔う事にした。

 遺体を焦土となった彼女の家の跡地で弔い人類の生活圏に戻ってきた時、私は人々から迫害される身となっていた。エタニティの宝石を引き継ぎ、人間と魔族の混ざりモノ「魔人」になった私にはもう、人権なんて無かった。魔人を生み出したと理不尽な言いがかりをつけられて人質になっていた村のみんなは老若男女問わず、全員処刑された。

 奴らは人権の無くなった私を本気で殺しにかかって来た。剣で斬りつけられも、槍で貫かれても、鈍器で叩き潰されても、炎で焼かれても、毒を浴びせられても、私は死ななかった。いや、死ねなかった。

 私は生き残ってしまった事を悔やんだ。死んでしまえばこんなに苦しむことはないのに。でも、エタニティが死なせてくれなかった。最期までずっと優しかった彼女が初めて見せた厳しさだった。

 そんな時に、エタニティが私に託した事を思い出す。生き残った魔族の権利回復と安全の保障。今や人類のほとんどが魔族を殲滅しにかかっている世界で、そんなことができるのは私しかいない。

 まず私が起こした行動は残された魔族の保護。残った魔族はごく僅かで、一つの集落がやっと作れるくらいだった。そして奴らに見つからないような場所に村を作りひっそりと生活していった。

 それから千年の時が流れた。エタニティのある種の呪いにより、私の外見はこの千年近くの間一切変わらなかった。うまく魔族を隠し続けたことにより、敵を失った人類は内部から崩壊して文明は変わりあの頃の人類では無くなっていた。新しく起こった文明に私は潜り込み、私なりの共存の考えを説いた。これにより新しい人類は過去の排他的な人類とは違い、他種族を受け入れられる許容力を持つようになっていた。

 後は魔族を新しい人類に受け入れてもらい、人類と同等の権利と安全の保障の条約を締結させ私の役目は終わった。

 役目を終えたその日から、私は度々強い眠気に襲われるようになった。私は自分の命の終わりを、死を察した。

 私は眠気の傾向から私に残された時間を割り出し、寿命を迎えるまで世界を見て回る死出の旅を始めた。旅の最終地点は千年前に私がエタニティを弔った場所、今では人の寄りつかない深い森になっている。

 旅によって得られた感動は大きかった。エタニティから聞いた千年前の景色を千年後の今と比較するのはとても面白かった。時代が違えばそこに根付く文化も違う。人類と魔族が共存する、千年前にエタニティが望んだ世界を作れたと私は思う。

 そして旅の終着点。エタニティを弔った場所に来ると、私を襲う眠気はより一層強まった。もはや立つことさえ難しくなった私はその場で仰向けに寝転がる。最期にエタニティから託された左手の薬指にある指輪を眺めてゆっくりと目を閉じた。この瞬間が私メモリーの「死」の瞬間だった。

 次に意識が戻った時、死後の世界で私の目の前には千年前に別れたエタニティがいた。


「お疲れ様、メモリー。本当によく頑張ったね」

「ごめんね、千年も待たせちゃった」

「ううん。あなたはわたしの最期の願いを、その生涯をかけて叶えてくれた。それだけでもう充分だよ。それに、謝るのはこっちの方だよ。『あなたの道を生きなさい、人の言葉に惑わされないで』って言ったのにあなたの生き方を縛っちゃって……」

「そんなことないよ。その言葉のおかげで今があるんだから。それにしても私、死んじゃったし、これからどうしよう……」

「それじゃあメモリー、あなたが千年の人生で見て来たものを教えてくれない? あの頃、わたしがあなたにしたみたいに」

「うん、分かった。それじゃあまずは――」


 それから私達は果てしない時間、お互いに語り合った。


 R.I.P.

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