第7話(3)福井の休暇
♢
「まったく、せっかくの休暇だっていうのに……」
「……」
「なんでまた顔を合わせるかねえ……」
蘭がテーブルに頬杖を突く。花が口を開く。
「ご存知の通り……」
「あん?」
「この基地は少し街より離れています。実質半日ほどしかない休暇では、街への往復時間ももったいない……それ故にこの基地内の喫茶店に集まるのは致し方無いことかと……」
「冷静な分析をどうもありがとうよ」
蘭が大げさに両手を広げる。
「というか……」
「ん?」
「それならばせめて違う席にお座りになれば良かったのでは? 何も向かい合って座らなくても良いのではないですか?」
花が店を見回しながら尋ねる。
「……正論だな」
「それならば……」
「しかし、一度座った席を移るのもなんとなくマナーが悪いだろう」
「はあ……」
「それにだ……」
蘭が小声になる。
「え?」
花が耳をすます。
「周囲の目というものもある」
「はい?」
「分からねえか? 同じ隊のやつがそれぞれ離れた席に座っていたら、どんな噂を立てられるか分かったものじゃねえ」
「……いくらなんでも気にし過ぎでは?」
「気にし過ぎるくらいがちょうどいいんだよ」
「それに別に噂を立てられたところで……」
「甘いな」
「甘い?」
花が首を傾げる。
「ああ、このミルクココアくらい甘い」
蘭がカップを掲げる。
「かわいいものを飲んでいますね」
「なっ⁉」
「鬼と恐れられているような方が……」
「べ、別にいいだろ! 何を飲んだって!」
「それはそうですね」
花が頷く。
「まったく……なんだっけ? ああ、考えが甘いっていう話だ」
「甘いというのは?」
「例えばだ、おかしな噂が原因で隊の人間関係がぎくしゃくしたらどうする?」
「元々そこまでうまく行っているわけでもないと思いますが……」
「例えばの話だよ」
「……任務の遂行に支障をきたす恐れがありますね」
「そうだ。任務がうまくいかなかったらどうなる?」
蘭が重ねて問う。
「隊の士気やモチベーションが低下するでしょうね」
「その結果はどうなる?」
蘭がさらに重ねて問う。
「隊の瓦解……最悪は任務失敗による全滅……」
「そういうことだ」
「ほう……」
花が真っすぐに蘭を見つめる。蘭が戸惑う。
「な、なんだよ……?」
「意外と物事を考えているのですね……」
「意外とはなんだ」
「まあ、それでも考え過ぎな気がしますが……」
花が小声で呟く。蘭が首を傾げる。
「なんか言ったか?」
「いいえ、なにも」
花が首を左右に振る。
「そうか……」
「本日は有意義な会話が出来ました」
「そうかい」
「ついでにもう一つ、意義の有る会話をしたいのですが……」
花が右手の人差し指を立てる。
「なんだよ?」
「先日、石川と富山の両隊とそれぞれ合同訓練をしましたね」
「ああ……」
蘭はミルクココアを飲む。
「気になる男性はいましたか?」
「ぶっ⁉」
蘭が口に含んでいたミルクココアを吹き出す。
「汚いですね……」
「お、お前がいきなり変なことを聞くからだろうが!」
蘭はテーブルを拭きながら、困惑気味に声を上げる。
「変なことではありません。我が福井隊のあの二人にも見習うべきところは大いにあるのではないかと思いまして……」
花は店の外を並んで歩いている陸人と竜に視線を向ける。
「ああ、なるほど……」
「いかがでしょうか?」
「石川の疾風……ああいう真面目さが欲しいな。若干堅苦しそうではあるけどよ」
「ふむ……古前田隊員はどうでしょうか?」
「軽薄そうだな……ただ、あの力強さは良いと思うがな」
「ふむ……」
「そっちはどうなんだよ?」
「富山の雷電隊員とか……」
「意外だな。ああいう調子の良いタイプは嫌いそうだと思ったが」
「実力が伴っているので、有りと言えば有りです」
「確かに実力はあるな……」
蘭が腕を組んで頷く。
「とにかく確実に言えることは……」
「ああ、何をおいてもやつらには……」
「「体力を付けさせる!」」
蘭と花の声が揃う。
「へっ、珍しく気が合ったな……」
「ええ、とても有意義な話し合いが出来ました……」
蘭と花が微笑み合う。
「……なんか嫌な予感がするな……」
「うん、そうだね……」
陸人と竜が店の外側からその様子を伺う。
「とりあえず、今はここから離れよう」
「それが良いと思うよ……」
陸人と竜は少し早歩きで店から離れる。
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