第3話(1)ランニング

「はあ、はあ……」


「ほら、陸人くん!」


 無造作な青色の髪で、両サイドを長く伸ばしている少年が息を切らして走っている。その隣を黒髪のセミロングで眼鏡をかけた少女が並走し、声をかける。


「はあ、はあ、はあ……」


「もう少しです!」


「はあ、はあ、はあ、はあ……」


「あと一周で終わりです!」


「あ、後一周……」


 少年の顔が青ざめる。


「どうしたのです⁉」


「も、もう無理だよ……」


「無理ではありません!」


「ぜえ、ぜえ……」


「息切れ感を出しても無駄です!」


「ぐす、ぐす……」


「泣いても駄目!」


「うひゃあ! うひゃあ!」


「わめいても駄目!」


「人は考える脚である……」


「悟っても駄目! あと、それは葦ですから!」


「パラッパピーヤ♪」


「な、なんですか、それ⁉ よく分からないけど駄目!」


「……」


「無言になっても駄目! ……いや、それはいいですか……」


 少女はうんうんと頷く。少年が口を開く。


「いや、もうマジで無理だって……」


「あと4分の3周です!」


「こ、細かく言うのやめてくれる? 絶望感がプラスされる……」


「負けないで下さい! ゴールは近づいています!」


「負けます」


「あっさりと白旗上げないで下さい!」


「うう……」


「あと半周!」


「もう……ゴールしても……良いよね?」


「良くないですよ! あと半周って言ったでしょ⁉」


「あと半周なら実質ゴールみたいなもんでしょ、もう……」


「ゴールではないですよ!」


「いやあ、キツいって……」


「キツくないです!」


「一旦持ち帰っていい?」


「何を持ち帰るんですか⁉ 駄目ですよ!」


「はあ……」


「あと4分の1周です!」


「分数で言われても近づいている気がしないな……」


「じゃあ、なんと表現すればいいですか⁉」


「う~ん、パーセントとか?」


「では、あと25%です!」


「数字がデカくなった! 絶望感が増した!」


 少年は天を仰ぐ。


「もう少しですから!」


「もう少しが遠い……」


「近いです!」


「マジで限界だ……」


「そのわりには元気じゃないですか⁉ 口がよく回りますし!」


「ろうそくの最後の輝きみたいなもんだよ……」


「燃え尽きないで下さい! たかがランニングで!」


「たかがランニング……されどランニング……」


「それはそうですけど!」


「うう……」


「ほら、もうゴールは目の前です!」


 少女が声を上げる。


「ぜえ……」


「頑張って!」


「ぜえ、ぜえ、ぜえ……」


「あともう数歩です」


「ぜえ……!」


「やった! ゴールですよ!」


 少女は万歳する。


「ああ……」


 少年はうつ伏せに倒れ込む。


「お水を飲んで、少し休憩したら、次は腕立て伏せですね」


 少女は汗を拭いながら淡々と告げる。


「いやいや、もう少し労わってくれても良くない⁉」


 少年は体を仰向けにして、泣きそうな声を上げる。


「労わっている暇はないです」


 少女は眼鏡をクイっと上げる。


「え……」


「今度の体力テストで標準記録を突破するためには、まだまだ消化しないといけないメニューが沢山あるのですから」


「ええ……」


「頑張りましょう」


 少女が笑顔で声をかける。少年は対照的に涙目になる。


「いいよ、標準記録なんか突破しなくっても……」


「何を言っているんですか! 補欠扱いになってしまいますよ⁉」


「補欠でも構わないよ……」


「給料が下がりますよ⁉」


「俺は食べるのに困らないくらい貰えれば、それで良いんだって……」


「なんと向上心のない……」


 少女は頭を抱える。少年は半身を起こす。


「大体俺はさ、体力で勝負してないんだって」


「ゲートバスターズたるもの、最低限の体力は必要でしょう……⁉」


 ドローンが一機、すごいスピードで少年たちに向かって飛んでくる。男性の声がする。


「訓練用ドローンの暴走だ! 君たち、逃げろ!」


「ええっ⁉」


「ふう……」


「!」


 ドローンが墜落する。機体には石がめり込んでいる。少女が少年の手元に目をやると、少年の手にはゴム銃が握られていた。少年はゆっくりと立ち上がる、


「スリングショット……」


「通称パチンコね。いつも持ち歩いているんだ。ご覧の通り、俺にはこれがあるんだよ……」


「君たち、大丈夫か⁉ えっと……」


「福井管区第二部隊所属、宇田川花うたがわはなです」


「同じく第三部隊所属、氷刃陸人つららりくとです……」


 それぞれ花と陸人と名乗った少女と少年が敬礼する。

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