街角フレーズ
蒼機 純
街角フレーズ
歌が聞こえた。
ネオンが煌めく眠らない街、すすきの。
札幌の狸小路から更に南に下り、道路を挟んだそこは異様な熱気に包まれていた。
時刻は二十二時だというのに夜を感じさせないのはネオンの煌めきよりか、そこに行き交う人々のせいだろうと思う。
飲みに誘う者。仕事に向かう者。酔い潰される者。男も女も関係なく、線香花火のような刹那的で、激しい熱を胸に抱いて行き交っている。
そんな中、雑多な音の中で、彼女の声はやけに鮮明に聞こえてきた。
歌っているのは昨年、はやりに流行った男性ボーカルグループのバラード曲。
「―――――」
地べたに胡座をかき、ギターを片手に演奏する女性。真っ黒のフード付きのジャージにサンダル。顔立ちはどこか中性的な雰囲気だ。年は二十くらいだろうか。やや掠れた声が、低い男性パートを歌っているせいか、しっくりくる。
私は足を止め、ビルの背に体を預けた。
胸ポケットにしまっていた紙タバコを取り出し、火を点ける。最近は喫煙者の形見が狭く、携帯灰皿は欠かせない。
吸い込み、吐き出す。口から昇る煙はネオンの煌めきにかき消されていく。
私はぼんやりと女性の歌声に耳を傾けた。
これから行きつけのバーで一杯やって、会社での不満を忘れようとしていたのだが、どうにも気分が変わってしまった。
「随分と楽しそうに歌うんだな」
目線の先で歌う女性の歌唱力は高いほうだとは思うが、それこそテレビの向こう側で歌う歌手達に比べると劣っているように思えた。
歌手を目指しているのだろうか? 一人で? 親は反対していないのか?
疑問は湧いてくるがただ、どうしてか目を離せないのだーーーーあ、今音外したな。
「――――ありがとうございました! 少し音外してしまいました」
歌い終わった瞬間、女性は立ち上がり、照れくさそうに微笑んだ。
するとまばらな拍手が起こるが、行き交う人々の興味はすぐに女性から離れていく。
ギターケースに小銭を投げ入れて、去って行く人にお礼を言う女性と目が合ってしまう。
じっと見られて、私は財布を取り出して、女性に近づいていく。
「・・・・・・いい歌だったよ」
「ありがとうございます! お兄さん、リクエストとかありますか?」
お兄さんときたか。軽く苦笑して、私は考える。
「じゃあ、希望が湧いてくる曲がいいな」
「希望?」
「ああ。嫌なこととか、忘れたいことの中に希望を見いだせるような曲がいい」
「んん。それは私には無理ですね」
思わぬ返答に私は瞬きして、言葉を失う。
「だって、希望は自分で見つけるものだから。私はお兄さんじゃないし、お兄さんが求める希望が分からない」
「・・・・・・随分と哲学めいたことを言うんだね」
「でもでも、応援はできますよ、私。お兄さんが希望を見つけられるような曲は分かります。私、意外と人を見る目があるんですよ」
「へぇ。じゃあ、お願いしようかな」
「お任せを。じゃあ、次はーーーー」
歌い始める女性の選曲は私が知らない最近の曲だった。明るく、元気が出るような、希望に溢れた歌詞の歌。
再び壁に背中を預けて、タバコに火を点ける。女性の歌を聴いても、正直な所、明日への希望って奴は分からなかった。
ただ、私は変な満足感に満たされていたのだ。
だって、彼女が選曲した歌は私が一本のタバコを噛みしめながら味わうのにぴったりの時間だったのだから。
それが希望かどうかは分からないが、不思議と明日も仕事を頑張ろうと思えたのだった。
街角フレーズ 蒼機 純 @nazonohito1215
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます