第17話 迷い
「あの女は無事だ。少なくともここまで連れ帰った時点ではまだ眠っているようだったが、生きているのは確かだろう」
あの後、次に僕が目を覚ましたのはベッドの上だった。天井や壁が白い清潔感のある小さな個室のようで、起きた際には脇の椅子にレイさん(変装状態)が座っていた。
どう考えても森の中じゃない。どうやら僕はあの女の人と一緒にここまで運ばれてきたらしい。
「そうですか……良かった」
生きている。それが一番大事なことだろう。僕の回復魔法でホントに助けられたのか不安だったのもあって、ホッとするし嬉しいことだ。
「それで、ここは……」
「騎士団管轄の治療施設だと言っていた。この部屋は都市に帰還してあの女が運び込まれる際に借りたものだ」
「あー……すいません、僕のせいで」
「気にする必要などない」
言葉通りレイさんに僕を責める意図はないけど、なんというかやっぱり自分が情けない。あんな危険な場所で完全に気を失っちゃったワケだし。
全力で魔法を使ってドッと疲れたからっていうのもあるけど、もうちょっと体力付けたり魔法に慣れたりするべきなのかも。
「それに、そもそもここを手配したのはヤツだ」
「ヤツ?」
「あの騎士だ」
「……あ」
そうだ、そういえばこの部屋にはアイスさんの姿は見当たらない。……というか、レイさんについての話はどうなったんだ。
「もしかしてレイさんの秘密……アイスさん以外にもバレちゃったんですかね」
「さあな。だがここにお前を運び込んでからそれなりに時間は経っている。ヤツがこの間に騎士団に告げ口しているとすれば、既に私に向けた何らかの行動を取って来る筈だ。だが今の所は監視されている様子も――噂をすれば、か」
「入るぞ」
出入り口の方から声がして、次の瞬間には扉が開く。入って来たのは気を失う前に見た時と同じような恰好をしているアイスさんだった。僕達を見る目は相変わらず冷たい。
「……起きたか」
「どうも」
「貴様らに伝えておく。貴様らが救出した探索者は我々が預かるが、彼女が目を覚ました際に何かがあれば治療を施した者である貴様には呼び出しがかかる場合がある。その場合は素直に応じるのが身の為だ」
呼び出しって、僕の回復魔法が原因で何かまずいことが起きたらってことか。なんか急に不安になってきた。ちゃんと治ってたよね?
「次にクエストに関してだが、先程正式に達成が認められた。これに記載された場所でその報酬に関する詳しい手続きを済ませろ」
そう言ってアイスさんは壁の方にあった机に一枚の紙を置いた。どうやらここの案内図らしい。
そういえば、そもそもは探索寮をゲットする為に蜘蛛を倒しに行ってたんだった。色々あったからか忘れてたけど、ちゃんと貰えるみたいだ。
「報告は以上だ」
「あ、待ってください」
早々に部屋を出て行こうとしたアイスさんを慌てて引き留める。立ち止まって、振り向いたアイスさんはその鋭い目で僕を睨む。
でもなぜか、森の中で同じように睨まれた時よりかは怖くなかった。
「……なんだ」
「お願いなので、レイさんのことについては秘密でお願いします」
「……」
「悪い人でも危ない人でもないんです。困ってる人が居たら助けるような人なんです。僕だってレイさんに助けられたからここに居ます。森の中での出来事で、アイスさんにもそれが分かった筈です」
それに最初にレイさんが吸血鬼であるとバレた時の刺々しい雰囲気。それが今はもう無い。レイさんに対してはまだ気を張ってるようには感じるけど、少なくとも問答無用で斬りかかってくるようなことは無い気がする。
その感覚を頼りに話した僕の言葉を聞いて、アイスさんはしばらく沈黙した後、口を開いた。
「もし、仮に」
「はい」
「私がその秘密を守る、と言えば貴様は信じるのか?」
「十分です」
「は……おめでたい考えだ。私がただの口約束を守る保証はどこにある?貴様らの肩を持つ筋合いがどこにある?人格も功績も過失も考慮に値しない。
怒っている。それは伝わって来る。でも今この場においてはなんだか……無理矢理怒ろうとしているような、自分を悪くみせようとしているような。僕にはそんな風に見えた。
「貴様は、そんな私の何を信じるというんだ」
「……あの森の中で、アイスさんとは短い間でしたけど一緒に居たし、どういう人なのかはすぐ側で見てきました。だからこそ」
アイスさんは何かを強く憎んで、怒っている人だ。そして。
「信じますよ」
誰かを助けようとする人でもある。そんな人だと感じたからこそ、何もしていないレイさんを追い詰めるようなことはしないって信じられるんだ。
☆
騎士団本部内のある一室。そこで二人は机越しに向き合っていた。
「件の大蜘蛛及びその統率下にあった無数の蜘蛛の駆除。並びに捕らえられた探索者の死亡の確認、そして生存者の救助。この短い時間の間に良くやってくれた」
「いえ」
「だが残された巣は放置しておけば同じような魔獣に再利用される恐れがある。後日その処理に人手を向かわせる。生存者に関しては管理所を通じて報せを出した。じきに同じ探索隊のメンバーに連絡がいくだろう。それまでは我々が保護する。……さて、アイス」
「はい」
「報告を聞こうか。お前の見立てで構わない。彼女は?」
「――少なくとも私が見た限りでは、彼女、探索者レイは吸血鬼ではありませんでした」
「ふむ……」
「しかし彼女の魔法の実力は計り知れません。そして、彼も」
「それについては治療院から話を聞いている。発見時の生存者の状況が本当なのであれば、常識的に考えて今彼女がほぼ無傷といっていい状態まで回復しているのは
「都市や住人に直接的な危険を及ぼす存在ではないと思います。ただ、両名とも底知れない何かがある。彼らがこのまま探索者として活動し続ければ間違いなく多方の目に止まります。それが問題の火種となるかもしれません」
「この場所の
「……提案なのですが。この件、私に任せて貰えませんか」
「ほう」
「彼らの動向を監視し、場合によっては介入する役割を与えてください」
「それほど気にかかるか。しかし。そうなればこれまでお前に割り振っていた仕事からは外れて貰うことになるぞ」
「承知しています」
「心境の変化でもあったか?あれはお前の目的と直結していた筈だったが。それとも、私が考えている以上にあの二人組には何かがあるのか」
「……」
「――良い。既に面識のあるお前なら向こうとの接触も図り易いだろう。今回彼らに譲渡した寮の付近にある家屋を手配しておく。そこからはお前の裁量で良い。しばらくは彼らの監視と定期的な報告に従事しろ」
「全力で事にあたります」
「なに、丁度良い機会だ。監視とはいえ今までの仕事よりかは時間が出来るだろう。思うところがあるのであれば、その際にゆっくりと自分を見つめ直せばいい。生き方を一直線に決めるには、まだお前は若すぎる」
「……ご配慮、痛み入ります。団長」
☆
あの女は吸血鬼だった。それも木っ端ではない、明らかに底知れない力を持つ吸血鬼。
だが人間への害意はなかった。それどころか十四、五の子供に従うような素振りを見せている。
ならば現状は、刺激するべきではない。騎士団を動員し排除しようとすれば流石の向こうも応戦するだろう。そうなればたとえ勝てたとしても人員や都市の損害は著しいモノになる。それだけの力がアレにはある。
だからこの事実は秘する。そして仮の理由を作り上げ、私が単独で監視にあたる。
これで良い。これが……。
――言い訳だ。相手が吸血鬼であることは伝えるべきだった。団長は愚かではない。私がヤツの危険性を伝えればそれに応じた慎重な策を取っただろう。
伝えるべきだった。
なぜ伝えなかった?
『助ける』
アイス・フーリレン。お前は。
裏切りたくなかったのか?
『アイス……お前はどうか……護りたいものを護り、多くを助けられる人間に――』
守れている、とは言い難い言い付け。今日までの私は間違いなく復讐の為に生きていた。
そんな私には到底出来ない
『信じますよ』
これ以上嫌われたくなかっただけだろう。顔も声も歳も何もかもが違うのに、なぜか少しだけ兄様を思い出した、あの少年に。失望されたくなかっただけだろう。兄様に。
言い付けに背いてでもすべき
そのくせ、今になって揺れている。死人の影を追って、個人的な感傷を理由に果たすべき義務を怠っている。
……兄様。私は一体――。
何の為に、生きていくべきなのでしょうか。
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