第23話 治療院
アイスさんが帰った後、僕達は夕食を食べに行く前にお風呂に入ってみることにした。もちろん別々で。
結果、めちゃくちゃ良かった。贅沢に感じて最初は気後れしたけどシャワーも湯船も凄く良かった。
レイさんも気に入ったようで毎日お風呂に入るという決心がより固くなったらしい。
湯上りの後、ほわほわした状態で僕達は寮から近い食堂に向かって夕食を済ませた。お互いテンションが高くていつもよりなんでもない話をした気がする。
そんな感じで一日が終わり、翌日の朝にさあ探索だ、と起きて身支度を済ませた頃の話だった。
「サンゴ殿とレイ殿ですね。朝早くに申し訳ありません。先日のクエストで貴方達が救助した生存者に関してお話があります。どうかご同行を……」
門の前で待っていたらしい鎧姿の人にそう言われ、思わず僕は呟いてしまう。
また?
☆
またもや騎士団の建物に連れてこられた僕達はまたもや団長さんのところへ……というワケではなく途中で案内する人が変わり、前にお世話になったルピアス治療院と呼ばれてるらしい建物の方へ続く廊下を僕達は歩いていた。
「ごめんねえ、朝早くから。眠たかったでしょ~?」
「いや、探索に行くつもりで起きてたんで……」
「へえ、偉いねえ。探索を仕事にしてる人って生活リズムが乱れがちなんだよ。でもやっぱり、人間は朝に起きるべきだからねえ」
間延びした口調で僕達の前を歩く女の人はピオーネさんというらしい。背中まで伸びた茶色の髪と膝まで伸びる白いコートみたいな服が特徴的、なんだけど。
それ以上に目元の隈と、なんというかどんよりした雰囲気が凄い。人間は朝に起きるべきって言ってるけどこの人はそれを守れてるのか心配になる。
「さて、ここだよ」
廊下を歩いた先にある部屋。ピオーネさんがその扉を開けた先は、僕が寝かされていた部屋と同じような内装で中央に大きなベッドがある。その上には、昨日僕達が助けた人の寝顔があった。
「あっ、先生」
そして先客が居たようだった。ベッドに沿うように置かれた小さな椅子にそれぞれ座った三人。その内の一人であるがっしりとした体格の男の人が立ち上がって、僕達の方に寄って来た。
「もしかしてその二人が」
「うん、この患者を助け出した探索隊」
「っ、そうか……!」
ピオーネさんの説明を受けた後、その人は僕達の目の前に立って勢いよく頭を下げた。
「ありがとう……!フランを助けてくれて……!」
「ど、どういたしまして?というか、貴方は……」
「ん、そ、そうか、名乗ってなかったな。俺はドラム。探索隊【ジックス】のリーダーであんたらが助けてくれたフランの仲間だ」
紹介と一緒にドラムさんは頭を上げる。明るい性格が伝わってくる申し訳なさそうな笑顔は、どことなく疲れているようにも見えた。
「俺達もさっき連絡を貰ってここに来たんだ。そしたら先生がフランを助けてくれた探索隊も来るって言うから……とにかくちゃんと礼を言っておきたかった。本当にありがとう」
そのままにしておくと何回でも頭を下げてきそうな感じだった。身体の大きい人に全力で感謝されるとなんかちょっと怖い。
けど……頑張った甲斐があったなあって思う。僕だけが頑張ったわけじゃないけど。あ、そうだ。
「実は僕達だけで助けた訳じゃないんです。騎士の人もその場に居て……」
「そうだったのか。ならその人にも礼を言いたいが」
「伝えておきましょうか?僕達ならその人と会う機会があると思うので」
「……すまん、そうしてくれ」
お礼を言われるならアイスさんもだよね。間接的になっちゃうしアイスさんは気にしてないと思うけど、一応言っておこう。
「んー、話終わった?」
そんな感じでやり取りを終えると、静かにしていたピオーネさんが扉の前から退くように動いた。
「じゃあ先に来てた探索隊のメンバーにはお帰りになって貰うねえ。あんまり大人数でざわざわするのもアレだしねえ」
「っ、先生!それはさっきも言われたけど、もう少しくらい居させてくれても――」
「駄ぁ目。
「……」
「現場で何があったかは知らないよ?でも話を聞いてる限り、過程はともかく結果としてそうなったってワケじゃない?なら……その体験が今もこうして彼女が寝込んでる一因になってるかもって話なの。だから君達には色んな理由でここに長居してほしくないんだ。分かる?」
「…………分かっ、た」
「よろしい。じゃ、帰って帰って。何かあったらまた連絡するからねえ」
「ああ……行くぞ」
ニコニコ笑いながらも迫力のあるピオーネさんの言葉にドラムさんはすっかり意気消沈したようだった。座っていた残りの二人を促し、三人は部屋を出て行く。
全然喋らなかった二人の内、男の人の方は僕をチラっと見た後に出て行った。そして女の人の方は。
「……」
なぜかあんまり気持ちの良くない視線を僕達に少しだけ向けてから、部屋を出て行った。
「さてと。じゃあ本題だねえ。その椅子使ってよ」
ピオーネさんに言われるがまま僕達はさっきの人達が使っていた椅子の上に腰を下ろす。本題と言うのは、僕達がここに呼ばれた理由だろう。
「単刀直入に聞くけどぉ……この子が負ったっていうとんでもない怪我と、それを君が回復魔法で治療したっていう話。これ、どっちもホントのこと?」
「サンゴを疑っているのか?」
「いやいや、純粋に疑問なんだよねえ。報告してきたのがあのアイスちゃんだから誇張も過小評価も無い、とは思うんだけど、こういう仕事に就いてる身からしたら色々と信じられないんだよ。私以外も、少なくともここで働いてる人間は素直に受け入れられないだろうねえ」
そう言って苦笑いを浮かべるピオーネさん。え、こういう場所で働いてる人から見ても僕の魔法っておかしいの?
いやそれよりも。僕はレイさんの方をチラっと見る。するとレイさんもこちらを見ていたようで、視線がぶつかる。それだけでレイさんの言いたいことは分かった。
『お前の回復魔法は何かおかしい。が、このことは私達二人の秘密だ。この先、私達以外にその魔法について何かを聞かれたり怪しまれたりしたとしても、お前は堂々と回復魔法だと言い張るべきだ。無用なトラブルを避ける為にも』
クエストが終わった日の夜、レイさんと決めたこと。それはこの魔法が何か変なのは隠すことだ。
嘘をついてるようで気乗りはしないけど、まあ僕もこの魔法が何なのか分からないし、それでも怪我は治せるし、良いかなと思って受け入れた。
というわけで、今がその取り決めを活かす時だ。
「二つとも本当のことです」
「ふぅん……ちょっと待ってね」
「え」
ピオーネさんはすぐ側にあった机から小さなナイフ?を取り出す。そしてそのまま自分の親指に薄い切り傷を作った。薄く血が滲む程度だ。
「これ、治して貰える?」
「……ああ、なるほど」
「手間をかけちゃって申し訳ないねえ。体感しておきたいんだ」
意図を理解した僕は差し出された指に魔法を使う。特に張り切ってるわけでもない、いつも通りの魔法だ。五秒もかからず傷が塞がった指を見て、ピオーネさんは難しそうな顔をしていた。
「特におかしな点は……いや、微小ではあるが違和感はあるか。でも何がおかしいのかは分からない……サンゴ君、この魔法はどこかで習ったもの?」
「僕が育った村でお爺ちゃんに習いました」
「それなら私達が扱うものと多少の差異があるのは有り得るか……。――うん、気になってたことは確認出来たかな。ありがとねえ」
「いえいえ」
「ちなみに、今のでどれくらい疲れた?」
「全然ですね。今くらいの傷なら何回でもいけると思います」
「そうなんだ……ならっ!」
「うわっ!」
いきなり目の色を変えたピオーネさんが椅子から立ち上がり、身体を乗り出して僕の両肩を掴もうと……したところで横からレイさんの手が伸び、首元の辺りを抑えつけた。
「ね、ねえサンゴくぅん、良かったら探索者を辞めてここで働かない?」
「おい、近寄るな」
「補助韻要らずでこの腕前なら研修も試験も楽勝だよお。分からないことがあったら優しく教えてあげるし、みんな良い人で明るくて楽しい職場だし、お給料もいっぱい貰えるよ!使う時間はちょっとだけ足りないかもしれないけどねえ!?」
「何を言ってるんだお前は」
なぜかスカウトされてるけど、ピオーネさんの表情が必死すぎてなんか怖い。抑えてるレイさんが怪訝そうというか引いてる。凄い疲れてそうだし、仕事が忙しくて人手が欲しいのかな。
「い、いえ、僕は探索者になりたくてここに来たので」
「…………そう」
丁重にお断りを入れると死んだ目になって元の椅子に戻った。なんか申し訳ない気持ちになる。
「んー……じゃあ私からする話はお終いかな」
「え、これだけですか?」
「うん。話の真偽を確かめたかっただけなんだ。それも嘘はないみたいだし、君が扱う魔法の効果と安全性も軽くだけど確認出来たしね」
「安全性?」
「……やっぱりこれは伝えておくべきかなあ。君達は当事者だしねえ」
間延びした口調はそのままに、ピオーネさんは真剣な表情でベッドの方を向いた。
「サンゴ君のお陰でこの子の命は救われた。だけど精神は……心は大きな傷を負ったままなんだ」
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