童貞・スラップスティックス

おめがじょん

童貞スラップスティックス 零





 Eカップが巨乳に入るのはおかしくないか? Fカップからだろう。

 意味が分からないな、Dカップは巨乳に決まってる。いやいや、Gカップからやろがボケ。つまるところ、巨乳という概念は人に主観によって異なる。僕の「上原亜衣ちゃんは好きなんだけど、巨乳ジャンルに入るのはちょっと違くない?」というお気持ちから始まった議題は喫煙所に居た他の男子達も混ざって盛り上がっていった。

 男という生き物はおっぱいの話が大好きな生き物であるが、そこには十人十色の好みがある。仲良くしていられたのは最初だけである。何せここは地獄の東京国際於瀬亜仁亜大学とうきょうこくさいおせあにあだいがくだ。名前から察して頂けるだろうが、五流大学である。地球上から選別された国際レベルのバカが勢揃いしてしまっていたのが運のツキだった。議論は過熱し、最終的に僕達は民主主義の名の元に決着をつける事を決めた。


 


 ──そう、暴力である。




 男達の殴り合いは、最終的に半壊した喫煙所で僕(Fカップから派)の特殊警棒の一撃が同級生の三田村(Dカップから派)の頬に叩きこまれ、勝者の栄光を獲た僕が雄たけびを上げていたら、褒賞として自宅謹慎の権利が転がり込んできた。これが先週の話である。そして今日、一週間の自宅謹慎が解けたので、学長への謝罪文を学長室行のポストに叩きこむと、議論をしていた友人に呼び出された部室棟の方へと足を向けた。


「久しぶりだな」


 Dカップから派の三田村和臣が部室棟近くのベンチで煙草を吸っていた。顔が良いので煙草を吸っているのが絵になるのが腹立たしい。

 

「こんなとこで集まって大丈夫か? 僕達、テニサーに永久接近禁止命令出されたじゃん」

 

 半年前、僕達が入学した直後の新歓の時の話である。僕と三田村ともう一人、田中(Gカップから派)という男はそこで出会ったのだ。あまり思いだしたくもない話なので割愛するが、僕はただテニサーに入って巨乳の彼女を作ってバチクソ爛れた大学ライフを送りたかっただけなのである。決してあんな惨状にするつもりはなかったのだ。

 

「あの人達の部室とは距離があるから、何も言われないだろう。──今日は、部室を手に入れようと思ってここに集まって貰ったんだ」


 三田村は何時だって突拍子もない事を起こしたがる人間だ。

 先日も、大学生探偵ってカッコよくないか? と大学内で探偵業を始めた結果、教授のクビが一つ飛んで、二つのイベントサークルが泥沼の抗争の末消し飛んだ。ついにで退学者も例年より倍の12人となった。

 何かをやらせたら地味に有能なのが非常にタチが悪い男である。しかも一度やろうと決めたらひたむきな努力をするのもまた怖い。何でこんな学歴の最果てのような大学に居るんだ。


「部室って何だよ。また変な事考えてんだろ?」


「何もないさ。でも、お前だって欲しいだろ? 大学内に俺達だけのプライベートスペースがさ」


 プライベートスペース。甘美な響きだった。僕達のようなサークルに馴染めない日陰者には望めない物だと思っていた。陽の学生達が部室に女の子を呼んでいるのが羨ましかった。朝まで部室で飲んでそのまま授業に出る生活が羨ましかったのだ。

 これでもう嫉妬から田中と一緒に、生殖行為真っ最中の軽音部の部室の前でTikToKを撮らずに済むのだ。僕も大人になるべき時が来たのかもしれない。


「でも、僕達が今更入れるサークルなんかあるか? 馴染めそうなとこは、全部田中と一緒にNGくらっただろうに」


 僕と三田村の共通の友達に田中という男がいる。一言で言えば滅茶苦茶な生き物である。やる事なす事言う事全てが滅茶苦茶でツッコミ所しかないので、その内出てくるまで紹介は割愛させて頂く。三田村が何かやろうと提案し、田中が滅茶苦茶にして、最後に僕が荒れ果てた惨状で絶望するというのが、よくある流れだ。

 アニメ研究会も、アイドル研究会も、ガツガツ距離を詰めようとして数少ない女子部員にドン引きされてしまい、最終的に隅の方で一人、おしぼりでペンギンを作っていた姿は悲しすぎて偶に夢に出てくる程だ。流石に初手乳首の位置当てゲームが不味いのは僕にでもわかった。


「そうだな。──だが、廃部寸前のサークルなら話は別だ。この前、探偵をやっていた時に調べたんだが、天文部は退部者多くて今は4年生1人だけらしくてな。その先輩ももう大学に来ないという事で、俺達が有難く部室と共に活動を引き継いでいこうと思っているんだ」


 この大学に星を見ようだなんてロマンチストが存在していた事が驚きだ。脳みそが酒と暴力とセックス漬けのバカしかいないので新入部員が入らないのも納得である。


「先輩の条件は、部室の綺麗に片付ける事。それが済めば俺達が天文部を引き継げる手筈になっている」


 三田村が鞄から書類を取り出して見せてきた。何故か部長の所に「小牟田圭」と僕の名前が書いてある。何時の間にか犯罪者集団のトップにされてしまっているようだ。最悪、田中を騙して生贄に捧げれば良いのでここは深く気にしない事にした。


「話はわかった。それぐらいでスペースが手に入るなら安いもんだ」


「話が早くて助かる。来年の夏には宇宙人との交信もしたかったから、天文学を学ぶのにも丁度いいしな」


 この男の行動力は底なしである。何だったら本当に宇宙人と交信してしまいそうな勢いすらあった。とんでもない目に遭いそうなので僕は参加するのは遠慮しておこうと考えていると、軽トラが一台、大学の敷地内を走ってくるのが見えた。「っぷー! っぷぷーっ!」とクラクションが壊れているのか口で音を鳴らしているようだ。イカれている。これだけで誰が乗っているのか分かった。田中である。

 

「何で無視すんねや! 僕達友達やろ!?」


 顔を真っ赤にして怒る似非関西弁男は、ここ東京国際於瀬亜仁亜大学表現学部芸術科二年の田中・ラウール・正和である。横浜出身ヒップホップ育ち、頭悪い奴は大体友達を地でいく自称ロシアと日本のハーフなパッと見チー牛である。


「この軽トラどうしたんよ?」


「片付けするんやろ? ゴミとか捨てに行くのに必要かなと思ってバイト先から借りてきたんや」


 よくよく見ると軽トラには中古車販売会社のロゴが入っている。掠れてBIGなんちゃらまでしか読めない。田中がバイトしているというのは初耳だったし、車の免許を持っているのも知らなかった。この前まで原付の免許がどうたらと話していた記憶があるのに。


「意外だな。車の整備なんて出来たんだ?」


「いや、できんよ? よくわからんから適当に直してるんやけど、社員さん達何か知らんけどめっちゃ褒めてくれてな。今や横浜店のエースって呼ばれてるんやわ」


 闇の深そうな話になってきた。これ以上深く追及する事はやめておこうと三田村とアイコンタクトで示し合わせた。田中は田中で聞いてもないのに、今度この車使って僕と同じ学科の西脇さん(推定Gカップ)をデートに誘う等と妄言を吐いているが、どこからどう見ても女子がデートで乗りたくない車ランキング不動の1位が約束されたこの車では彼女は落ちないと思う次第である。


「くだらん話は後にしよう。とりあえず田中も揃ったし片づけを始めようか」


 三田村に続いて部室棟の中へと入って行く。天文部の部室はその中でも一番奥にあった。便利ではないが、悪い事をするには最高の場所である。三田村が部室の鍵を取り出して開けると、そこには最悪な景色が広がっていた。


「成程、そういう事か」


「世の中、そう美味い話があるわけないよな」


「宝の山やな」


 天文部の部室ではあるが、どうにも様子がおかしい。

 工事現場で使うような測定器。小型発電機。電動工具等が梱包されて置いてある。おおよそ天文部に必要のない物ばかりだ。大体、ここがどんな用途で利用されていたのかが見るだけでわかった。大学内というある種の聖域ならば、同業者からのタタキにも遭い難いだろう。


「田中。処理できるか?」


「知り合いの中国人ヤードに持ってくわ。寝かされてたのから察するに、手数料取られるかもやけど、多少の金にはなるやろ」


 カス大学に相応しい部室の在り方である。毎年逮捕者が出ているのも納得である。最後に残った先輩は、イモ引いて堅気に戻るのか経営者にでもステップアップするのかもわからないが、この場所は有難く使わせて貰う事にする。譲ってやる代わりに全部痕跡を残さず処分しろとの事なのだろう。


「よし、始めるか」


 田中が生協にブルーシートを買いに行くと飛び出していく。横浜生まれヒップホップ育ち、頭悪い奴は大体友達マンはこういう時に強い。残った僕と三田村は運び出したい物ごとに分類しては部屋を整理していく。すぐバテてしまい煙草を取り出した僕とは対照的に、三田村は黙々と働いている。そして僕は、紫煙と共に今まで三田村に聞いてみたかった事を吐き出した。


「何でそこまで一生懸命バカやれるんだ?」


 普通にしてればモテて僕の送りたかった爛れたバラ色の大学生活を送れるのに。三田村の奇行は一年生ながら、大学内では悪い意味でも有名だ。田中が一緒にいる所為で、更なる風評被害までもついてきてはいるが、三人で居る時女子が話しかけて来るのは三田村にだけである。こんな事を辞めて普通にしてればいいのにとはずっと思っていた。


「そりゃお前。折角、人生で一番自由って言われる大学生になったじゃんな。酸いも甘いも経験して、一生忘れないような、それこそ"これぞ青春だった"って思い出作りたいじゃん」


「こんな準犯罪者みたいな青春でも、そう言えるのか?」


「俺、今めっちゃ楽しいんだよ。普通の大学受験してたら、こんな事絶対に起きえなかったじゃんな。この大学入って、お前らとバカやれて本当に良かったって思ってるよ」


 確かにそうである。そこまで悔いの無さそうな笑顔で言われたらもう僕は何も言えない。入学して一年経ってないのに、それまでの人生が嘘かのような最悪な刺激ばかりの毎日だった。流石に僕には濃すぎて胃もたれしそうなぐらいではあるが、三田村も田中も毎日楽しそうである。すると、照れ臭かったのか三田村は鞄からウイスキーの小瓶を取り出すと一気に呷った。


「お前にもやるよ」


 そう言うとこちらへと放り投げてきた。半分ぐらい無くなったそのウイスキーを、僕も一気に飲み干した。おお、何かエンジンかかってきた感じがある。僕が元気になったのはと対照的にそんなに強くない三田村は少しフラついている。度数が40超えていれば当たり前だ。


「っとと」


「いつかお前、飲んでる時に転げ落ちそうだな」


「そうなっても悔いはないさ。俺は俺の飲みたいように飲んでるんだから」


 言ってる事は結構クズいのに顔が良いからカッコいいのがずるかった。早くブサイク同士で安心したいと思っていると、田中がブルーシートと何故か花火と6缶入りにビール箱を持って丁度帰ってきてくれた。


「終わったら記念に飲みながら花火やろや! 女子が集まって来るかもしれん!」


「秋に花火やりたい女子がいるわけないだろ。バカ言ってねぇで働け!」


「嫌や! 今年の夏も女子と花火出来なかったんや! 部室と花火と酒があれば女子だって来るやろ!?」


 田中の何処までも己に都合の良い妄想をガン無視して僕と三田村は再び作業を再開した。三人であくせくやるが、こちとらヒョロガリである。三田村さんが重い物は全部運んでしまい、僕と田中は互いに重い物を押し付け合っている。黙々と作業する事一時間、全ての荷物が軽トラに積み込まれ、警察に停められないようブルーシートも被せ終わった。社用車なのもかなり信頼性が違う。


「じゃあ僕これ捌いてくるわ。ちょっと待っててな」

 

 田中がそう言いながら車に乗り込もうとすると、ぞろぞろと上級生達がやってきた。僕達は誰なのかさっぱりわからなかったが、三田村は知っているようだ。田中は女子の姿がある事にガッツポーズをしている。絶対花火はやってくれない雰囲気に気づいていない。脳みそがお花畑というレベルではない。


「サークル連合の方々ですよね。お疲れ様です」


「お疲れ様です。天文部さん。──こういうの、ちょっと困るんですよね」


 サークル連合の代表っぽい茶髪の男が前に出てきて僕達の軽トラを指さす。全部は言わない。向こうも大体の事情は知っていたようだ。旧天文部の先輩が怖くて言えなかったのか、はたまたグルなのかはわからない。


「今日中に処分しますよ」


「いやいや、そういう問題じゃないでしょ? これが公になったら君達も大学から処分くらうかもだしさ。俺達もめんどくせぇから大事にはしたくないし、天文部はこのまま廃部って事にしてくれないかな? 売り上げは君たちのものにして良いからさ」


「何やコラボケェ! いきなり出しゃばって来て何言っとんやワレ!」


 田中は男に強い。自分以外の男を全てカスだと思っている。

 血走った目で近くに落ちていた鉄パイプを拾って代表に突き付けた。だが、


「ちょっと田中やめなさいよ! 暴力ふるうなんて最低じゃん!」


「アンタ達ただでさえ問題ばっか起こしてるんだから、反省しなさいよ!」


「大学名出してTikTok撮ってんじゃねーよ! 何がインスタに来てねだ! キモいんだよ!」


 田中は女に弱かった。女が好きで好きでたまらないのである。

 女子達の悪口というよりはもはやアブラケタブラみたいな勢いの罵詈雑言に田中のメンタルは崩壊した。僕は、貧乳達の罵詈雑言なんか子守歌みたいなもんなのでダメージはゼロである。彼女達がもし巨乳だったら田中と同じく死んでいただろう。

 三田村も分が悪いと踏んだのか代表の要求を呑む事に決めたようだ。もうお前が部長でいいじゃん。それに満足したのか、サークル連合の人達はもう僕達の存在は無かったかのように談笑しながら部室棟の部屋に戻っていった。


「上手く使われちまったな」


 三田村がバツが悪そうにそう呟いた。きっと、サークル連合は僕達に片付けさせる事を最初から目的としていたのだろう。あんなもん、素人が捌くのは至難の業である。何で僕達は捌けるんだろうかと一瞬自分の人生を一瞬考えてしまったが、僕はそれを無視した。それよりも、ムカつく事があるからだ。


「くっそ! あの女共はしばらく僕のオナペットにしたる! ヒィヒィ言わしたるから覚悟しとけや!」


 復活した田中の宇宙一ダサい負け惜しみも普段なら笑ってしまう所だが、僕は無言で田中が買ってきたビール缶の蓋をあけて一気に飲み干した。次いで、もう一缶開けて更に一気に飲み干す。


「お前大丈夫かよ?」


「アルコールでしか癒せない傷もあるやんな……」

 

 全てのビール缶を飲み干すと、地面に缶を置いて田中が買ってきた花火セットの封を開けてロケット花火を空き缶に刺していく。狙いはサークル連合の部屋へと向けた。更に煙玉と爆竹も取り出して準備万端だ。田中と三田村も僕の意図を察したらしい。


「あの全部が自分達の思い通りになると思ってやがるバカ共に、目に物見せてやろうぜ!」

 

 僕の言葉に三田村と田中もニヤリと笑った。変な所で気が合ってしまう。

 どうしようもない愚か者だ。こういう所が気が合ってしまうのでつるんでいるのだろう。僕が火をつけた煙玉をサークル連合の部屋の窓に向かって投げ入れた。何発かは入らなかったがすぐに蜂の巣をつついたような騒ぎになった。そこで田中も爆竹を投げ入れて更に騒ぎが広がった所に、三田村がロケット花火を撃ち込んでいく。


「てめぇら! ふざけんなよ!」


「ぶっ殺してやっからな!」


 サークル連合の部室からマッチョな男達が飛び出してきた。喧嘩の弱い僕達には分が悪い。田中が「逃げるで!」と声を上げて軽トラに乗り込む。僕と三田村は荷台に飛び乗った。間髪を入れずに田中がアクセル全開で軽トラを発進させた。


「なはははははは! 流石に車には追いつけんやろがい!」


 田中がゲラゲラ笑いながらそう言ってると、マッチョの投げた石が軽トラのサイドミラーに直撃してミラーが音を立てて割れた。


「ア"ッ──────ッ!? 店長に殺されてまうううううう!!」


 いちいちテンションの移り変わりの激しい男である。僕と三田村がそんな田中に声を上げて笑っていると、田中もまぁいいかという気分になったらしい。知り合いの板金屋の所に寄りたいと言い出した。なんでもいい好きにしてくれと笑っていると、三田村が僕の方を見て笑った。


「これぞ青春! 俺達のやってる事はやっぱ間違ってねぇ!」







 

 







 






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童貞・スラップスティックス おめがじょん @jyonnorz

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