第20話 幕開け

 まず最初に頭を過ぎったのは「好機」の二文字だった。そして次にそれを卑怯だと罵る自分がいた。最後に、そんな自分を甘ちゃんだと北叟笑む自分が残った。ラパーチェの目には実に奇妙な人物に見えた事だろう。


「…姫が君に会いたがっていたぞ」

「そうか」


 俺は明るくなって来た青空に心を馳せながらカフェラテを流し込んだ。ラパーチェの語気が強くなる。


「あれでも繊細なのは知っているだろう?」

「あぁ」


 今日のラパーチェは一段と綺麗だ。いや、女性的な要素の強調された装いをしていると言うべき。ツバキより先に自分をこそ姫と形容するべきでもある。


「…結ばれたくないのか?」

「結ばれる…俺とアイツが、か?」


 それは想像だにしない未来だった。ツバキは確かに異性だが、それは何の意味もない事だ。超えなければならない壁、目標、天稟。俺にとってのツバキとは排除すべきモノでしかない。


「意外だな」

「?」

「それならそれでいい。私的な頼みだ、僕の代わりに姫の見舞いに行け」

「命令じゃん…断る」

「どうして?」

「今アイツに対面したら、俺は…アイツを傷付けると思う」


 髪を左耳に掛けてラパーチェは首を傾げた、心底不思議そうに。


「それは憎しみからなのか? 嫉妬に見えるが」

「自分でも分からん。そういうわけだ、今度会った時にでも俺をダシに使ってくれ」

「…はぁ」


 コーヒーを啜る所作すらも、今日の赫刃様は美しかった。普段の捕食者の様な激しさを置き去りにして来たかのようだ。俺がマジマジと眺めているのに気付いて、ラパーチェはメンドくさそうな渋い表情を浮かべる。


「公爵家に生まれた者の務めという奴だ」


 白金プラチナの隼の意匠の髪飾りを指す白く細い指、100人斬りの異名を持つ少女のものとはとても信じられない。


「家、か…」


 ラパーチェと俺はつくづく共通点が多いと思わされる。ツバキよりもむしろ、目の前の紅い髪の姫君の方が圧倒的に結ばれる未来を想像しやすい。


「君もか」

「まあな」

「「…はぁ」」


 俺とラパーチェは僅かに微笑んで各々のカップを仰ぎ、そしてカフェを後にした。


「じゃ、また」

「…それはお茶会の口説き文句かい?」

「あぁ」

「そうか。また会おう」


——


「…はよー。ふあああぁ…」

「おはよう」

「…イイ匂いする」

「もうすぐ出来る」

「ん」


 目を擦りながらリファリーは顔を洗いに行った。丁度パンが焼きあがり、スクランブルエッグとタコさんウインナーもすっかり色づいた。クラミーノの寝息はまだ聞こえてくるが、どうしたものか。と考えていると「ムニムニしないでぇ」「他人のベッド使った代償じゃー」と2人が元気に追いかけ回し合ってるのがチラチラと見えた。


「書斎にしては生活感あるよな」


 一応今いるこの場所もキッチンらしいのだが、埃を被った本が堆く聳え立っている。「書斎」というよりは「書斎として無理矢理使っている館」と言われた方が納得出来る。


「リファリーか…あるいは師匠の方か…」


 いや、リファリーの部屋は何だかんだ片付いていた、他の同居人はいないようだし。


「師匠も千差万別だな」

「うわぁ…お美味しそ〜」

「おぉ、おはよう」

「おはようございます。も、貰っても…?」


 ウインナーに目を輝かせるクラミーノに待ったをかける。


「向こうのテーブルを片付けてくれたらな」

「う、うん!」


 『私は卑しい黒狐』なる小説に挟まっていたクロスを(しおり代わりなのか?)濡らして渡す。青いおさげが楽しみそうに左右に揺れた。


「チンチクこっちに…いた」

「そこ一緒に片付けといてくれ」

「んー…あっ! こんなところにあったのね」

「ちょ調合のレシピ…? び媚薬でも作るの」

「誰に使うのよ…あぁ、ないない! ちょい耳貸して」

「…ぇあ、そそっちなんだ」


 コソコソと2人は片付けしながら器用に内緒話をしていた。ガールズトーク?という奴か。俺にも仲の良い女子がいればな…と2人を見てると常思う。


——


「イ級を目指す、ね…ふーん」

「はむはむはむ…お、美味しい!」

「変か?」

「いや、ありきたりだなーって」


 ハムスターみたいなクラミーノのコップにオレンジジュースを注ぐ。


「アンタは強いし教えるの上手いから、てっきり剣術のレクチャーでもするのかと思ってた」

「…そんな大したものじゃない」


 教える程の力なんて、俺にはとても。


「ま、アタシがいれば魔力のないアンタでも余裕でイ級に行けるわよ!」

「…そうだな」

「こ、向上心すご、い。が頑張ってね2人とも」

「? アンタも来るのよ」

「来ないのか?」

「ええええ、ええええ!?」


 咽せるクラミーノの背中を摩って飲み物を渡す。ついでに口についてたコーンスープを拭ってやる。手のかかる下の兄弟感が、彼女が年上だという事実を薄めていく。


「ほ、他に行くところない、し。…うん、私も、行くよ。ウン」


 ほっとため息をついたリファリーの表情は、生ハムのパニーノに齧り付いた瞬間硬直した。


「…ギンマル」

「?」

「やっぱ何でもない」

「?」


 何か提案しようとして、直前でそれは止まる。気恥ずかしそうでも、気付きを得たようでもあった。


「腹拵えも終わったら、早速ダンジョンに行きたい」

「おっけぇ」

「お、お弁当とか…ど、どう?」

「確かに…分かった」


 済んだ食器やカトラリーを回収して引っ込む。

 

「ようやく…ようやくだ」


 俺が価値を得る千載一遇の機会が、来た。


「待ってろよ、ツバキ」


 必ずお前を……


「………いや、まだ」


 それはツバキを下してからだ。

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