第18話 気まずさ

————


 結局クラミーノは仲間になった。


・パーティ内での金の貸し借り禁止。

・経費はそれぞれが自己負担する。

・食費に関しては生命に関わる場合に融通する事を許す。

・調査報酬は均等に分ける。


以上のルールを遵守出来る限りは、という前文がくっついたが。


「パーティの登録とか必要な書類も終わったし、今日は解散だな」

「ねむ…ギンマル、おんぶ」

「あ、あの。その。宿ないんですけ、ど。ハイ」


 野宿…させるのも気は引ける。恐らく最年少のクラミーノを(自業自得とは言え)放置出来るほど人の心を失ったつもりもない。


「リファリーはこの辺に住んでるのか?」


 俺の背中に凭れて眠そうな酔っ払いは「案内するー」とだけ言って眠り始めた。取り敢えず向かうとしよう。


——


「ギ、ギンマルさんは」

「呼び捨てでいい」

「ギンマル君…は、しっかりしてるね。何才な、の?」

「18、そっちは」

「え、ええ。と、年下ぇ…ハイ、アッ。21才だよ。ハイ」

「最年長…だと」


 その真実は逆にクラミーノの人となりを尚更悪く印象付けて来た。リファリーが今年で16らしいが、よっぽど大人びている。


(人間色々だな)

「…」

「…ぉ」

「…」

「………ぁ」


 背中のリファリーは、寝ながらにして器用に道の分岐点に着くと俺のシャツを引っ張って案内を続ける。こういうところも天才故に成せる技なのだろうか?


「……ぇあ、あ。気まずい…」

「そうか?」

「え、あ、聞こえ! あっ」

「素直だよな、クラミーノって」


 彼女は思った事が口にすぐ出てしまう質らしかった。


「わぇ!? す素直…ですか、ね」

「俺は長所だと思う」

「なっ…わ私は…き、らいです。ハイ」

「どうして?」


 少し考えてからクラミーノは自分に言い聞かせるように話し始めた。


「…他人が、その。き気にしたり苦手に、してるところとかぁ…も、言っちゃうの、ダメだって。思うんで、す。冷たい…のかな、て」

「…」

「そ、その。もっと、はぁ…や優しい人に、なりたく、て」

「俺は優しいと思うけどな」

「…? ギンマル君って、結構ひ捻くれさん、です?」

「まーな」

「な、なんで? 優しいって…いイヤミ?」

「いやさ」


 クラミーノの頭を撫でながら続ける。


「短所や不得意分野について言及しないってのは、そいつがそれを直す機会を奪うって事だろ? まして冒険者なら、それが故に死ぬリスクだってある」

「?」


 分からんと言った顔のクラミーノに努めて優しい声音で放つ。


「クラミーノって、口悪いよな〜」

「わぇ!? あ、わ分かってますそれくらい…き、気をつけます。ハイ…あ!」


 気付いて貰えたらしい。彼女の蜂蜜とも満月とも喩えられる瞳が大きく見開かれる。


「他人に言われるからこそ直したいって思う事も出来る。ただ傷付けるだけの可能性もあるが、人間生きてりゃ簡単に傷つくし傷つけられる」

「な、るほど…」

「少しでも追いつき追い越す為に、出来ることは全部やった方が良い」

「…」

「着いたみたいだ」


 シャツが3回ほど引っ張られ、リファリーの手は糸が切れたように落ちていった。白薔薇の館程では無いが、中々に綺麗な洋館についた。『親愛なるゴルディオ卿』と壁の目立たぬ場所に刻まれている。家主だろうか?


——


「クラミーノ?」

「…すぴぃ」

「はや」


 留守だった様なので勝手に上がらせて貰い、少し彷徨ってからリファリーの部屋を見つけた。『最高の天才の部屋』と紫色に発光する札が掛かっていたので一目で分かった。彼女の目の色に由来しているのだろうか?


「…さて、どうしたもんか」


 他人のベッドで快眠顔のクラミーノにタオルケットを掛けて辺りを見回す。ツバキの最低限必要な物が揃っている部屋とは違い、随分と物に満ち溢れた場所だ。


「この光る謎の粉達は一体…」


 何の気粉の入った小瓶を取って眺める。粒の一つ一つは観察していると、僅かに蠢いている。


「星の砂…に似ている。生き物か?」

「ホシノスナ? ダンジョンにたまにいるゴブリンの肩についてるキモいアレ?」

「なんだそれは…」


絶対出会いたくない。


「アンタはイイけど、普通の人間が触れたら爆発するからソレ。チンチクには触らせないでよ」

「そんなモン部屋置くなよ」

「で、チンチクは?」


 目を擦りながら消えたリファリーはシャワーを浴びていたらしい。酒が抜けていないのか癖なのか、全然身体が濡れている。床にとめどなくリファリーの拭き残しが溜まる。


「ベッド」

「…ま、いっか…って何すんのよ!? ヘンタ…」

「ちゃんと拭いてから出てこいよ、ったく。ガキか」

「な、何で平然と…し、してられんのよ! ヘンタイ」

「? じっとしてろ」

「ちょっ!? どこ触ってんのよ!!!」


 リファリーが巻いてたバスタオルを奪って彼女の髪から首、背中、腰、臀部、足を手早く拭いてやる。フローリングにこれ以上シミを増やしたくはない。


「回れ右」

「出来るわけないでしょ!?」

「じゃ、ちゃんと拭け」


 バスタオルを返す。真っ赤なリファリーは俺からタオルを凄い勢いで奪った。


「…あ、あとで拭く!」

「ダメだ、今俺の見てる前でやるんだ」

「はああ!? アンタまじで何言ってんの???」

「早く」

「…な」

「はやく」

「……分かったわよ」


 白い背中を向けたままのリファリーは、何故か恥ずかしそうに身体の前面を拭いた。よし、これでフローリングの平和は守られた。

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