女王陛下のために
@Marks_Lee
女王陛下のために
男はいた。懐に携えた短剣の切先からは濁った血が滴り落ち、雨がそれを流し墓標の前の土を薄まった血が染め上げていく。
僕は騎士だ。僕は、国のためならば己の手をどれだけ汚してもかまわない。国民が昨日より笑っていられるのならば、そのためだったらどのような手段を用いても標的を殺す。
僕は今日、新たに人を殺した。敵国の宰相だった。
暗殺を終え、唯一の友と呼べる男の墓前に立っていた。
僕は傘もささず、まるで案山子のように立ち尽くしていると、誰かが来た。
見ると、それは服を平民のものに変えてはいるがこの国の女王だった。彼女は、僕に傘を差し出す。
「風邪をひきますよ」
「僕は強い騎士なので風邪をひきませんよ。それよりも女王陛下、その格好はなんです?」
「あら、こんな夜中に墓に来るんですもの。いつもの煌びやかな格好のままでは悪目立ちがすぎるわ」
「それもそうですが……何故このような場所までお一人で来られたのか教えてもらってもよろしいですか?」
「それはあなたと一緒よ。こんな時間じゃないと来られないのは理由にならないかしら?それとも墓標に花を添えるのですら誰かの許可がいるのかしら?」
「誰に許可を取るのかは知りませんがこの国にはあなた以上に偉い人はいないでしょうに」
「それもそうね……ところであなたはなぜここへ?」
「……彼に会いにきたんです」
「墓標に来たって死者には会えませんよ?」
「ではどうやったら会えるのでしょうね」
「そうですね……この国の宗教の概念としては死者は天に召され、そこで復活のときを待つと言われています。そうなると死んだら天で会えるのではないでしょうか」
「そうですか……自決したら四つ辻に埋められるのでしょうからまだまだ死ねませんね」
「私は死んでしまいそうなくらいに辛いことはありました」
「それは今でも変わらないですか?」
「その気持ちは心のどこかにまだあるのでしょうね……」
「この場合騎士としての理念として手助けしたほうがよろしいのでしょうかね?」
「公の場でそのようなことを言ったらあなた、不敬罪として断首されますよ。そもそも血で染まった短剣を持った男に言われたら冗談に聞こえません」
墓標に刻まれた一つの名。それは彼が唯一と言ってもいいほどに親しくした人間だった。
彼を殺したのは僕だ。騎士団に所属しながら謀反を企てたので僕が殺した。
彼は笑っていた。自分が死ぬ直前でもあるにも関わらず、楽しそうに笑っていた。僕はその首を跳ね飛ばした。
僕たちの命は女王陛下のものであり、女王陛下のために生きることが最善の答えだった。
彼女は言った。
争いのない平和な世界を私は望む、と。
その言葉を聞いた瞬間に僕のやることは決まった。
まるで、それ以外のことなどどうでもいいように。
国のためならば迷わず殺す。殺す。殺す。殺す。
幾人の亡骸を見てきた僕の瞳は黒く暗く濁っていった。
この国のために殺してきた人間の数とそれで救われた人間の数。どちらを天秤にかけても正解なんかありゃしない。
だから僕は、女王陛下の理想のために殺し続ける。たとえこの両手が真っ赤に染まり、血が落ちなくなったとしても。
「陛下、貴女までお体冷えますよ」
「……もう少し雨に当たっていたいの。この手についた血が流れていくのを感じながら」
女王の手をみると、それは白くか細い女の手だった。
その手はシミひとつなく、新雪のような白さが印象的な手だ。
「あなたの手は汚れていませんよ。汚れているのは僕の手だけです」
「そうね。私の剣であり私の盾。これからもよろしくね」
「ええ、仰せのままに」
これが正しいのだ。わからないから誰かを信じる。女王陛下を信じる。
それが正しいのかわからないけど、僕は女王陛下を信じる。彼女の小さな肩にはこの国が、民が、見渡せる世界全てが肩に乗っている。
だから僕は女王陛下の剣として盾として生きていく。
思考を停止するために。僕は騎士だ。弱い騎士だ。
女王陛下のために @Marks_Lee
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