第18話 静かな夜

 あの後、僕達はアイスさんに言われた通りの場所に行き、報酬に関する手続きを済ませた。とはいっても、手続きを担当してくれたお兄さんが何を言ってるのか半分ぐらいは分からなかった。


 質問しまくりの僕と違ってレイさんは真面目な顔をして最後まで話を聞いていたけど、後で聞いたらそこらへんの知識は明るくなくて僕と同じくらいの理解度だったらしい。なんか、大丈夫かな僕達。


 ……それはともかくとして、報酬である探索寮はホントに僕達が自由に使って良いらしい。中に置いたままの家具とか道具とかも好きに使って良いって話。


 中身も含めて僕らにそのまんまの意味でくれるらしく、今更だけど凄い太っ腹だなあと思う。それだけあの大蜘蛛が危険な魔獣だったんだろうか?


 手続きを終えた瞬間、寮は僕達のモノ。だから今日からでも使えるよって言われたけど、ロクに掃除とかしてないみたいだから今日のとこは今までと同じく宿に泊まることになった。


 手続きが終わった夕方頃、僕達は宿に向かう前に見つけた酒場に寄って食事を済ませることにした。いつもよりお金を使った少しだけ豪華な食事。念願の探索寮を手に入れたぞ、って意味のお祝い的な感じだ。


 そこでもレイさんはいつも通り静かに料理を食べていたけど、料理の美味しさにテンションの上がった僕を見てつられたのか、いつもより楽しそうだった。


 ――凄く楽しい食事だった。





 ☆




 夜、宿の一室で身支度を終えた僕はベッドの上に座っていた。大きなあくびをした後、扉の方からコンコンと音が鳴る。


「サンゴ、私だ」


「はい。今開けます」


 部屋に入って来たレイさん今まで通りの変装姿。口元のアレは付けてないけど顔を見た時のあの変な感覚は無い。慣れたのかなと思いつつ、さっきみたいに元の姿に戻るのはあんまり無いことなんだなあとしみじみ思う。


 レイさんはそのまま部屋に備え付けてあった椅子に腰を下ろし、僕と向かい合う形になった


「現時点では特段、私達を監視している者の存在は感じ取れない」


「へ?……あ、そうなんですね」


 多分騎士団のことだろう。アイスさんが本当のことを伝えていないかっていう話だ。正直忘れてた。


「気にしなくても大丈夫だと思いますよ。あの人は約束を守ってくれる人ですから」


「私が勝手に警戒してるだけの話だ。半ば習慣のようなものだな」


「……それも必要なくなりますよ。なんたって明日からは僕らの寮があるんですから」


「そうだな」


 真正面から優しい表情で笑うレイさんを見たせいでちょっとドキッとしつつ、僕は後ろに倒れ込んだ。何日お世話になったちょい硬めのベッドと薄っすらとほこりが付いた天井。これも今日で終わりかと思うとちょっと寂しい。


「サンゴ」


「レイさん」


 起き上がると同時に話を切り出そうとしたら、被った。レイさんがそっちからどうぞって仕草をしたから、遠慮なく話し出す。


「今日は色々とありがとうございました。レイさんが居なかったら多分五回くらいは死んでましたよ」


 普段見ない光景とか状況に興奮してたんだろうけど、今落ち着いて考えてみるとぞわっとする。特に糸で釣り上げられた時とかあんまり思い出したくない。


「魔法の後に倒れた時とか、僕もああなるとは思ってなくて――」


「礼は良い。何があろうとお前を守るのが私の務めだろう。それよりも……その魔法の話だ」


 レイさんの表情が変わる。ここからはあっちの話だということだろう。


「倒れて目覚めた後、体調に異変を感じた時はあったか」


「ないです。今は眠いですけど、これは普通に疲れてるからだと思います」


 食欲もなんならいつもよりあったし。吐いた分食べないとって感じで。


「倒れた原因について身に覚えは?」


「うーん……単純に治すのが大変だったからだと思います。あんな怪我を治したことなんてなかったので」


「そうか。……サンゴ、これは私の勝手な願いだ」


 そう言っていつになくレイさんは真剣に、僕の目を見つめてくる。


「お前にとって危険で、負荷のかかることは避けてほしい。お前が嘔吐した時も倒れた時も、私は何もできなかった。それが仮に命にかかわることであったとしても、私には慌てふためくことしか出来なかっただろう」


「いや、そんなことは……」


「出来なかったさ。私にはお前のように他人を救う術がない。……サンゴ、この際に言っておく。お前の魔法はだ。少なくとも常識的な回復魔法の範疇に収まっていない」


「あー……はい」


 なんとなく分かってたよ。そもそもレイさんを元の姿に戻せたのがおかしいって話だし、アイスさんが普通の回復魔法の話してたし。なんかおかしいんだろうな、僕の魔法。


「その魔法がなんなのか私には分からん。だが非常識であることは分かる。そして魔法やそれに類するモノには往々にして何かを消費するものだ」


「それは分かります。魔法を使うと身体の魔力が無くなっていくって話ですよね」


「そうだ。だがお前の魔法はそれだけに留まらないかもしれない。がそれだけであるとは決して限らないと、私は懸念している」


 つまり……魔力以外に何かを使って魔法を使ってるかもしれないと、レイさんは言いたいようだった。


「そうかもしれない以上、そうであるかもしれない以上……私は無暗にその魔法を……」


 言い淀むレイさん。ただ何が言いたいのかは分かった気がする。


「心配してくれてありがとう、レイさん。でも僕はこれからも必要だと思ったら使いますよ。今日みたいな場面に出くわしたら、もう一回同じことをすると思います。その為に魔法を習ったので」


「……そうだな、そうだ。それがお前なんだろうな。大丈夫だ、分かっている。不快に思っていたらすまない。私がお前の選択を妨げることは……無いさ」


 不快どころから素直に嬉しかった。レイさんは単純に僕を心配してくれてるだけなんだから。


「――というか、大丈夫だと思いますよ!僕にこの魔法を教えてくれた人も危ない要素があるなんて言ってませんでしたし!」


「師が居るのか」


「おじいちゃんですけどね。危ないことを教えるような人ではなかったです。……そうだ、早速使ってみますか?」


「私にか?」


「はい。そもそも定期的に僕の魔法をかけるって話だったじゃないですか。ほらほら、何の問題もないってことを証明しますよ」


「……は」


 ちょっと魔法を使って光を出して見せる。するとレイさんは真剣な表情を崩して小さく笑う。


「なら、遠慮なく甘えさせてもらおう」


「え?」


 レイさんが立ち上がったと思うとこっちの方に移動してきた。そのままベッドの上に手、足、身体の順に寝っ転がって、最後に枕元に座っていた僕の膝に頭を乗せる。


 物凄く滑らかに、何か言う暇もなくいつの間にか僕はレイさんに膝枕をしていた。


「ちょ、レイさん?」


「手早く済ましてしまおう。私が良いと思うまでかけてくれれば良い」


 膝に感じる頭の重さ。触れなくても手触りが良さそうなのが分かる髪。外側を向いたレイさんの顔は見えない。何を思ってこんなことをしてきたのかも、分からない。


「……はい」


 それでも悪い気がするワケがない。いきなりすぎてビックリはしただけで。今までより気を許して貰えてきたってことなのかな。思えばレイさんが横になってるとことか初めて見たし。……まあいっか。


 難しく考えるのを止めて僕はレイさんに魔法を使った。さっき使ったみたいに思いっきりではなく、切り傷を治すくらいの感じで。


「どうですか?ちゃんと効いてます?」


「問題ない。それと……暖かい、かな」


「へ、そうなんですか?自分で使う分にはそんな感じはしないんですけど」


「ああ。――暖かい。これがお前の魔法なんだろうな。誰かを癒せる魔法。それは、確かだよ」


 レイさんの呟きには気遣いのようなものを感じた。多分、さっき僕の魔法を異常と言ったのを気にしてるんだろうか。


 だとしたら……やっぱりレイさんは優しい吸血鬼だ。

 魔法をかけながら部屋にある窓を見る。暗がりの中にぽつんと光る奇麗な月があった。


 そうして僕達は、静かな夜の静かな時間を少しだけ過ごした。

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