第24話 セイレーン

「心に傷……」


「そう。身体にはもう目立った異常はない。ただ、生きたままゆっくりと身体を溶かされ続けたという記憶と感覚が、今もあの子を蝕んでいるんだろう。後は仲間に置いて行かれたことも関係してるかもね」


 なんとなくピオーネさんの言いたいことが分かった。外から見ただけの僕ですら、あの光景は今でもハッキリと思い出せる。そしてさっきのピオーネさんとドラムさんの会話の意味も。


「君達が運び込んでからこの子は二度目を覚ましてる。そしてその二度とも正気ではなかった。対話も状況説明も出来る状態じゃないと判断して、今は強制的に眠らせる措置を取っている」


「そんなことになってたんですか……」


「心に傷を負った患者は別に珍しくはないんだけどねえ。この子の場合はその度合いが違う。だから疑う必要があったんだ。もしかすると施された魔法に何か問題があったんじゃないかって」


 ごめんねえ、とピオーネさんは申し訳なさそうに呟いた。僕の魔法について調べたのはそういう意図もあったらしい。


「でもそういうワケでもないみたいだし……このまま落ち着かないようなら、正直言ってお手上げなんだよねえ」


「何か解決できるような方法は無いんですか?」


「心を癒せる魔法の使い手、とかいればねえ。少なくとも私は見た事もないし聞いた事もない。後は……」


「ピオーネさん?」


 ピオーネさんは言うか迷っているような間の後、これは噂程度の話なんだけどね、と前置きをしてそれを語った。


なら、この子を何とか出来るのかもねえ」





 ☆





 ピオーネさんとの話を終えた僕らは探索都市の中を歩いていた。時間はまだお昼前だ。


「セイレーンかあ……レイさん、会った事あります?」


「近い存在なら。いわゆると呼ばれる連中だ」


 獣人、というのは僕も聞いた事がある。動物のような特徴を持った人達のことだと。まだ会ったことはないけど。


「というより、私もそれに含まれるのかもな」


「あっ、確かに」


 レイさんも羽とか生えてたしその中に入ってるのかな。動物のような特徴を持った人ってふわっとしてて良く分かんないんだよね。実際に見たら分かるらしいけど。


「それよりもサンゴ……本当に行く気か?」


 レイさんの問いかけ。それは今、僕達が向かっている場所とピオーネさんから聞いた話が関係している。


『セイレーンって種族の獣人が居てねえ、彼らの歌は聞いた者の心を癒す作用を持つって話があるんだ。まあ、どこまでいっても噂なんだけど……この都市に住んでるセイレーンの探索者が居るらしいから、気になってねえ』


 こんな感じの話だ。ピオーネさんはその人と会って話をしてみたいけど、仕事が忙しくて中々時間が作れない。ということらしいので、じゃあ僕達が会いに行ってみます?となったワケだ。


 向かう場所は探索都市の端っこの方。どうやらそこは色んな獣人の人達が固まって暮らしている場所らしい。


「レイさんは反対なんですか?」


「ああ。お前がこれ以上、あの女の為に何かしてやる義理はない。お前はあの女の命を救った。それ以上のことが必要なら、それはあの女に近しい人間がやるべきだ」


 レイさんの言葉はちょっと冷たく聞こえたけど、正直納得出来ることもある。多分、僕がしようとしてるのは余計なお世話なんだろう。

 まあ、でも。


「それはそうかもしれませんけど……ここまで来たら何かほっとけないっていうか、なんというか。無関係って感じがしないんです。だから……」


「ふっ……」


 続きを言う前に言葉が止まる。レイさんが笑ってるのが分かったからだ。


「分かっている。それがお前のやりたいことなら、もう止めはしない」


 そう、レイさんは意見も言うし反対もするけど最後には僕に付き合ってくれる。それに申し訳ないという気持ちがある一方、このやり取りに安心感のようなものを感じてる自分が居た。


 ……レイさんも、同じように感じてたら嬉しいな。


「というか、僕の目的はあの人を助ける為だけじゃないんですよね」


「ん?」


「行った事ないんですよ、獣人の人達が住んでるっていう場所」


 よくよく考えれば僕はまだ探索都市のことを全然知らない。だから良い機会だと思ったんだ。これも冒険の内だよね。






 ☆




 しばらく歩いた僕達は件の場所辺りに差し掛かった……んだと思う。というのも、ここに来るまでに一人、獣人の人とすれ違ったからだ。


 ジロジロ見るのもアレだなって思ってチラっと見た程度だったけど、本当にああいう人が居るんだなって思った。頭の上に犬みたいな耳があったし、背中を見たら尻尾が服から飛び出していた。


 あんまり表情に出さないようにしてるけど、心の中では驚きでいっぱいだ。


「世界って広いんだなぁ」


「あまり気を抜くなよ。特定の場所に獣人が集まっているという話から薄々考えてはいたが、人間が歓迎されている雰囲気ではない」


「……ピオーネさんもそんな感じのこと言ってましたよね。何かあったのかな」


「さあな。ただ、見る限り人間とは生活環境からして違う」


 レイさんの言葉通り、ここら辺は周囲の様子がこれまでの道のりとは少し違った。半分壊れてるような建物があったり、石造りじゃなくて木とか草で造られたような変な形の建物もある。


「環境、習慣が違えば線引きが生まれるものだ。だからこその区分なのだろう。具体的な事情までは分からないが」


「へー……」


 そんな感じで歩いていると、ふと気づいた。適当に歩いてても目的の人に会える訳ないじゃんって。


 さっきの人に話を聞くべきだったかな、いやこのまま歩いてたらまたここに住んでる人とすれ違えるかな、とかレイさんと話していると、十字路に差し掛かったところで僕達の前を塞ぐように人影が現れた。ちょうど良いタイミングだ。


「すいません、僕達――」


「ここに何の用だ、人間」


 言葉を途中で遮られる。その男の人の耳はさっきの人と同じ犬のように見えたけど、口元から見えた鋭い歯とこっちを見る視線から、僕は昔一度だけ見た狼を思い出した。

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